中国の大手乳製品メーカー「三鹿集団」製の粉ミルクに有機化合物メラミンが混入し、乳幼児が腎臓結石などにかかった事件は、「一人っ子」政策で子供を大切にする中国国民に衝撃を与えている。政府は対策を急ぐが、一方で地元当局が混入の事実を隠ぺいした疑いが濃厚になりつつある。経済成長で生活が豊かになるなかで、一向に改善されない「食の安全」への批判の矛先は、中国政府に向かいつつある。【北京・浦松丈二、上海・鈴木玲子、台北・庄司哲也】
「母乳よりも栄養が豊富という宣伝を信じて、高い粉ミルクを購入してきたのに」。北京市内で18日、「三鹿集団」の製品を子どもに飲ませてきたという母親は、事件に怒りをあらわにした。
事件の影響は中国全土に波及している。上海市内の大手スーパーでは、商品棚からほとんどの国産粉ミルクが撤去され、割高な外資との合弁企業の製品が人気を集める。米国ブランドの粉ミルクを購入した1歳の男児の母親(30)は「国内大手のブランドからメラミンが検出されたと聞いて、本当に驚いた」と不安を隠さない。別の母親は「国産は怖くて、私の周りではだれも飲んでいないわ」と明かした。
18日付香港紙「文匯報」(電子版)によると、香港では中国以外のメーカーの粉ミルクを買い求める客が殺到し、1人2缶までの制限を設ける店も出ている。香港では、乳製品だけでなくパンなど牛乳を使用した製品へも不安が波及している。
メラミン混入の背景には、経済成長による生活スタイルの変化で、乳製品の消費が毎年20%近い伸び率で急増していることがある。逮捕された搾乳業者は、牛乳に水を入れて薄め、たんぱく質の含有量検査をパスさせるため、メラミンを混ぜたと供述している。
「乳製品市場の混乱や検査体制の不備、力不足を反映したものであり、改善を進めなければならない」。18日付の中国各紙によると、温家宝・中国首相は17日、対策会議を開き、そう強調した。
中国政府は、国民の関心の高い「食の安全」を重視し、関連法を制定するなど対策を急いできた。17日の会議では、(1)責任者の厳格な処分(2)被害者の医療無料化の徹底(3)補助金支給による乳製品の増産促進などが決まった。
しかし、中央の方針と地方政府の実態はかけ離れている。中国紙・新京報によると、「三鹿集団」が本社を置く河北省石家荘市は、同社からメラミン混入の報告を受けながら、約1カ月間も河北省に報告していなかった。
また、被害者の相談を受けている弁護士によると、地方では医療無料化の方針が完全には守られておらず、粉ミルクを飲んで体調が悪化した乳幼児も同じように診察料を請求されるケースが相次いでいるという。
メラミン混入をめぐっては昨年、米国でペットフードを食べた犬や猫が相次いで死亡し、原料の中国製小麦グルテンにメラミンが混入していたことが判明した。ペットフードへのメラミン混入が粉ミルクにまで拡大したことで、政府の思惑とは裏腹に効果的な対策がとれていない実態が浮き彫りとなった。
==============
■ことば
中国甘粛省蘭州市の医師が今月8日、同じ粉ミルクを使っていた乳児14人が腎臓結石の治療を受けたと公表した。その後、全国で被害が報告され、18日までに4人が死亡、患者は6200人を超えた。河北省石家荘市のメーカー、「三鹿集団」が05年4月から粉ミルクにメラミンを混入していたのが原因だったが、中国政府の検査の結果、伊利、蒙牛など大手乳業メーカーを含む21社の粉ミルク製品からもメラミンが検出された。18日までに三鹿集団の元代表や搾乳業者ら計18人が逮捕され、石家荘市党委員会副書記が免職となった。
==============
02年 ・中国製ダイエット食品による健康被害が日本で発覚。865人が被害を受け、4人が死亡
04年 ・安徽省阜陽市を中心に栄養基準を大幅に下回る粉ミルクが出回っていたことが明らかに。03年以降に170人以上の乳児が栄養失調となり、少なくとも13人が合併症で死亡
07年 ・パナマでジエチレングリコールの入った中国製せき止めシロップを服用し、100人以上が死亡
・米国やカナダで中国産原料を使ったペットフードを食べた犬や猫が大量死
・中国の医薬行政トップ(閣僚級)が新薬承認の見返りにわいろを受け取っていたとして死刑に
08年 ・中国製冷凍ギョーザ中毒事件が日本で発覚
大手メーカー「三鹿集団」の粉ミルク汚染で乳幼児6200人以上が被害を受け、4人が死亡
毎日新聞 2008年9月19日 東京朝刊