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貧困ビジネスで稼ぐ連中!(2)/城 繁幸(joe's Labo代表取締役)

Voice9月18日(木) 11時42分配信 / 国内 - 政治

加藤紘一氏の許されざる便乗

 ところが、この流れに反対する人たちがいる。まず正社員代表たる連合と、彼らにケツをもってもらっている民主・社民の両党だ(社民党はいまでも自治労などと支部レベルで一定の関係を結んでいる)。彼らは既得権死守のために全力で論点をぼかし、矛先を逸らそうと懸命だ。連合は同一労働同一賃金を建前上うたってはいるものの、年齢給を抱えたままどのようにして実現するというのか(30代のフリーターを正社員にする場合、彼の処遇は誰に合わせるのか)。
 とくに、リベラルを自称しながら格差是正に反対する社民党の罪は重い。彼らは事あるごとに「格差を拡大させた」として構造改革路線を非難するが、もともと1993〜98年は与党側の一員として、非正規雇用拡大に無為無策だった事実は忘れてしまったらしい。本来はその時点で正社員保護の規制を外し、皆で痛みを分かち合うべきだったのに、それに反対したのは旧社会党ではないか。
 さらにいえば、社民党は2003年総選挙での惨敗後、ベテランを中心に党職員の4割をリストラした前科がある。国民の前では全否定した手法でもって、身内のリストラだけはこっそり推進しているわけだ。この政党には格差問題を語る資格がいっさいないと断言しよう。
 加えて、特定の政治的主張をするために、格差問題を取り込もうとする勢力も目に付く。たとえば『ルポ・貧困大国アメリカ』(岩波新書)などが好例だ。前半部の米国ルポ自体は評価するが、中盤以降は構造改革反対の論陣を張りつつ、終盤に突然「憲法改正反対」の論陣を張る。一応フォローしておくが、米国内の貧困層増大は不法移民の流入が主な理由だ(レーガン政権で不法移民に永住権を一括付与したため、同様の特赦を期待する移民が急増した)。本書は市民派的価値観を隠しもつ著者と、岩波カルチャーの歪んだ結合にすぎない。
 だが、政治的思惑がもっとも目に余るのは加藤紘一氏だ。彼はTBSの番組において、明確に「秋葉原事件は与党の改革路線のせい」と口にしたのだ。おそらく政界干され気味で中高年人気取りのために口にしたのだろうが、そういう便乗が許される事件ではない。さらにいえば、彼の政治屋としての商売は、問題の本質をぼかし、解決を困難にしてしまう。われわれが論壇誌やブログでどれほど改革の必要性を説こうと、軽い一言で消し飛ばすほどの影響力を、いまだテレビはもっているのだ。
 そういう意味では、悲しいことに既存メディアは、同様に格差をネタにした貧困ビジネスで稼ぐ同類で溢れている。実現性のある解決策など何も持ち合わさず、いやそもそも格差解消自体にはなんの興味もなく、ただ名前を売りたいだけの評論家や自称活動家たちだ。いちいち名前を出すのは面倒なので、チャンピオンとして森永卓郎氏の名を挙げておこう。この男の主張は、「格差の拡大はすべて経営者が悪い」というシンプル極まりないものだ。だがトヨタの全役員を無報酬のボランティアにしたところで、クビになった2300人の非正規雇用のうちの何名を正社員にできるというのか。森永氏は「年収〇百万円シリーズ」でもう十分稼いだだろう。いいかげん格差をネタにして売り出すのはやめてもらいたい。
 もちろん、そんな連中をありがたがって引っ張りだす既存メディアの責任も重大だ。筆者の知るなかで、もっとも搾取構造が目に余る業界はテレビ局だ。彼らはスポンサー料の低下をつねに制作下請け会社に転嫁しつづけた。この10年間で制作費が10分の1になったプロダクションも実在する。そう、すべては「日本一高水準であるテレビ局正社員の賃金」を守るために行なわれたことだ。制作現場の悲惨さは、すでに一般にも知られているとおり。某番組の捏造問題は、矛盾が噴き出した1つの焦点だ。

セーフティネットは対症療法だ

 悲しいことに、こういった格差支持・利用者たちに乗せられてしまっている若者は少なくない。『文藝春秋』8月号「貧困大国ニッポン―ホワイトカラーも没落する」(湯浅誠氏)はその典型だ。湯浅氏は、貧困サポートで10年を超える実績をもつ一流の現場主義者ではあるが、やはり既存の価値観にとらわれてしまっている。「正社員と非正規に対立はない」という論法は、既得権側が常用する典型的ロジックにすぎない。
 フォローしておくが、筆者はけっしてセーフティネットの強化自体を否定するわけではない。企業がそれを保証できなくなった以上、行政による整備は必須だろう。だがそれは格差問題の本質ではなく、結果であり、セーフティネットとはあくまで対症療法にすぎない。格差問題の本丸とはそれを生み出す構造そのものであり、そこにメスを入れないかぎり、けっして希望は生まれないだろう。フランス革命もロシア革命も、きっかけは日々のパンだったかもしれない。だが、理念はもっと高みに据えられていたはずだ。雇用に関する規制の存在しない米国なら、格差問題はセーフティネットを論じれば足りるだろう。だが日本の場合、その前段階であり、並行して構造改革も語らねばならないのだ。
 結局のところ、唯一神との契約も市民革命も経ていない日本は、利益団体同士の利害調整社会なのだろう。だからつねに総論賛成だが各論反対、いつまでたっても改革は進まないというわけだ。現在の非正規雇用労働者の悲惨さは、与党=経団連、民主党=連合という代表者がテーブルに着くなかで、誰も彼らを代表する人間がいないという点に尽きるように思う。
 これは政治全般についてもいえることだ。1990年代を通じて、つねに「景気対策」の名の下に問題解決は先送りされ、国債を通じたバラマキが行なわれてきた。80年代には黒字だった財政は一気に悪化し、2007年時点では長期債務残高GDP比率は160%を超えてしまった。驚いたことに、この期間を通じて、年金問題も少子化問題も公務員改革も、ほとんど手を付けられることはなかった。このバラマキで日本が良くなったと感じる若者がはたして何人いるだろうか?
 もちろん、これは投票という権利を行使せず、上に任せっきりにしてきた若年層自身にも責任がある。そこでいまはまず、若年層の意識を高めることが先決だと考え、筆者はターゲット世代に届くかたちで普段は論を書くようにしている。狙いは、対立軸は左右でも正社員と非正規のあいだでもなく、世代間にこそ横たわっているという事実を教えることだ。
 じつは、同じ氷河期世代であっても、正社員と非正規雇用側の連携は可能だと感じている。どちらも割を食っている事実は変わらず、既得権を打ち崩す人材流動化によってメリットを得られるからだ。

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  • 最終更新:9月18日(木) 11時42分
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