医師研修、「ゆとり教育」からの脱却を
【第29回】白髪宏司(しらが・ひろし)さん(埼玉県済生会栗橋病院副院長) 「新医師臨床研修制度は、研修医、指導医、病院、患者のみんなを不幸にしてしまったシステムだ」―。こう指摘するのは、今年9月までに127人の研修医を指導してきた埼玉県済生会栗橋病院の白髪宏司副院長。新制度が医師不足と偏在に拍車を掛けたとの批判の声が広がる中、厚生労働省と文部科学省は「臨床研修制度のあり方等に関する検討会」の初会合を9月8日に開き、新制度の見直しを始めた。しかし、医療現場で問題となっているのは医師不足だけではない。指導医の立場から見た新制度の問題点などを白髪副院長に聞いた。(尾崎文壽)
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■新研修制度は「ゆとり教育」、研修医は「お客さん」
―指導医の立場から見た新制度の問題点などを教えてください。
わたしたち指導医も、研修生を受け入れる前に数日間の「指導医研修」の受講が義務付けられています。その研修では、講師が「愛情と熱意を持って、忍耐強く、そして優しく指導してください」「長所を見つけて、褒めて伸ばしてあげてください」と繰り返していたので、少々驚きました。医局がしっかりしていて、厳格な徒弟制度があったころには、「まずは優しい指導を」なんて考えられません。医師は現場に長くいなければ勉強にならない。わたしたちの時代は「病院に住め」という乗りでしたけどね。
もちろん、昔の医局システムと徒弟制度にも、問題点は多々ありました。1998年に関西医大で起きた研修医の過労死事件、2000年に京都府内の病院で起きた研修医の過労自殺―。こういった悲劇は繰り返さないようにしなければいけません。
「厳しく」と「優しく」のバランスは難しいですが、早く一人前になってもらいたいので、基本的には厳しく指導したいと思っています。しかし、今の若い人たちを指導する時は、昔のように怒ってばかりではいけない。指導医側がかなり譲歩しないといけないようです。
最近の研修医は大ざっぱに以下の3タイプに分類できます。
<タイプ1> まだ将来進む科は決めていないが、いろんなことを吸収したい、いろんな科を経験したいというやる気満々の研修医。
<タイプ2> 行きたい科がはっきり決まっていて、それ以外の研修はどちらかというと時間の無駄だと思っている研修医。
<タイプ3> 何となく医学部に行って医師免許は取ったものの、目的もやる気もなく、できるだけ楽な科を探したいという研修医。
徒弟制度のしっかりした、昔の医局システムがすべて良いとは思いませんが、以前なら<タイプ3>の研修医がいても、先輩たちが愛のムチでガンガンしごいていました。その結果として、やる気のない研修医でも一定以上の専門スキルが身に付いていた。しかし、新制度で研修医が“お客さん扱い”になってからは、やる気のない研修医はそのまま放置されるようになっています。
新制度では2年間に7科を回るわけですが、労働・研修時間は基本的には労働基準法を守ることになりました。つまり、拘束されるのは9時から5時までの一日8時間、一週間40時間だけです。もちろん、研修をしているチームと行動を共にすることが原則ですが、週末と祝日と当直明けは休みです。やる気があれば、指導医と同様に働く権利はあります。しかし、それを指導医が強制することはできません。年配の医師や現場の看護師たちはいつも「生ぬるいな」と思って見ています。モチベーションの高い研修医もいますが、ただ病院に来ているだけという人も少なくありません。
新制度は、失策だったとして見直されている「ゆとり教育」のようなもので、よほど高い問題意識とモチベーションを維持して臨まなければ、何も身に付きません。逆に「何でも吸収してやるぞ」という姿勢で臨めば、視野が広がり、幅広い知識が身に付く。頑張った人と適当に過ごした人との間には2年間で大きな差がつきます。
また、研修医が数か月単位で各科を回るようになったので、戦力としてカウントすることができなくなったのもデメリットです。病院によって研修医を“お客さん扱い”、ひどいところでは“邪魔者扱い”しているケースもあるようです。中には、優秀な研修医を確保したくて、ご機嫌取りをしている指導医や病院もあるかもしれませんが。どちらにしても、研修医と受け入れる病院の双方にとって不幸なことだと思います。
■研修医は、患者さんに付ききりになるのが理想
―やはり、平日の午前9時−午後5時だけの研修では足りないと思われますか。
今でも指導医によっては「現場に居てこそ臨床技術が身に付くのだから、研修医は病院で暮らせ」と言う厳しい人もいる。わたしもその通りだと思っているのですが、当院の小児科ではきちんと休みを取ってもらっています。だから、受け持ちの患者さんの容体が土日に変わっても、月曜に出てきた研修医たちは知らない。指導医たちが「こんなことがあったんですよ」と説明しなければいけないのです。本来は、研修医こそ患者さんに付ききりになるべきなのですが、制度上「土日に出てきなさい」と言えない。
研修医たちは“空気”を読んで、積極的に学ぶ姿勢を見せてほしい。そして何よりも、患者さんへの責任感を持ってほしいですね。
―収入面でもしっかり保障され、先輩医師よりも給与が高いというケースも出てきましたね。
先輩医師たちは生活するために当直のアルバイトなどを必死にこなしているのに、研修医たちは禁止。それでも、数年上の先輩が必死で当直やアルバイトをこなして得る収入とほとんど同じというケースもあります。指導する先輩医師としても、正直、気持ちがいいはずはないでしょうね。そういう意味でも、指導医と研修医の双方に不幸な制度です。
―病院側と指導医側にとって、研修医を受け入れるメリットはあるのでしょうか。
若い医師と接するのは、ベテラン医師にとってもいい刺激になります。研修医たちの素朴な疑問を聞いていると、初心に立ち返ることがあります。
研修を終えた後、当院に残ってくれる確約はないし、将来一緒に仕事ができる確率は高くありませんが、そんなことには関係なく、腕のいい医師を育てていきたいと思います。
今は選択の自由があるので、「海外で先端医療を学びたい」「がんセンターに勤めたい」「地方の救急医療の現場で働きたい」など、明確なビジョンを持っている研修医を引き留めることはできません。自分の目標に向かって思い切り羽ばたいてほしい。
もちろん、やる気のある優秀な医師にはぜひ当院の小児科に残って地域医療に貢献してもらいたいと思っていますが。
―整った施設と充実したプログラムを持つ病院が、「高給」を餌にして研修医を集めていることにも批判が集まっていますが。
金銭で研修生たちを右往左往させることは望ましくないと思います。そもそも、医師は「もうかる仕事」ではありません。お金をもうけたいのであれば、ほかの仕事をした方がよいと思います。
―各方面から批判が高まり、厚労省は制度の見直しを始めていますが、どんな制度が理想的だと思われますか。
制度がスタートして5年目に入り、全員を“にわかジェネラリスト”にしたいという厚労省の意向は“絵に描いたもち”であることがはっきりしました。
大規模な研修センター、トレーニングセンターのような施設を造り、専任指導医を置いて、そこで徹底的に指導するというシステムが実現できれば理想的ですね。しかし、それを実現することは非常に難しい。
そこでわたしが代わりに提案したいのは、医学部の5、6年生に実技研修を義務化するシステムです。今よりも医療行為の裁量権を広げ、それぞれの科の業務に参加させて医術を学ばせるのです。このシステムが実現できれば、現在の初期研修期間は1年以下に短縮できます。
いったん、医学部に入ってしまうと医師にならざるを得ないシステムも、見直しの余地があると思います。学部間で移動できるようなシステムをつくるべきでしょう。
■志の高い人材求む
―最近の若い医師と接して、ほかに気になる点はありますか。
年々、対人関係が苦手な人が増えているように感じます。臨床の現場ではコミュニケーション能力は不可欠なので、日ごろから意識して磨いてほしいですね。
全体的に、社会問題への関心が低下していることも気になります。「福島県立大野病院事件」を知らない研修医がいたのには驚きました。どんなに忙しくても、医療関連のニュースは必ずチェックしてください。
また、医師は患者さんに接する仕事なので、清潔感には人一倍気を使ってほしい。特に男性医師に不潔な人が目立ちますが、他人はなかなか注意してくれませんから。おしゃれする必要はありませんが、毎日入浴する、髪の毛やつめは短く切る、服は小まめに洗濯するなど、当たり前のことを心掛けましょう。
―現役の研修医へメッセージをお願いします。
とにかく、卒業後の4年間は、全力で走り抜いてください。感性が豊かなうちに、現場をしっかり見て、一つでも多くのことを吸収してほしいと思います。
そして、質問したいことや知りたいことがあったら、指導医、先輩医師たちにどんどん聞いてください。多少忙しくても、やる気のある研修医がいれば、とことん付き合います。頼られて嫌な人はいませんし、若くて優秀な医師が育っていくのはわたしたちの喜びでもありますから。
―最後に、これから医師を目指す受験生や現役の医学部生たちにメッセージをお願いします。
臨床医の仕事は「診療で疲れ果てた肉体を、精神的な喜びで癒やす」という日々の連続です。しかし、患者さんや職場、そして社会から必要とされ続ければ、モチベーションを高く維持して頑張れるものです。
敬遠されている診療科ほど、多くの需要と活躍の場があることに気付いてほしいですね。現在の医療現場が抱える問題をすべて承知の上で医師を志す若者には、大いに期待しています。
【これまでの医療羅針盤】
【第28回】工藤高さん(株式会社MMオフィス代表)
【第27回】鶴田光子さん(「MICかながわ」理事長)
【第26回】吉冨裕子さん(「海を越える看護団」事務局スタッフ、看護師)
【第25回】谷山悌三さん(元神奈川県警秦野署長)
【第24回】高橋洋一さん(東洋大経済学部教授)
【第23回】高階(たかがい)恵美子さん(日本看護協会常任理事)
更新:2008/09/19 12:08 キャリアブレイン
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地域に必要とされる病院が存続していく(2008/09/12 12:35)
医療通訳を活用し、外国人患者と向き合って(2008/09/05 12:26)
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WEEKLY
医療紛争解決に医療メディエーターを
〜北里大学病院の取り組みから〜
医療者と患者の間にトラブルが起こった場合、解決に導く対話を「医療メディエーション」といいます。今回は「医療メディエーション」に組織的に取り組んでいる病院をご紹介します。