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昨年8月に米国で始まった金融危機は、最も厳しい局面を迎えた。下手をすれば、金融恐慌へのがけっぷちに立ちかねない状況だ。
米国4位の大手証券リーマン・ブラザーズが破綻(はたん)した。同時に3位のメリルリンチが、大手銀行バンク・オブ・アメリカに救済合併されることになった。さらに、経営不振の保険最大手AIGが「次の破綻先」と見られて株が売り込まれており、米国市場は疑心暗鬼に覆われている。
米国の株価急落は世界へ波及した。東京市場を始めアジアや欧州でも大幅安となり、不安が広がった。
こうした動揺が連鎖的にふくらむ事態を防ぐため、まず震源地である米国の金融当局は断固たる措置を取らなければならない。16日には金融政策を決める委員会が開かれるが、金利を引き下げれば市場の不安感を和らげる効果が期待できるだろう。
また、金融市場へ潤沢に資金を供給する必要がある。貸し倒れ不安から金融機関同士の資金取引が滞れば、破綻の将棋倒しの恐れがあるからだ。
とくにリーマンは複雑な証券化商品を大量に扱っているため、どんなルートを通じて不安の連鎖が生じるか予測しにくい。当局には万全の情報収集と素早い対応が求められる。
■各国の当局は連携を
対応が必要なのは米国にとどまらない。米国での証券化商品の値下がりにより、それに投資していた欧州を始めとする世界の金融機関も傷を負っている。各国の当局と連携を密にしていかなければならない。
日本の金融機関のリーマンに対する融資額はさほどではなく、影響は限定的だとされるが、当局は十二分の態勢で臨んでもらいたい。
当面の不安心理の連鎖を防げたとしても、問題は米国の金融危機がこれで終わるかどうかである。
金融危機の発端は、米国での住宅バブルがはじけ、住宅価格が値下がりして住宅ローンの焦げ付きが大量に発生したことにある。残念ながら市況が下げ止まる気配はまだ見えない。
金融危機はすでに米国の景気を悪化させている。消費が減り、たとえば自動車産業の苦境が深まった。体力の落ちた銀行が貸し渋りを強めて、住宅市況の下落や景気の悪化を進め、それが金融機関の傷を深める……。こうした悪循環が懸念される。
米政府には、再度の減税といった需要刺激策などにより、悪循環を最小限にとどめることが求められる。
■公的資金ためらうな
米国の金融危機は、10年余り前の日本と似ている。97年11月、リーマンと同じ証券4位の山一証券が自主廃業に追い込まれたときのことである。山一の後には何年もの間、大手銀行の破綻や救済合併が続いた。
この経験を米国へ単純に当てはめることはできないが、証券会社の破綻が銀行へも広がることを、いちばん警戒していかなければならない。
その点で、財務長官がリーマンの公的救済を「一度も考えなかった」と説明したのは気がかりだ。政府系の住宅金融機関2社を最大20兆円もの公的資金で救済すると直前に決めただけに、証券会社の救済へも税金を使うのは許されないと判断したのかもしれない。折悪く大統領選挙の真っ最中で、末期のブッシュ政権は大胆な対策をとりにくい環境にある。
しかし、危機が大手の銀行へも及び、金融システムがマヒしかねない状況に直面した場合には、公的資金を大規模に投入して最悪の状態を防がねばならない。米国には、いまから準備を進めておく責任がある。
世界にとって最大の心配は、金融危機がドル不安へ発展することだ。いまのところそこまでの兆候は見られないが、各国当局は警戒を強め、万が一の場合に備えてほしい。
■マネー経済は限界に
振り返れば89年の冷戦終結後、世界経済では米国の一強が続いてきた。
初めはIT(情報技術)など力強い技術革新にリードされての成長だったが、しだいにマネーの拡大に依存した経済へ傾いていった。今回の住宅バブルは欧州などへも広がっており、バブルが崩壊した時の傷の深さを改めて見せつけている。
マネー経済が異常に膨張したのは、冷戦終結により始まったグローバル経済の負の部分である。折しも原油市場では、投機マネーが縮小して1バレル100ドル以下へ下がってきた。バブル崩壊を教訓に、マネー依存の経済が終息へ向かうことを期待したい。
他方で、経済のグローバル化にはプラスの面も大きい。途上国や旧東側諸国への投資が拡大して、新興国の急速な経済成長をもたらし、世界経済の柱の一つにまでなった。
21世紀に入って順調に続いてきた世界経済の拡大基調は、いったん終わるだろう。しかし過度の悲観に陥ることなく、光の部分にも着目しつつ、世界経済の安定策を考えたい。
日本にとっても、米国の景気が一段と冷え込めば打撃だ。とはいえ、超低金利と財政赤字のため景気対策の出動余地はきわめて限られている。鍵を握るのは民間の自助努力だが、これを引き出すためにも、来るべき総選挙で政治が明確なビジョンと行動力を回復することが、いよいよ重要になる。