2008-09-17

あいつ消えてくれないかなあ。

さっき家に帰ってきたらあいつしかいなくて背中見ただけで、特別疲れているわけでも落ち込むような出来事があったわけでもないのに、部屋に直行して寝たくなった。でも腹が減ってたからやめといた。

今日は他の家族は遅いみたいだから夕飯作っててくれていた。焼きそば。アホか。麺類つくり起きって。アホか。のびるだろ。アホか。自分がいつも何時に帰ってくるのか知ってるくせに、その2時間上前に作っておいて放置していたらしい。もちろん自分はできたて食べたんだと。おいしかったんだと。そんで仕事帰りの自分にはのびて冷えてねちゃねちゃになった焼きそば食べろって。おいしくできたってさ。だから食べろってさ。このねちゃねちゃした何かを。アホとしか。

材料が勿体無いから食べたけどさ。材料費はあいつじゃない家族の金だし、野菜は自家製だったしな。物に罪はない。ありがたくいただいた。食べてる間中、他にも惣菜があるよ? ご飯食べる? 肉焼こうか? 自分で自分用のお茶を淹れてる間も、そういや唐揚げあるんだけど、とかずっと言ってた。

あいつは普段料理なんてしなから珍しいことではあった。家の掃除もせずに、一日中自室にこもってなんかしてる。家族が自室の掃除に行くときと食事と風呂と見たいテレビの時だけ部屋から出る。洗濯物は取り込むけど今日も居間の隅っこに畳まれないまま積まれてる。週末に自分含めた家族の誰かが暇を見て畳むだろう。

日ごろは自分含めたほかの家族仕事帰りに慌てて作る料理食べてる。そんで毎日、明日ははこれが食べたいあれが食べたいという。それが出なかったら文句言いながら出されたもの食べて、皿も下げずにテレビ見て飽きたら寝る。自分が後片付けと皿洗いしてと言ったら、面倒だからしたくない皿が汚いから嫌だ、冬だったら、水が冷たいからしたくない手が荒れるから嫌だ、と普段皿洗いしている家族に平然とそんな言い訳をする。

そのくせ自分が皿洗いしていると、手伝おうか? と声をかけてくる。最初はこれがきっかけになればと代わってもらっていたけど、どれだけ同じことを繰り返しても自発的に皿洗いするような人間にはならなかった。基本的に自分はあいつを無視してるから、返事だけとはいえ言葉を交わせるのが嬉しいらしい。そんで、その行為が自分の手助けになっているとあいつは信じているらしい。

あいつはテレビ見ながら口に出して実況っつーか、会話の投げかけと独り言の中間みたいな中途半端なことしゃべってる。クイズ番組芸人リアクションに、馬鹿じゃねーのこんなこともわかんねーのなあどう思う? みたいな。食後のアイス食べながら、皿洗ってる自分に向けてそんなこと言ってる。

基本的にあいつの会話は疑問系。なあなにこれ? へえそうなんだでもそれってさあ結局なんじゃね? いやでもさあ? とずっと言ってる。会話っつーかあいつの疑問に誰かが答えてるのがあいつにとっての会話。知らないって言ったら、ふーん、会話終了。こっちから切るまでずっと疑問系の言葉が続く。

昔、職場体験で行った保育園では、あれ何? これ何? ねえ俺上手く出来た? って言葉に答えたり褒めてあげるのが対応の基本と教わった。

この生活はそろそろ10年を迎える。



自分はちょっと遅く出来た子で、新卒から5年後に父は定年退職する。あと4年後の未来。ちなみにあいつは来年三十路になる。

あいつはかつて国立受かって、でも辞めて、急に都内に越して一人暮らしして、それもすぐに切り上げて帰ってきて、毎日昼からごろごろするだけの今に至る。それは数年単位のことだけれど、その間一度もアルバイトさえしたことなく、一人暮らし時代も食糧を実家から毎週送っていた。光熱費とか家賃の計算は知らないらしい。道路作るからって先祖代々の田畑をお国に買ってもらった代金が、うちにはあった。

あいつは基本的にずっと引きこもってて、実際精神的な病気にかかっているらしい。毎日薬飲んで、毎週病院通ってる。鬱病とは違うらしいが、とにかく精神的な病だそうだ。詳細を本人に聞いても他の家族に聞いても苦い顔されるから、詳しくは知らない。あいつが何をやっても、病人だから、と言い聞かされて育ってきたが、そもそも自分は今もってあいつの病名も詳しい症状もその対処法もよく知らない。

自分が進路やら受験やら思春期やらであれこれしている頃、あいつは国立辞めてちょっとだけ実家にいたころがあった。その頃はあいつは今よりもっと不安定だったらしい。その頃は前触れもなくあいつからよく殴られて蹴られた。首を絞められたこともあった。それまで口げんかもしないような家族だったから、反撃しようという考えさえ当時は思いつかなかった。というか、そういう時は悲鳴を上げるだけでもうっとうしいとまた殴られた。他の家族には手を上げることは決してなかったが、何故か自分には容易に手を上げた。

だから真っ先にあいつから遠ざけられたし、自分も逃げていた。そっちにかかりきりになってる家族の背中を見ながら、自分だけは家族に迷惑も手間もかけないようにしないとなー、と漠然と心掛けて実際そう生きてきた。あいつからそのときの謝罪を受けたことは、今もってまだない。

別の日には新しく買ったゲームの対戦相手になってくれ、とかなんとか笑顔でいわれた。他の家族コントローラーの持ち方さえ知らんので、友達のいないあいつには私しか相手がいない。ゲームは好きだけど下手なので、対戦すれば大抵いつも負けてた。それが嫌で理由つけて逃げるようになったら、えーお前薄情な酷い奴だなー、と苦笑いされた。あいつに首を絞められた感触が忘れられなくて、いまだにマフラーネックレスさえつけられない。

願書送る時期になって、自分の進学先を家族は知った。ここにするのか、うん、がんばれよ、うん。後にも先にも自分の進路についての会話はそんだけで、その後に家族はあいつを病院まで車で送ってやってた。田畑の代金がまだ残ってたから、私立でも問題ないと三者面談のときに当時の担任にぽろっとこぼしていた。

自分は無難卒業したけど、就職活動に失敗して、それでもどうにか近所の会社アルバイトで入って正社員にしてもらえた。家族は歳も歳なので皆身体にちょいちょいガタがきてる。まあ長寿大国的に考えてあと20年は生きるんだろうけど、母は家の二階にのぼるのも大変そうだし、父は何年か前に腰をやられて今も服の下にはガチガチサポーターが欠かせない。

正社員になって、夏に初ボーナスもらって、でも手をつけてない。このお金で10年物の洗濯機ドラム式のやつに買い換えようよと、母親に持ちかけた。母は身長が低いので、普通洗濯機だと背伸びしたり台にのぼらないと底まで届かない。膝や腰に負担がかかると日ごろから愚痴っていた。母は、私達はもうあんたに何もしてあげることが出来ないからそれは自分のためにとっておきなさい、と言った。それがお盆くらいのこと。



あいつは長男だ。普段引きこもってるけど、田んぼの手入れとか手伝い通して、積極的に管理運用ノウハウを蓄えさせられている。そういうときだけは家族は強引だし、あいつ本人もその点に関してはやる気に満ちている。私が休日田んぼの手入れを手伝おうと言い出すと、なんだかんだで有耶無耶にされて未だに達成されたことはない。直接仕事をしているときについていっても、相手にされないので隅の方で仕事の成り行きを見ていることになる。

農家といっても兼業でしかないから、田んぼをするってのも土地が荒れないようにと化粧水で肌を整える程度の意味しかない。それだけで食べていけるほどの規模も資産もない。稀に土地を譲って欲しいといってくる個人とか企業とか国とかに切り売りするくらいしか特別な価値はない。衰退する一方の地方都市の片隅だから、今後の大幅な地価変動、特に上昇はまるで見込めない。

それでも先祖代々の土地だから、多分今後もずっと耕していくんだろう。自分も田畑や土地というのはそういうものだと信じているし、幼い頃に遊びまわった土地を守りたいと思うのは当然の義務のことだと思う。あいつも同じようなことを言っていた。

自分は農耕の代わりに、炊事洗濯などを任される。花嫁修業しておかないとね家の外に出ても恥ずかしくないようにね、と両親には口をそろえて言われる。やがてこの家も土地も全て引き継ぐだろうあいつは、家の外に出ることはない。だから炊事洗濯を任されない。これは全て、21世紀現在のことだ。



さっき皿を洗い終えた。焼きそば作ってそのまま放置していたフライパンは、油がこびりついてやっかな洗い物だった。その時あいつはテレビを見ながら、この問題俺答えわかったし、と騒いでた。他の家族の帰りは遅くなるらしいから、しばらく二人きりだ。

あいつ消えてくれないかなあ。

殺すのはリスクが大きくて面倒だし、ただ死ぬのも葬儀の手間と費用がかかる。葬式は何度か主催側として経験しているから、なんとなくその辺の面倒さはわかった。だからもうさっぱり蒸発するとかして、手間なく消えてくれないかな。あいつの顔を、身体の一部を、影を、足音を、気配をわずかでも感じるたびに、心中で呟くのが癖になってる。できればこの10年間の記憶も感情の蓄積も、あいつが存在していたという痕跡全て丸ごと消え去ってくれればいいのにな。朝起きたらあいつの存在ごと消えててくれないかな、と考えながら眠りにつくのが日課だった。

昔は枕や布団に潜るたびに、ほとんど自動的にそんなことを考えるようになっていた。アルバイト時代の初任給で、新しい布団とベッドを買いそろえて、長年使っていたベッドは廃棄処分した。捨てたベッドは、幼い頃に両親が買い与えてくれたもので、あいつとお揃いの型だった。新しいベッドを始めて使った日は数年ぶりに熟睡できた気がした。そのときの感動は忘れられない。

あいつ消えてくれないかなあ。最近では、はっきり口に出してから布団に入り、それからは何も考えずに寝るようにしている。

今日は、これ書いたら寝るわ。

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    「なにをばら」までは読んだ。

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    君が家を出て独立するべき時が来てるんだよ。 たぶん、それに踏み切れないのは、兄貴に対する蔑みよりも、そんな兄貴に肩入れしている両親に対して不公平感が、心のどこかにあるか...

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    もちろん自分はできたて食べたんだと。おいしかったんだと。そんで仕事帰りの自分にはのびて冷えてねちゃねちゃになった焼きそば食べろって。おいしくできたってさ。だから食べろ...

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    うちのくそばばーのことかと思った。 ・・・ご飯とかつくんないけどね。家事全然しないけど。 なんか、なんで生きてるのか疑問に思うよね、そゆ人。 都合のいいときに都合のいいよ...

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