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社説

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学力調査公表―分析と対策にこそ力を

 全国学力調査をめぐって、数人の知事が市町村の教育委員会にそれぞれの成績を公表するよう迫っている。

 文部科学省は過度の競争や序列化を招くとして、都道府県が市町村別の成績を公表するのを控えるよう求め、公表の判断は市町村に任せている。

 しかし、県別順位で低迷している大阪の橋下知事は「公表しない市町村教委は責任放棄だ」と批判する。成績上位にある秋田の寺田知事も「地域の支援があってこその好成績で、住民に知らせるのは当然だ」と主張する。さらに、公表を拒む市町村に対して教員配置などで差をつけることを示唆する発言が、複数の知事から出た。

 もし、予算措置で報復されたら、被害を受けるのは何より子どもたちだ。そんな脅しまがいの発言はいただけないが、公表を求める言い分には耳を傾けるべきところがある。

 まず、多額の税金をかけて実施した調査の結果を住民に知らせるのは、情報公開の点から当然だ。鳥取県の審議会が公開の請求を認める答申を先ごろ出したのも妥当な判断だろう。

 もうひとつは、市町村ごとに成績を公表することで、劣ったところの奮起を促そうということである。低いところの教委や学校現場は、保護者や議会の声に押されて、順位を上げるために動き出すかもしれない。

 学力低下が心配されている割に、教委や学校が手を打っているのかどうか見えにくい。ショック療法ともいえる公表が有効なところもあろう。

 ただし、冷静に見極めなければいけないのは、市町村ごとに競争させれば学力をすぐに底上げできるほど、問題が簡単ではないことだ。

 いまの学力低下の特徴は、できる子とできない子の格差がひどくなっていることと、多くの子どもに応用力が乏しいことだ。

 できない子はどこで授業についていけなくなるのか。知識を応用できない子が多いのはなぜか。そうした原因について学力調査をもとに、学校での指導方法はもちろん、生活習慣も含めて分析し、きめ細かく対策を立てる必要がある。それを抜きにして結果の公表だけを求めるのであれば、的を外しているというほかない。

 そもそも学力の底上げには、少人数学級など財源の手当てを伴うものが少なくない。これこそ知事が市町村に対して果たすべき責任だろう。

 それにしても、このほど発表された経済協力開発機構(OECD)の調査で、教育への公的支出の国内総生産(GDP)比が28カ国中で最下位という現実には改めて驚かされる。

 政府や知事たちは、学力調査の続行や順位付けにいつまでもこだわるよりも、教育への投資を増やすことをもっと真剣に考えてもらいたい。

行政訴訟―残る課題は素早い判決

 密集地を整然とした街並みに変える。鉄道を高架にして、開かずの踏切をなくす。こうした様々な事業が「公共の福祉」の名の下に、政府や自治体によって進められる。

 その事業が本当に「公共の福祉」にかなっているか、住民の人権や財産を侵害していないか。そうした判断をするのが行政訴訟だ。行政や立法をチェックする司法の真価が問われる。

 ところが、日本の行政訴訟では、住民にとって三つの大きな壁が立ちはだかってきた。

 まず、住民が裁判を起こすと、訴える資格があるかどうかを審査される。たとえば道路公害の場合、計画区域の地権者ではなく周辺の住民でも原告になれるかということである。この「原告適格」について、裁判所は厳しく限定することが多かった。

 しかし、司法制度改革で04年、原告適格を広げる法改正が行われた。最高裁も翌年、鉄道の高架化に対する国の認可の取り消しを求める裁判で、地権者だけでなく、騒音を受ける恐れのある周辺住民まで認める判断を示した。

 二つ目の壁が、事業のどの時期で提訴できるか、ということだった。

 これについては、浜松市の土地区画整理の取り消しを求めた訴訟で、最高裁が先週、計画段階での提訴を認めなかった42年前の判例を変更し、計画段階でも提訴できるとした。

 計画区域に住む住民は、自分の土地を削って提供することになるのだから、どのくらい不利益を受けるかは計画段階で十分わかる。それが最高裁が今回示した論理だ。

 お役所主導の日本社会のなかで、長く「行政追随」との批判を受けてきた最高裁が、その姿勢転換をより鮮明にしたといえる。この判断は道路やダムの建設など、他の行政訴訟でも広く適用されるべきものだ。

 残った最後の壁は、判決まで時間がかかりすぎることだ。往々にして工事が終わってしまう。その場合、住民の言い分が認められても、完成した事業を元に戻すと混乱するため、結局は請求を退ける判決が下されてきた。

 浜松市の場合、住民が提訴して4年半になる。最高裁は門前払いの下級審判決を取り消して一審に差し戻した。ようやく計画の当否をめぐる本来の審理が始まるが、事業はすでに着工され、11年度には完了する予定だ。住民らが「これまではロスタイムだった」と嘆くのも無理はない。

 行政訴訟の速度を飛躍的に上げる必要がある。例えば、着工を一時止めるかどうかを1カ月以内に判断する。そのうえで、半年をめどに判決を出す。そのくらい大胆な改革が要る。

 それには質と量ともに十分な裁判官と弁護士が必要だ。法曹人口の拡大計画のペースを落としてはならない。

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