雑誌記事事故米より怖い「国産」AERA9月16日(火) 13時 5分配信 / 国内 - 社会「群馬県内で診療にあたっている開業医と共同研究者です。当院外来患者に、食品由来のアセタミプリド中毒が疑われる患者が、平成18年8月から19年3月までの間に少なくとも500例以上来院し、加療が必要だったのでご報告申し上げます」 という書き出しで始まるメールには、当該患者らの心身症状が、初夏の松林に対するアセタミプリドの地上散布の後に来院する人々と同様の特徴があることを指摘している。しかも発症に先立って、各種の果物類や緑茶など、ブドウなら1房、イチゴだと1箱と連日比較的多く食べている点が共通している。 患者の症状は、国産の果物、野菜、緑茶の摂取を制限したり、一定の解毒治療をしたりするとおおむね改善するが、治療に難渋する症例が少なからず存在すると告げ、農作物へのアセタミプリド使用に関して、 「早急に対策をお願いしたく、申し上げる次第です」 と、結んでいる。 分解しにくく蓄積する この話を取り上げたのは、糊などの工業原料に回されたはずの汚染された輸入米が、仕入れた業者によって焼酎用などに横流しされていたという事実を農林水産省が発表し、世間を騒然とさせている件との関連で見過ごせないからだ(日本は、1993年に決着した多国間市場開放交渉のウルグアイ・ラウンドで毎年一定量の外国米を輸入することを義務づけられ、それは食品原料用などに政府から放出されてきた)。 この汚染米からは黴の発癌性毒素のアフラトキシンB1や今年初めの中国製冷凍ギョーザ中毒事件で原因物質とみなされた有機燐農薬メタミドホスのほか、ネオニコチノイド系農薬の前記のアセタミプリドも検出されており、消費者は輸入農産物への不安を募らせているが、実は日本各地の大気、農産物もアセタミプリドで著しく汚染されており、それによる体の障害がいま現に発生している。それに苦しむ患者、家族、医療関係者は、いまの汚染輸入米流用騒ぎを見ていわく言い難い不条理感に襲われている。 アセタミプリドは日本曹達が開発した殺虫剤原体の名前で、製剤名は「モスピラン」などだ。タバコの毒性物質のニコチンに類似した性質があり、熱を加えても分解しにくく土壌に蓄積しやすい。この製剤の農薬取締法に基づく登録は95年と比較的新しく、このところ有機燐に代わり野菜、果樹などに向け広く投入され出していた。 田畑、松林が背景にあるので冒頭の両医師はこれまで農薬、とりわけ日本でよく使われている有機燐の人体への影響について研究を重ねてきた。 果物、野菜の多食で発症 そんな中で3年ほど前、両医師はこんな現象にぶつかった。 ――松林への農薬散布が原因と思われる中毒患者が例によって多数来院したのだが、有機燐の場合と症状に違いがある。そして、松林散布がない季節にも同様の患者が相次いだ―― 患者多数の問診などで詳しく調べるうちに両医師は、メールにあるように農薬アセタミプリドで汚染された果物、野菜、緑茶などの多食と発症の関係に疑いを持ち、連名で06年から毎年日本臨床環境医学会総会などで発表し、注目された。 メールには、患者の症状も明記されている。頭痛、めまい、吐き気、下痢とかは有機燐など他の農薬と同様だが、 「胸痛、動悸、胸部苦悶、しばしば筋脱力、短期記憶障害、小児の異常行動(多動、易興奮性)、心電図で数日から1週間の頻脈、数週間続く徐脈」 などが特徴的だ。短期記憶障害とはつい今の事をもう忘れているという症状で、頻脈、徐脈とは脈拍がやたらに激しかったり逆にゆっくりし過ぎていることを指し、命にかかわる場合もあるという。平医師によれば、ウイルス性の感染症疾患が治りにくくなる免疫異常が、アセタミプリドの作用で起きることを示した他の研究者の論文も相次いでいるという。 すぐ殴るなど暴力衝動 しかし、とりわけ気持ちを暗くさせられるのはメールに「異常行動」と記されている患者の暴力衝動だ。小児に多いがそれだけに限らないようで、特段理由もなくすぐかっとなる。暴力の相手も選ばない。男友だちを突然殴ったが、自分でもわけがわからないという若い女性の患者もいた。やはり急に食器を壊したり、一見普通の患者なのに内ポケットにナイフをしのばせてくる来院者もいた。発症の機序は異なるが、人の人格を変える点は有機燐と同じで、青山医師は、 「有機燐との掛け算になる」 と、みる。人の体質によって違いは大きいものの、すでに有機燐によって大きな影響を受けている日本人はアセタミプリドが加わることにより、相乗効果を受けるのだ。 汚染輸入米からほかに検出された有機燐農薬メタミドホスも他人事ではない。 中国製ギョーザ中毒事件のこの農薬は日本では非登録なので使われていないが、登録されて畑作・果樹・家庭園芸などでの殺虫に普及している有機燐農薬アセフェート(商品名は「オルトラン」など)は生体に摂取されるとメタミドホスに変わり、毒性は30倍くらいに強まる。 農地などに撒かれたアセフェートも、分解して一部はメタミドホスに変わる。メタミドホスそのものは非登録でも、大量に使われているアセフェートが田畑、体内でメタミドホスになっているので、この強毒性の農薬は日本でも事実上登録されているに等しい状態なのだ。従って国産の農産物からも中国などと同様にメタミドホスが、それも相当の濃度で検出されることがある。 緩い日本の残留基準 アセタミプリド、メタミドホスとたまたま汚染輸入米事件で摘出された2農薬について見ただけでも、国産農産物の実態は、安全性に関する限り、輸入に比べてましとは全く言えない。例えばこのアセタミプリドで残留農薬基準値の日米比較をしてみればよくわかる(別表)。基準値はアメリカの方がよほど厳しい。 米側に該当項目がないので省いたが、茶の日本の基準値は50ppmという緩さだ。アセタミプリドを撒き放題にしてもこうまでは残留しまいというほどの数字といわれ、この高濃度についても先のメールには指摘されている。 メールを送り、その経緯も克明に記録した平医師と関係当局への取材によれば、メールに反応がないので両医師は地元選出国会議員の紹介で、07年12月下旬に「食の安全ダイヤル」を開設している内閣府食品安全委員会事務局に説明に行った。こうしたことがなかったら、ことは関係機関の間で盥回しの末にうやむやにされてしまっていたかもしれない。 5000倍もの緑茶 07年末の両医師のこの行動により、いま関係行政はアセタミプリドへの対応策を優先的に練っている。 ここで、問題の急所を繰り返す。汚染輸入米のアセタミプリドの濃度は、残留基準値のない農産物に暫定的に一律に設定されている0・01ppmの3倍だった。基準値を超えているので、この輸入米も工業原料へと回されたが、それが食品原料に使われ、この騒動になっている。 しかし例えば、日本茶に適用されているアセタミプリドの残留基準値は50ppmなのである。毎日のように大騒ぎされている輸入米毒性物質の基準値の5000倍にものぼる。 ライター 長谷川 熙 (9月22日号)
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