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羽後町の一連の企画のコンセプトについて
羽後町の企画にたくさんのお問い合わせ、ありがとうございます。
一連の取組みの仕掛け人は私(山内)ですが、どうしてこういう企画が生まれたのかという問い合わせを多数いただいております。このブログの最初の方にも書いていることを整理しながら、一連の企画に至るまでの経緯やコンセプトについてお話したいと思います。
「かがり美少女イラストコンテスト」や「スティックポスターin羽後町」は、地域発の「町おこし」としてテレビや新聞でも取り上げてもらいましたが、私は「町おこし」を意図してやってるというわけではありません。どちらかというと、私が自分の趣味を周囲を巻き込んでやっている感じなので、「らき☆すた」を活用している埼玉県鷲宮町のように、自治体も一丸となって行っている例とはちょっと違うのかなと思いました。
私は鷲宮神社には10回以上行っていますし、イベントにもほぼ参加しています。鷲宮町の様子を見ていると、「羽後町のイベントは本当にこれでいいのかな」と思ってしまうこともしばしばです。
しかしながら、地域のイベントというものは、個人の趣味や仲間内の盛り上がりから始まるのもありだと思うのです。
羽後町で20年以上続く「ゆきとぴあ七曲花嫁道中」や「うご牛まつり」も、町おこしを目指して始めたというより、若者たちが何か楽しいことをやろうぜと仲間内の酒飲みの席で盛り上がって始まったイベントです。それが今では、地域の名物行事として定着しています。
これまでの「町おこし」なるものは、行政や大企業が主導して行い、住民が振り回されているパターンばかりでした。長年にわたって継続され成功している例は、住民主導で行われた事例なのです。
私の好きなことの延長線として始めた企画が「町おこし」として評価されるということは、内容がしっかりしてきたのかなと受け止めています。ようやく徐々に認知されるようになってきたといえますが、先人たちの苦労話を聞いていると、まだまだこれからだと思っています。
私は「かがり美少女」も「スティックポスター」も、自分がやってみたいと思うイベントを行い、自分が欲しいと思うものを作っています。
例えば、スティックポスターで「元城のケンポナシ」という題材があります。町の天然記念物に指定されていますが、我が家の庭木で、幼いころから慣れ親しんできたものです。兎塚エイジさんに描いていただいたのは、私が「ゼロの使い魔」のルイズが好きすぎて、我が家の樹はぜひ兎塚さんに・・・という思いで実現させました。
その他の作家さんの人選も徹底的にこだわっていますし、自分がこの作家さんに描いてほしいと思う題材を描いてもらっています。
秋葉原を見ていると、美少女イラストを入れたら売れるだろ、女の子にメイド服を着せたら客が来るだろ、みたいな安易な発想の例が目立ちますし、全国の観光地を見ても名所の名前をプリントしただけのTシャツとかキーホルダーのような、企画者の思い入れのない品物が多すぎるといえます。
ところで、美少女イラストが「一部の人だけのもの」みたいに扱われるのはどうしてなのでしょうか? POPさんの「うごいす」「かやたん」や西又葵さんの「あきたこまち」が出たとき、「これを喜ぶのは大きなお友達だけだ」とか、「オタクにしか受けないだろ」とメールをいただきましたが、本当にそうなのでしょうか?
私は、いわゆる萌えブームが始まる以前から、町内で美少女イラストを用いた企画を実践しています。それには誰も批判をしなかったばかりか、むしろ好意的な印象を持たれることが多かったのです。「かがり美少女」も、地元のお母さんたちから「子供が喜ぶのでぜひやってほしい」と言われて続行が決まりましたし、「スティックポスター」などのグッズを作ってほしいと言ってきたのは地元の人たちなのです。
POPさんは既に先進的なことをやっていて、「赤ずきん」や「おやゆびひめ」などの作品を絵本化しています。実際、子供たちにも評判がすごく良いそうです。
こういったことからも、私は「美少女イラストは一般の人たちにも絶対に受ける」と自信を持っています。
私が羽後町で企画を手掛けるようになった背景には、自分自身の体験も大きく影響しているといえます。私は小学時代からイラストを描くことが好きで、授業中にマンガを描くことを先生にも公認されていました。その腕を買われて学芸会のセットもすべて私が製作していましたし、修学旅行文集や卒業文集のカットイラストも多数担当してきました。
卒業アルバムの寄せ書きでもひっぱりだこで、「漫画家になれ」とか男女問わず書いてもらいましたし、私もイラストを描き返しました。
イラストを描けることで私は学生時代に自分の個性を発揮できていたと思います。
私の恩人が、学習塾ガロアの阿部久夫先生です。阿部先生は私が中学2年のときに、塾のチラシにイラストを描くように依頼してくれました。いくら田舎のチラシとはいえ、中学生にイラストを担当させるなんて、今考えても凄いことだと思います。やがて、私のイラスト関係の友人の輪が広がっていくと、大笆知子さん、小鳥遊つばささん、真木ちとせさんらに依頼して、塾のチラシの常識を破るデザインを実現させてきました。
これに注目した、北都銀行西馬音内支店長の佐々木章さんが「銀行のロビーでイラストの展示を行いたい」と提案してきて、わいわい騒いでいるうちに「かがり美少女イラストコンテスト」へと発展していきました。佐々木さんも美少女イラストにはまったく興味がない素人でしたが、チラシの絵に、彼の心を打つものがあったんだと思います。なお、「かがり美少女イラストコンテスト」や「かやたん」「うごいす」の命名者は、何を隠そう、佐々木さんなのです。
オタクの人たちと話す機会が増えましたが、「オタクであることでいじめられた」「友達がいない」と言う人が結構いて、驚いてしまいました。私は美少女キャラが激しく好きですが、一度もそのことでオタクとして批難されたことがないので、「電車男」なんかを見ていても全然実感がわきませんでした。自らをキモヲタと称する本田透氏の本を読んだことがありますが、全然共感できませんでした。
どうも、「マスコミはオタクを偏見的に見ている」と批判する人ほど、実はマスコミが伝える「オタクと一般人の共存はありえない」「美少女イラストはオタク以外には受けない」というイメージを鵜呑みにしているように感じます。となると、一般の人に会っても「どうせ自分をこの人は理解してくれないんだろうなあ」と思って話をするでしょうから、うまく打ちとけられないのも当たり前です。
私は前述のとおり、「美少女イラストは一般の人にも絶対に受ける」と思っているので、行動パターンが違ってくるんだと思います。
そもそも、オタクの人たちが思うほど、一般の方々は美少女イラストに対する知識はありません。そして、知識がない人ほど「かわいい」と言ってくれます。ピュアな目で見れば、これほど喜ばれるものも珍しいです。
だいたい、一般の人は美少女イラストと少女マンガのイラストの区別なんてつきませんし、それがつく人は立派な「オタク」といえるでしょう。私は建築好きで、神社や寺を見ただけでこれはいつごろに建てられたのかほぼわかります。例えば法隆寺と東寺の五重塔は建立された年代も様式もまったく違いますが、大抵の人はどっちも同じような塔でそんな大差があるように思わないはずです。それと同じことです。
美少女イラストに批判的なのは、テレビでいわゆる偏見報道を見たりしてオタク文化に知識がある人、そしてオタクの人たち自身なのではないでしょうか。オタクの人たちにも、思い込みによって、自らの活動範囲を狭めている人がどれだけ多いことでしょうか。
「オタクと一般人の共存」を訴えている人は多いようですが、そんなことは全然難しくないのです。要はやり方をどうするか。たったそれだけで全然見方が変わってくるのです。
初対面の人との飲み会で趣味の話を延々とされては相手が引くのは当然ですし、一部のオタクの秋葉原の路上パフォーマンスのように、明らかに奇異に見られる行動をやっていては「キモイ」と見られるのも当然です。少し工夫をしてみるだけで、簡単に共存はできます。
私の母校である羽後中学校には一連の企画を喜んでいる子供たちが非常に多く、西又葵さんのサイン会でも地元の子供たちがたくさん訪れました。彼らからは、マスコミが報じるいわゆるネクラなオタクのイメージは微塵も感じられません。
中学3年の女の子が「自分の趣味を広めようと思っています」と言っていました。
自分の趣味をを仲間うちだけで楽しむのではなく、もっともっと広めて楽しもうという姿勢が素晴らしいと思いました。
私も、自分が良いと思うものをもっと知ってもらいたいと思っていますし、そのためのイベント主催や、商品開発を試みていますから。
美少女イラストは、オタクが考えるほど特殊なものではありません。幼稚園児も、うちのばあちゃんも、美少女たちを「かわいい」と言ってくれます。
まあ、どうしてこういうイラストが受けるのかという詳しい研究は私よりその世界に詳しい人や、大学の偉い先生にお任せしようと思いますが、私は研究室にこもるよりも「かわいいと思ってくれるんだったら、いろんなところで使ってみようじゃないか」という、気軽な気持ちで考えています。
そう考えると、「町おこし」もそんな難しいことではないように思います。机を囲んでどうしようこうしようと考えたり、どっかの偉い先生を読んで講演会を行ったって、アイディアなんか出てきませんよ。クラスの委員会を決めるとき、やりたくないことで役員を押し付けられても乗り気がしないのと同じです。だったら、自分の好きなことをやれば一番いいじゃないですか。自分の好きなことに夢中になれることこそ、オタクの得意技なはずです。
そのときに「自分の趣味はどうせ理解されないだろ」とか思わないことです。とにかく何でもいいから、自分から相手に心を開いて話してみてはいかがでしょう。1人でも理解者がいればしめたものです。あとは本人の努力次第でいくらでも拡大できます。
私は大した人間ではありませんが、自分の取組みを見て、何かやってみようかなと思ってくれる人が1人でも出てくれば嬉しいです。
山内貴範
一連の取組みの仕掛け人は私(山内)ですが、どうしてこういう企画が生まれたのかという問い合わせを多数いただいております。このブログの最初の方にも書いていることを整理しながら、一連の企画に至るまでの経緯やコンセプトについてお話したいと思います。
「かがり美少女イラストコンテスト」や「スティックポスターin羽後町」は、地域発の「町おこし」としてテレビや新聞でも取り上げてもらいましたが、私は「町おこし」を意図してやってるというわけではありません。どちらかというと、私が自分の趣味を周囲を巻き込んでやっている感じなので、「らき☆すた」を活用している埼玉県鷲宮町のように、自治体も一丸となって行っている例とはちょっと違うのかなと思いました。
私は鷲宮神社には10回以上行っていますし、イベントにもほぼ参加しています。鷲宮町の様子を見ていると、「羽後町のイベントは本当にこれでいいのかな」と思ってしまうこともしばしばです。
しかしながら、地域のイベントというものは、個人の趣味や仲間内の盛り上がりから始まるのもありだと思うのです。
羽後町で20年以上続く「ゆきとぴあ七曲花嫁道中」や「うご牛まつり」も、町おこしを目指して始めたというより、若者たちが何か楽しいことをやろうぜと仲間内の酒飲みの席で盛り上がって始まったイベントです。それが今では、地域の名物行事として定着しています。
これまでの「町おこし」なるものは、行政や大企業が主導して行い、住民が振り回されているパターンばかりでした。長年にわたって継続され成功している例は、住民主導で行われた事例なのです。
私の好きなことの延長線として始めた企画が「町おこし」として評価されるということは、内容がしっかりしてきたのかなと受け止めています。ようやく徐々に認知されるようになってきたといえますが、先人たちの苦労話を聞いていると、まだまだこれからだと思っています。
私は「かがり美少女」も「スティックポスター」も、自分がやってみたいと思うイベントを行い、自分が欲しいと思うものを作っています。
例えば、スティックポスターで「元城のケンポナシ」という題材があります。町の天然記念物に指定されていますが、我が家の庭木で、幼いころから慣れ親しんできたものです。兎塚エイジさんに描いていただいたのは、私が「ゼロの使い魔」のルイズが好きすぎて、我が家の樹はぜひ兎塚さんに・・・という思いで実現させました。
その他の作家さんの人選も徹底的にこだわっていますし、自分がこの作家さんに描いてほしいと思う題材を描いてもらっています。
秋葉原を見ていると、美少女イラストを入れたら売れるだろ、女の子にメイド服を着せたら客が来るだろ、みたいな安易な発想の例が目立ちますし、全国の観光地を見ても名所の名前をプリントしただけのTシャツとかキーホルダーのような、企画者の思い入れのない品物が多すぎるといえます。
ところで、美少女イラストが「一部の人だけのもの」みたいに扱われるのはどうしてなのでしょうか? POPさんの「うごいす」「かやたん」や西又葵さんの「あきたこまち」が出たとき、「これを喜ぶのは大きなお友達だけだ」とか、「オタクにしか受けないだろ」とメールをいただきましたが、本当にそうなのでしょうか?
私は、いわゆる萌えブームが始まる以前から、町内で美少女イラストを用いた企画を実践しています。それには誰も批判をしなかったばかりか、むしろ好意的な印象を持たれることが多かったのです。「かがり美少女」も、地元のお母さんたちから「子供が喜ぶのでぜひやってほしい」と言われて続行が決まりましたし、「スティックポスター」などのグッズを作ってほしいと言ってきたのは地元の人たちなのです。
POPさんは既に先進的なことをやっていて、「赤ずきん」や「おやゆびひめ」などの作品を絵本化しています。実際、子供たちにも評判がすごく良いそうです。
こういったことからも、私は「美少女イラストは一般の人たちにも絶対に受ける」と自信を持っています。
私が羽後町で企画を手掛けるようになった背景には、自分自身の体験も大きく影響しているといえます。私は小学時代からイラストを描くことが好きで、授業中にマンガを描くことを先生にも公認されていました。その腕を買われて学芸会のセットもすべて私が製作していましたし、修学旅行文集や卒業文集のカットイラストも多数担当してきました。
卒業アルバムの寄せ書きでもひっぱりだこで、「漫画家になれ」とか男女問わず書いてもらいましたし、私もイラストを描き返しました。
イラストを描けることで私は学生時代に自分の個性を発揮できていたと思います。
私の恩人が、学習塾ガロアの阿部久夫先生です。阿部先生は私が中学2年のときに、塾のチラシにイラストを描くように依頼してくれました。いくら田舎のチラシとはいえ、中学生にイラストを担当させるなんて、今考えても凄いことだと思います。やがて、私のイラスト関係の友人の輪が広がっていくと、大笆知子さん、小鳥遊つばささん、真木ちとせさんらに依頼して、塾のチラシの常識を破るデザインを実現させてきました。
これに注目した、北都銀行西馬音内支店長の佐々木章さんが「銀行のロビーでイラストの展示を行いたい」と提案してきて、わいわい騒いでいるうちに「かがり美少女イラストコンテスト」へと発展していきました。佐々木さんも美少女イラストにはまったく興味がない素人でしたが、チラシの絵に、彼の心を打つものがあったんだと思います。なお、「かがり美少女イラストコンテスト」や「かやたん」「うごいす」の命名者は、何を隠そう、佐々木さんなのです。
オタクの人たちと話す機会が増えましたが、「オタクであることでいじめられた」「友達がいない」と言う人が結構いて、驚いてしまいました。私は美少女キャラが激しく好きですが、一度もそのことでオタクとして批難されたことがないので、「電車男」なんかを見ていても全然実感がわきませんでした。自らをキモヲタと称する本田透氏の本を読んだことがありますが、全然共感できませんでした。
どうも、「マスコミはオタクを偏見的に見ている」と批判する人ほど、実はマスコミが伝える「オタクと一般人の共存はありえない」「美少女イラストはオタク以外には受けない」というイメージを鵜呑みにしているように感じます。となると、一般の人に会っても「どうせ自分をこの人は理解してくれないんだろうなあ」と思って話をするでしょうから、うまく打ちとけられないのも当たり前です。
私は前述のとおり、「美少女イラストは一般の人にも絶対に受ける」と思っているので、行動パターンが違ってくるんだと思います。
そもそも、オタクの人たちが思うほど、一般の方々は美少女イラストに対する知識はありません。そして、知識がない人ほど「かわいい」と言ってくれます。ピュアな目で見れば、これほど喜ばれるものも珍しいです。
だいたい、一般の人は美少女イラストと少女マンガのイラストの区別なんてつきませんし、それがつく人は立派な「オタク」といえるでしょう。私は建築好きで、神社や寺を見ただけでこれはいつごろに建てられたのかほぼわかります。例えば法隆寺と東寺の五重塔は建立された年代も様式もまったく違いますが、大抵の人はどっちも同じような塔でそんな大差があるように思わないはずです。それと同じことです。
美少女イラストに批判的なのは、テレビでいわゆる偏見報道を見たりしてオタク文化に知識がある人、そしてオタクの人たち自身なのではないでしょうか。オタクの人たちにも、思い込みによって、自らの活動範囲を狭めている人がどれだけ多いことでしょうか。
「オタクと一般人の共存」を訴えている人は多いようですが、そんなことは全然難しくないのです。要はやり方をどうするか。たったそれだけで全然見方が変わってくるのです。
初対面の人との飲み会で趣味の話を延々とされては相手が引くのは当然ですし、一部のオタクの秋葉原の路上パフォーマンスのように、明らかに奇異に見られる行動をやっていては「キモイ」と見られるのも当然です。少し工夫をしてみるだけで、簡単に共存はできます。
私の母校である羽後中学校には一連の企画を喜んでいる子供たちが非常に多く、西又葵さんのサイン会でも地元の子供たちがたくさん訪れました。彼らからは、マスコミが報じるいわゆるネクラなオタクのイメージは微塵も感じられません。
中学3年の女の子が「自分の趣味を広めようと思っています」と言っていました。
自分の趣味をを仲間うちだけで楽しむのではなく、もっともっと広めて楽しもうという姿勢が素晴らしいと思いました。
私も、自分が良いと思うものをもっと知ってもらいたいと思っていますし、そのためのイベント主催や、商品開発を試みていますから。
美少女イラストは、オタクが考えるほど特殊なものではありません。幼稚園児も、うちのばあちゃんも、美少女たちを「かわいい」と言ってくれます。
まあ、どうしてこういうイラストが受けるのかという詳しい研究は私よりその世界に詳しい人や、大学の偉い先生にお任せしようと思いますが、私は研究室にこもるよりも「かわいいと思ってくれるんだったら、いろんなところで使ってみようじゃないか」という、気軽な気持ちで考えています。
そう考えると、「町おこし」もそんな難しいことではないように思います。机を囲んでどうしようこうしようと考えたり、どっかの偉い先生を読んで講演会を行ったって、アイディアなんか出てきませんよ。クラスの委員会を決めるとき、やりたくないことで役員を押し付けられても乗り気がしないのと同じです。だったら、自分の好きなことをやれば一番いいじゃないですか。自分の好きなことに夢中になれることこそ、オタクの得意技なはずです。
そのときに「自分の趣味はどうせ理解されないだろ」とか思わないことです。とにかく何でもいいから、自分から相手に心を開いて話してみてはいかがでしょう。1人でも理解者がいればしめたものです。あとは本人の努力次第でいくらでも拡大できます。
私は大した人間ではありませんが、自分の取組みを見て、何かやってみようかなと思ってくれる人が1人でも出てくれば嬉しいです。
山内貴範
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