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【特報 追う】東北の医療(上)存続の危機続く公立病院
地域医療の崩壊に歯止めがかからない。“砦(とりで)”となるはずの公立病院で、医師の退職や大学病院への引き揚げなどにより診療科が休診、閉鎖される例が相次いでいる。福島県立大野病院(大熊町)で帝王切開の手術中に患者が死亡し、執刀した産婦人科医が逮捕・起訴された問題は、医師の無罪が確定し、医療界に一応の平穏を取り戻した。しかしこれだけで地域医療の再生に道筋がついたわけではない。東北の公的医療の現状を追った。(小野田雄一)
3日、福島県南相馬市の渡辺一成市長が県庁を訪れた。医師確保の直談判を県にするためだ。同市の小高病院(病床数99)は今年3月末、6人いた医師のうち2人が退職。今月末には県立医大(福島市)から派遣されていた内科医が県立医大に戻ることが決まり、10月からは外科、内科、眼科の医師3人という厳しい態勢になる。
渡辺市長は松本友作副知事に「眼科医の引き揚げも示唆されていて、病院存続ができない危機的状況」と窮状を訴えた。
松本副知事は、公立病院に県立医大から医師を臨時派遣する制度に触れ、「今の派遣枠は33人だが十分ではない。今後検討する」と派遣枠拡大への意欲を示した。
しかし予算上の問題もあり、10月に間に合わせることは困難だ。小高病院は、診療所(病床数19)や介護型老人保健施設に転換することも視野に入れ、地域医療の拠点をどう守っていくのか検討している。
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東北では近年、公立病院での診療科の休診が相次いでいる。平成19年は、青森労災病院(青森県八戸市)の産婦人科▽盛岡市立病院(盛岡市)の産婦人科・小児科▽高畠町立高畠病院(山形県高畠町)の小児科。今年に入ってからも、宮城社会保険病院(仙台市)の産婦人科▽大館市立扇田病院(秋田県大館市)の婦人科−などが休診している。いずれも十分な医師数を確保できなくなったことが理由だ。
16年度に新医師臨床研修制度が始まって以降、各地の公立病院は、大学から医師の派遣を受けにくくなっている。大学病院自身が、研修医の減少にともなう医師不足に陥っているためだ。
福島県立医大も、15年度は初期研修医を49人確保できていた。しかし新制度導入後は減少し、今年4月は14人。研修医が集まる病院を目指し、新人医師に指導教官をつけるメンター制度導入▽新人医師の雑用を減らすための病棟事務員配置▽託児所設置など研修環境の整備▽各科の縦割り廃止▽救急センターの充実による病院の実力向上−などを行ってきたにもかかわらずだ。
横山斉副院長は「東北でも積極的に魅力有る研修環境づくりに取り組んでいる方だと思う。だがそれでも各科からは人手が“ギリギリだ”という声が聞こえてくる」と話す。
福島県も今年度から県立医大の入学定員を80人から95人に増やし、一定年数を県内の公立病院で勤務すれば返済を免除する奨学金(月23万5000円)制度も創設した。さらに「医療人育成支援センター」を立ち上げ、医師に最先端の医療情報を提供する態勢を築くなど、医師確保に向けた施策を次々と打ち出している。
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だがこうした施策の効果は、すぐ表れるものではない。小高病院は「医師が一人前になるには10年かかるが、それまで耐えられない。未来よりも現在の支援が欲しい」と悲壮だ。
また別の公的医療機関は奨学金制度について「県内で勤務すれば返済免除といっても、待遇のいい首都圏で医師になれば数年で元が取れる。首都圏で学びたいという学生の意欲をお金で抑えられるだろうか」と疑問視する。
国は新医師臨床研修制度のあり方について改めて検討し直すことを決め、今月8日に検討会の初会合を開いた。だが“待ったなし”の状況に追い込まれている公的医療機関が、いつまで耐えられるだろうか。