自然に身を任せて
素直にいきませんか
人生は、人と比較したり、あの人のようになりたいと目指すものではないと思います。
僕は作詞をし、小説を書き、映画も作るという多方面の仕事を手がけていますが、そのように広げていくと専門職の作詞家よりも「らしさ」が薄れて見えるかもしれません。でも自分の仕事を絞り込まなければ、とは考えない。みなそれぞれ自分の流れに身を任せて、最も楽なスタイルで進んでいけばいいのですから。
人生は42.195キロのマラソンと同じで、どんなにすてきなデザインの靴を履きたいと思っても、それが自分にとってマラソンを完走できる履きやすさかどうかが一番大事なわけです。僕の場合は一つの仕事にとどまるより、やりたいことへどんどんシフトすることを善しとしてきたのです。作詞の仕事でも映画の仕事でも、時代の求めがあってオーダーがあり、タイミングで動き始めていく。僕にはそれに加わることが一番自分らしいし、「継続は力なり」を実践できる方法なのです。
何か自分のやりたいことと現在の仕事が合っていない気がする人もいるかもしれません。でも世の中には流れがある。だから今無理に踏み出さなくてもいい。例えばそのうちに早期退職の募集が出てきて、「あ、これを待っていた」と思えるかもしれない。あるいは早期退職者募集が目の前に提示されたのに、「いや、自分はここに残りたかったんだ」と気付くかもしれない。そういうふうに自分にとって楽な呼吸の仕方で仕事をするのが幸せだと思います。
自分の中にある
気配を感じ取る
今、僕は「潮時」をテーマにシリーズ小説を書いています。サラリーマンと違って、僕らのような仕事はいつが潮時なのかと考えたのです。例えばサッカー選手でも三浦知良さんは現役にこだわって頑張っている。中田英寿さんの引退は早かった。どちらもすばらしいアスリートとしてカッコイイ生き方をしています。でも、中田さんはどんな一瞬に潮時を感じたのだろう。
このテーマで小説を書こうと思ったのは、人間国宝である、文楽の人形浄瑠璃の方の言葉に打たれたからです。その方は演じる間、高下駄(げた)で爪先(つまさき)立ちをするそうです。しかし、このかかとが床に着いた時に辞めると決めていらっしゃる。すばらしいなと思いました。人にはわからない、けれど自分の中でだけ潮時の気配を感じ取り、流れを見極めることができるのです。
人生は一筆書きのようだと思います。仕事も点ではなくて線となってつづられていく、自分だけの一筆書きですね。ですから、あまたあるマニュアルを追うのではなく、自分の勘を信じていくことが必要ですし、すぐに答えが出せなかったら、自分自身でタイミングをつかめるまで自然に待っていればいいのです。(談)
あきもと・やすし ●作詞家。高校時代から放送作家として頭角を現し、「ザ・ベストテン」など数々の番組構成を手がける。1983年以降、美空ひばり「川の流れのように」を始め、EXILE「EXIT」、ジェロ「海雪」ほかヒット曲多数。91年『グッバイ・ママ』で映画監督デビュー。TV番組の企画構成、映画の企画・原作、新聞・雑誌の連載、アイドルユニット「AKB48」と「SKE48」のプロデュースなど多岐にわたり活躍中。著書に小説『象の背中』ほか多数。京都造形芸術大学副学長。
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