中釜洋子（教育学研究科・教育学部助教授／臨床心理学）［東大教師が新入生にすすめる本 2007年「UP」4月号より］
� ／憩�生には、読みたいと思う本を気の向くまま、次々と手にとっていただきたい。読みたい気持ちが続かなければ、節操なく次の本へと移ってゆく。ただ面白さに導かれ図書館を闊歩する贅沢を、存分に味わっていただきたい。私にとって特別に印象深く残っているのは、教養時代に読み耽った数冊である。自分で選んだつもりの進路・生き方が必ずしも身の丈に合うものでなかったと気づき、はてさてこの先どう暮らしてゆけばよいかと悩む混乱状態にあった。他にすることも思い浮かばず、読書三昧の日々を過ごすなか、本との対話とは何かがわかった気がした。対話相手になってくれた二冊を紹介する。
『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム／日高六郎訳（東京創元社、1965）
『生きがいについて』神谷美恵子（みすず書房、2004［初版1966］）
�◆�『分裂病の少女 デボラの世界』ハナ・グリーン／佐伯わか子・笠原嘉訳（みすず書房、1971）
『心理療法・その基礎なるもの』スコット・Ｄ・ミラーほか著／曽我昌祺監訳（金剛出版、2000）
臨床心理学は、誕生から100余年の間に、特定の条件を備えた人々の心理内界の探求という役回りから、コミュニティの生活向上に寄与する心理援助活動へと姿を変えた。ある意味では大きな発展を遂げたと言うことが出来るし、別の意味では、異種のディシプリンが混在する不明瞭な領域になった。臨床心理学を学ぶ道として、古典と最近の文献の両方に通じることを求めたい。前者は、文化学派と呼ばれる精神分析家の一人、フロム・ライヒマンの元患者が著した自伝的小説である。抗精神病薬がなかった時代にも「語り─聴く」関係がこころの平穏を繋ぎとめたこと、その効果の大きさを伝えてくれる。後者は、各種心理療法に共通する有効要因を明らかにしようとする。効果をめぐる実証研究に基づき、どんな効果があるのか、いかに役立つかという問いに答えている。
�� 『教師と子どもの関係づくり─学校の臨床心理学』近藤邦夫（1994）
学校教育において、教師と心理士の協働（コラボレーション）の重要性を説く本は多いが、優れた協働を実際に見せてくれる本は、実のところ数少ない。この本は協働という言葉は使わず、教師（実践家）と心理士（研究者）がよく交流すると何が生まれるか、両者の役割分担がどうあるべきかについて語っている。各章は、はじめに著者の事例や研究が紹介され、教師の働きかけ、教師特有の「子ども解釈」、学校や教師への援助といったテーマが臨床心理学的に考え深められてゆく。生活を信頼し、そこに展開する人間関係にてこ入れする発想の多くを、私はこの本から教わっている。
�ぁ�『いま家族援助が求められるとき─家族への支援・家族との問題解決』（垣内出版、2001）
カウンセリングや心理療法というと、クライエントとカウンセラーの二人が向かい合う構図がすぐ思い浮かぶだろうか。わが国でまだ一般的となっていない家族療法について、とりわけ多世代家族療法の理論や諸概念を紹介している。近しい関係であるゆえ、過度に期待したり、怒りや憎しみなど強い感情を抱きがちな家族関係について理解を促すねらいで著した本である。