大橋 弘（経済学研究科・経済学部・公共政策大学院助教授／産業組織論）［東大教師が新入生にすすめる本 2007年「UP」4月号より］
� �『君たちはどう生きるか』吉野源三郎（岩波文庫、1982）
年少期にこの本を手に取られた方は少なくないでしょう。14歳の「コペル君」の体験と、その話をもとに叔父さんが記した「ノート」とで一話をなす、全10話の本です。小学生のときに手に取った私には、「コペル君」の体験ばかりが印象として残っていますが、いま思えば叔父さんの「ノート」を理解できなかったからだと気づきました。経済学と社会学を学ぶことの重要性を語るなど、児童書としておくには高度な論点が「ノート」には取り上げられています。また今話題の格差やグローバル化について触れるなど、1937年に初版が出たことを疑うほどの現代性を帯びた話題を分かりやすく描き出しています。温かみのある著者の筆致を通じて、頭だけでなく自分の内面でも納得して理解することの重要性を教えてくれる数少ない名著だと思います。
『自分のなかに歴史をよむ』阿部謹也（筑摩書房、1988）
大学全入時代を迎え、学問に対して強い動機がなくてもとりあえず就職などのメリットを考えて、進学するのが当たり前になってきています。高校の延長線上で授業に出て、サークルやバイトにいそしむ間に四年が過ぎてしまうというのが、いまや多くの学生生活に共通して見られる側面でしょう。そうした生活に飽き足らない学生には、この本をお薦めします。著者がいかに学問の道を歩み始めるに至ったか、その足跡を分かりやすく記しています。「解るとは、それによって自分が変わることである」という指摘は胸にとどめて置いても悪くないと思います。
�◆�The Informant: A True Story, Kurt Eichenwald（Broadway, 2001）
邦語の書籍やニュース記事の内容やその取り扱い方が、英語のものとかなり異なると過去感じた方は、私ならずとも多いと思います。日本語媒体の情報に囚われないためにも、外国語、特に英語を身につけておくことは今後ますます重要になるでしょう。標題の本は、ある製品において日本の大手企業が、他の海外企業と共にどうやって国際カルテルを形成し、米国司法当局に取り締まられるに至ったかの顛末を記したドキュメンタリーです。アメリカではベストセラーにもなりましたが、日本では翻訳されず、またその内容も余り紹介されなかったようです。今後、日本でも独占禁止法の運用強化が期待されることでもありますし、本書のような書物に目を通すと違った見方ができるようになるかもしれません。
『フリーターに滞留する若者たち』堀有喜衣編（勁草書房、2007）
昨年の学生生活実態調査によると、東大生でも一割以上が「自分がニートやフリーターになるかも」と感じているということです。もしかするとニートやフリーターの現状の誤解から生じているかもしれません。いずれにしても学生の皆さんが自分の置かれている世代の社会状況を知る上で、本書は良い情報源になるでしょう。
�� 『日本経済─その成長と構造』中村隆英（1993）
グローバル化が進展し、皆さんも自分の住んでいる国を海外の人に説明する機会が増えてくることだろうと思います。経済的な視点から日本のたどってきた歴史を学ぶことは、高校生の歴史学習で強調される政治・思想史的な見方とは違い、より生活に密着した歴史観を肌で感じさせてくれます。本書に限りませんが、理念や概念を当てはめて満足するのではなく、データや古文書などから虚心坦懐に事実を浮き彫りにしようとする研究姿勢には、私自身学ぶところが多いです。