武田洋幸（理学系研究科・理学部教授／発生遺伝学）［東大教師が新入生にすすめる本 2007年「UP」4月号より］
� �『生物から見た世界』ヤコープ・フォン・ユクスキュル、ゲオルク・クリサート／日高敏隆ほか訳（新思索社、1973。岩波文庫、2005）
生物系の学部に進学が決まった駒場時代に、タイトルに惹かれ生協で何気なく購入した一冊だったと記憶している。その内容は私にとって衝撃的で、私の自然観を一変させた本であった。後に知ったことであるが、動物行動学の分野では古典に属する名著とのことであった。本書で一貫して主張されているのは、生き物はそれぞれ独自の感覚器を通して独自の環境世界（環世界）を作っている、という概念である。見ている世界は誰でも、どの生き物でも同じであるという、鈍感な感覚で暮らしていた私が、主観と客観を意識して事物を見るようになった瞬間であった。昔読んだ単行本は既に書棚の奥底に埋没し30年近く目にすることはなかったが、最近文庫本として新訳・出版されているのを見つけて、思わず買ってしまった。
『日本人の英語』マーク・ピーターセン（岩波新書、1988）
助手に成り立てで、英語論文を書くことに四苦八苦していた頃に偶然であった本である。単なる文法書ではなく、日本語と英語の本質的の違いがユーモラスに描かれている。英語圏の人間にとって、冠詞（aやthe）は単なる名詞のアクセサリーではなく、意味的カテゴリーを決めている、名詞よりも先に思い浮かぶ（むしろ、aやtheに名詞がつく）という感覚。このことは以後の私のscientific writing に少なからず影響を与えている。手元にある本は第1刷のものであり、今でも時々読み直しているせいで、ぼろぼろになってしまった。最近偶然書店で見かけて、手に取ってみると、すでに20刷を超えており、ロングセラーとなっていることを後で知った次第である。
�◆�『分子生物学の誕生─奇跡の年1953年』鈴木理（秀潤社、2005）
現代の生命科学の流れを決定づけた発見（DNA二重らせん、セントラルドクマなど）が行われた当時の状況が著者とクルーグ博士（ノーベル化学賞受賞者）との対談形式でつづられている。臨場感溢れ、世紀の大発見の現場にタイムスリップできる。
�� 『動物進化形態学』倉谷滋（2004）
形態学、発生学、進化学を結びつけた大作である。豊富な図と著者の博学が読む人を引きつけ、動物が示す複雑なかたちへの飽くなき興味と畏敬の念が伝わってくる。生物学を始めたばかりの学生にはむずかしいが、教壇に立つころにそばに置きたい本である。
�ぁ�『動物のからだづくり─形態発生の分子メカニズム』（シリーズ応用動物科学・バイオサイエンス２、朝倉書店、2001）
脊椎動物の初期発生、特に胚葉誘導や体軸の形成について、その分子のメカニズムを解説している。
『発生遺伝学─脊椎動物のからだと器官のなりたち』相賀裕美子との共著（東京大学出版会、2007）
脊椎動物を対象とした研究では、かつては別の学問体系であった、発生学と遺伝学。それらは、マウスと小型魚類（ゼブラフィッシュ、メダカ）の実験系で、融合し発展した。本書ではその歴史的経緯から始まり、最新の研究を器官形成やかたちづくりに焦点を当てて解説している。