村松真理子（総合文化研究科・教養学部助教授／イタリア文学）［東大教師が新入生にすすめる本 2007年「UP」4月号より］
� �『ミラノ 霧の風景』須賀敦子（白水社ｕブックス、2001）
経験が作家の中で熟成していくのは、それがまとうにふさわしい文体をさがす知的な道のりである。その到達点で生み出されたこのエッセイは、個人の追想とそれを語ろうとする切実な欲望がいかに「文学」に昇華するかの幸福な一例。60年代ミラノの風景の歴史的証言はまた、回復不可能な「喪失」を追想を通して生き返らせようという「文学」の原点を思わせる。
�◆�『カルヴィーノの文学講義─新たな千年紀のための六つのメモ』Ｉ・カルヴィーノ／米川良夫訳（朝日新聞社、1999）
あたらしい千年紀の文学と知性のモデルを、「軽さ」はじめ、五つのキータームを軸に語るイタリア20世紀文学を代表する作家のエッセイ。古典神話からクンデラ、現代フランス思想まで、「文学」を超える視点と可能性を感じさせる。
『ヨーロッパ文学とラテン中世』Ｅ・Ｒ・クルツィウス／南大路振一・岸本通夫・中村善也訳（みすず書房、1971）
ヨーロッパ中世を、該博な知識と自らの生きる同時代の状況への切実な危機意識により組立て直した壮大な仕事。現在も文学・文明批評の古典として、多くの示唆を与えてくれる。
�� 『ヨーロッパ文明批判序説─植民地・共和国・オリエンタリズム』工藤庸子（2003）
地域文化研究として「テクスト」を読むとは何か、という問題意識から、フランスを中心とするヨーロッパ文明に対峙した本書は、読者の「文学」や「文化」という枠組み自体を問い直してくる。スケールの大きいテーマ設定とそれを支える綿密なテクストの読みとで、「批評」を読む快楽を与えてくれる。
�ぁ�『悲しみの鶸』（上・下）Ａ・Ｍ・オルテーゼ／村松真理子訳（白水社、2000）
ネオレアリズムの作家として世に出た女性作家晩年の、18世紀末ナポリ革命を背景とした長編歴史小説の翻訳。ナポリという世界の鏡たる都市の歴史が、20世紀末の比喩となり、「小説」の文体と写実と語りが解体されながら、なおレトリックの輝きと読む快楽の醍醐味を堪能させてくれるこの特異な作品を、どこまで日本語におきかえることができるか、という挑戦。
『シリーズ物語り論２ 原初のことば』（共著）、宮本久雄・金泰昌編（東京大学出版会、2007）
本書は、文学や哲学等の分野を異にする研究者たちが、あらためて「物語」の力について語りあった成果。ダンテ『神曲』についての拙稿所収。