塚谷裕一（理学系研究科・理学部教授／植物学）［東大教師が新入生にすすめる本 2007年「UP」4月号より］
� ‖膤悗龍詰棆當�こそは、おそらく一生のうちでも、最も幅広い話題を語り合うことのできる時期であろう。この間に、共に切磋琢磨し合う良い友人関係を築き、ぜひ、いい意味での教養を広げ、深めていって欲しい。それには、まずは読書である。
ちなみに東大の理学部植物学教室は、日本の現代詩の基礎を作った『新体詩抄』の編訳者の一人、矢田部良吉が初代教授であるように、昔から文学関係との結びつきも強い。今でも、理系だからブンガクはどうも、というような野暮なことを言う人は多くないはず。読書家も多いので、ここは安心して、小説家をいくつか挙げておく。
『こゝろ』『それから』『行人』夏目漱石（岩波文庫など）
日本人作家としては、やはりまず漱石だろう。現代日本語の文体は漱石にとどめを刺すと思う。簡潔にして格調のある文体だ。作文をするには、まずは漱石の文体を真似るのが一番だと思う。
『註文帳・白鷺』泉鏡花（岩波文庫、1936）
鏡花の文体は、漱石と逆でほとんど真似が不可能な、絢爛にして入り組んだ、そのため読解しにくい独特の文体だ。性能ぎりぎりいっぱいの、日本語の一つの極致として実に見事。
『山月記・李陵 他九編』中島敦（岩波文庫、1994）
中島敦といえば『山月記』。漢文調のあのリズムと格調とは、高校生の当時、私たちを魅入らせたものだ。何より主人公の「性、妍介、自ら恃むところ頗る厚く」というのは、誰しも（少なくとも科学者を目指す者なら）自覚するところだろう。
�◆�ＵＰバイオロジーシリーズ（東京大学出版会）
研究者となることを前提として、読んでおくべき本となると、これは一つや二つではきかない。私が専門とする生物学の世界は、今や、モデル種を活用した研究スタイルが一段落して、横断的な研究が勃興しつつあるところだけに、広い視野が欠かせない。だから新入生のうちは、自分の興味の赴くままに、いろいろな研究ジャンルの話を摘み食いしていくのがいいだろう。以前に刊行されていたＵＰバイオロジーシリーズは、その目的に恰好の入門向け読本だと思う。今では内容的に少し古くなったものもあるが、入門書としてはまだ大丈夫。図書館で、自分の気になる分野を扱った巻を見つけ、読んでいくことを勧める。
学会出版センターの自伝シリーズ（学会出版センター）
研究者という生活がどんなものなのか、どういうきっかけで大きな発見に至ったのか、研究者としてのキャリアはどう進むのか、そういう人間的な側面も気になるところだろう。私が学生の頃から愛読していたのが、この一連のシリーズである。団勝磨『ウニと語る』（1982）、山田喬・高岡聡子編『癌細胞を撮る』（1983）、田村三郎『現象の追跡─生理治性物質化学を拓く』（1981）、柴岡弘郎『キミ見てみんか─この素晴らしき植物の世界』（2004）などがある。
この出版センターのものとしては、このシリーズと別に『遺伝子組換え植物の光と影 II』佐野浩監修（2003）も、植物学関係者なら必読。
『カラー版 細胞紳士録』勝田恒夫・牛木辰男（岩波新書、2004）
怪著である。ヒトやマウスなどの組織・細胞の姿が満載。文章も諧謔と蘊蓄に満ちている。もともと医学部向けのものらしいが、私たち自身の体を作る細胞の、その驚くべき多種多様さを改めて認識させてくれる点、またひいては生物という世界の広さを垣間見せてくれる点、生物学を目指す全ての学生に勧める。
『植物は形を変える─生存の戦略のミクロを探る』柴岡弘郎（共立出版、2003）
植物学からも一つ。植物生理学における現在の理解を、洒脱な文体で平易に概観する。今現在ホットな話題のみならず、しばらく忘れられていた、あるいは棚上げされていた課題をも提示するあたり、類書にない特色だ。一読、流行に曇らぬ広い視野を得ることができる。
�� 『花の性』矢原徹一（1995）
プロの生物学者でさえ、種の存続のためには、集団内の個体間の多様性が、無条件で必須だと誤解している人が、今でも少なくない。本書は個体間の多様性を産む性の意義について、またその謎について、植物学の立場から念入りに解説する。文体も快く、痒いところに手が届くといった感じで、東京大学出版会の自然科学書として随一の出来だと思う。
�ぁ〆鯒�に出した対照的な二冊を挙げる。
『変わる植物学 広がる植物学』（東京大学出版会、2006）
私自身が学部生だった頃から数えて、まだ20年経っていないのだが、この間に植物学のあり方はきわめて大きな変化を遂げた。その大きな要因は、モデル植物というものの誕生である。その背景を説き、その功績と共に限界や誤解を指摘しつつ、これから進むだろう次の変革を予想する。植物学コースでの特論講義の準備をもとに書いた“読む教科書”である。植物学やその関連分野を目指す諸学生に読んで欲しい。
『ドリアン─果物の王』（中公新書カラー版、2006）
これは趣味の本。最近マンゴーは、ほんの十数年前には考えられなかったくらい、日本でも日常の食品の隅々にまで普及している。昔はマンゴーも臭い果物だと言われて嫌われていたのだから、植物学だけでなく、食文化というものもずいぶん変わるものだ。マンゴーが受け入れられるようになったのなら、マンゴーの次はドリアンだ、と書いてしまったのがこの本。臭いという神話を打ち砕き、おいしいドリアンの見分け方を解説し、日本におけるドリアン受容の歴史を記す。カラー写真満載のドリアン解説決定版である。