下田正弘（人文社会系研究科・文学部教授／インド哲学仏教学）［東大教師が新入生にすすめる本 2008年「UP」4月号より］
(1) 『冥途』内田百�痢覆舛�ま文庫、2002）
「僕は単に友情の為のみにあらず、真面目に内田百�了瓩了軼�天才を信ずるが為に特にこの悪文を草するものなり」と、芥川龍之介をして嘆息せしめた逸品。漱石門下としては、中勘助『銀の匙』（岩波文庫、1935）とともに、センスが光って、しかも自然なさまが、いい。
『他人の顔』安部公房（新潮文庫、1968）
レヴィナスなぞ知らない私にも、やさしく哲学をさせてくれました。読み進める途上、虚数を自乗したかのように、ふと仮面の自分が消えてしまう地点があり、狼狽します。偶像を破壊する宗教と、御影としてすがた全体を写しとらせる宗教とが、同じできごとを根底にかかえているように思いました。
(2) テキストにむかい、自分のなにがしかに至り、それが歴史に照らされる。研究の基本姿勢をつくるのに資するところがあった、いくつかを記します。
『日本的霊性』鈴木大拙（岩波文庫、1972）
個の霊性として現れた仏教。こんな仏教の捉えかた、「あぶない宗教家」の著作と変わりがないと思われるかもしれない。けれどもここに立たないと、じつは「仏教の歴史」は理解できないと思います。ほんとうに分かっているひとの語りです。
『忠誠と反逆─転形期日本の精神史的位相』丸山眞男（ちくま学芸文庫、1998）
完成品の『日本政治思想史研究』（東京大学出版会、1983）にはない、丸山の思想の裏舞台での動きが、ちらりほらりと感じられる作品。「日本」をふかく考えさせてくれる契機となるでしょう。
『宗教的経験の諸相』（上・下）Ｗ・ジェイムズ／桝田啓三郎訳（岩波文庫、1970）
宗教を宗教経験において捉えるという本格的な古典。主観的な語りを、いかに学問の場に開き出すか。他の追随を許さぬ、みごとな作品です。
『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』Ｍ・ヴェーバー／大塚久雄訳（岩波文庫、1989）
定番ですが、やはり、新入生には、ぜひ、お薦め。
(3) いきなり狭い領域の、インド哲学や仏教学に関係するものをあげておきます。入門書には、書き継がれた長い歴史があり、それ自身が一つのジャンルを作っているように思います。よいものは、それなりに洗練されています。
『インド思想史』早島鏡正ほか（1982）
四半世紀ほどまえに東大のインド哲学研究室でまとめた入門書。資料の提示もほどよく、説明もバランスよくできています。
『仏教入門』高崎直道（1983）
じつにすっきりとまとめられた仏教の入門書。英訳版も定評があります。
(4) 『涅槃経の研究─大乗経典の研究方法試論』（春秋社、1997）
800頁を超える専門書なので新入生には薦められません（笑）。「読みやすいですよ」と、学生は気をつかってくれていますが……
『パリニッバーナ 終わりからの始まり』（日本放送出版協会、2007）
ブッダ最期の旅を題材とした経典をもとに、仏教とはなにかを、自分なりに問うたものです。これはかんたんに読めますよ。