藤原(奥野)正寛(経済学研究科・経済学部教授/応用ミクロ経済学・ミクロ経済理論・ゲーム理論)[東大教師が新入生にすすめる本 2008年「UP」4月号より]

(1) 乱読傾向がある私だが、学生時代に読んだ作家で今でも思い出深いのは芥川龍之介である。
『羅生門』『鼻』『藪の中』『河童』『或阿呆の一生』芥川龍之介(岩波文庫など)
など、何かを主張されると別の見方もあるのではないかと常に考えてしまう天の邪鬼な私の性格は、芥川の作品群に影響されたのだと思う。世の中には多様な見方があるという当然のことを、芥川は教えてくれる。
 今もそうだと思うが、私が受けた教育は、日露戦争終了から敗戦に至るまでの道筋をきちんと教えてくれなかった。この時代に何がなぜ起こり、どうして多くの日本人が日中戦争から太平洋戦争に引きずられて行ったのかを知らないまま、戦後の日本が形作られたことが、現代日本という奇妙な国が生まれた理由ではないだろうか。
『昭和史 1926─1945』半藤一利(平凡社、2004)
は絶妙な語り口でこの時代のわかりやすい通史を教えてくれるし、
『天皇と東大─大日本帝国の生と死』(上・下)立花隆(文藝春秋、2005)
は当時の日本人の奇妙な心理がどう作られたのかを面白く伝えてくれる。
(2) 最近の日本ではしばしば市場原理主義が強く主張される。経済問題は市場に任せれば適切な形で解決するのであり、日本では政府が介入ばかりするから問題が起こる、というのがそのメッセージである。政府の介入に問題があることはその通りだが、市場を使えばすべて解決するという考え方は短絡的思考以外の何物でもない。現代社会における市場経済の意味と限界をわかりやすく理解させてくれるのが、
『市場を創る─バザールからネット取引まで』ジョン・マクミラン/瀧澤弘和・木村友二訳(NTT出版、2007)
である。発明が利益を生む仕組みとして作られた特許権制度の落とし穴をエイズ特効薬とアフリカの貧困を例に説明し、築地の魚市場で行われている競りがどんな役に立っているかを解説するなど、市場メカニズムの意義と限界がどこにあり、より良い市場を作るためには何が必要なのかを、豊富な実例と明晰な文章で説明している。
 社会には、コンピュータや自動車など人工物が満ち溢れている。市場もまた人間が作った人工物に他ならない。人間は、人工物との協力で複雑精妙な社会システムを作り上げているのである。人間にはどんな限界があり、どうして人工物が必要とされるのか、経済学や経営学にとっても本質的なこの問題を、わかりやすく面白く解説してくれるのが、
『システムの科学 第3版』ハーバート・サイモン/稲葉元吉・吉原英樹訳(パーソナルメディア、1999)
である。
(3)(4) 少し面映ゆいのだが、
ミクロ経済学』編著(2008)
を挙げておこう。駒場で行ってきた講義を大学院生諸君の助けを借りて教科書にした書物である。伝統的な分野だけでなく、ゲーム理論や情報の問題まで、現代ミクロ経済学を包括的に解説するとともに、理論と現実のバランスをとる努力をしたつもりである。

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