宮本英昭(総合研究博物館准教授/惑星科学)[東大教師が新入生にすすめる本 2008年「UP」4月号より]

(1) 『人はなぜエセ科学に騙されるのか』(上・下)カール・セーガン/青木薫訳(新潮文庫、2000)
 私の専門が惑星科学であるせいか、「実は私も宇宙に興味を持っているのですよ」と話しかけられることがあります。そう言われると嬉しくなるものですが、時に気が重くなることもあります。というのも、宇宙に関する全く科学的ではない噂話のようなことに、心底入れ込んでいる人が少なくないからです。しかもその中には、知性も教養も人並み以上に優れ、政策や大企業の方針を左右するような、社会的に尊敬される立場にある人も含まれていることがあるので驚かされます。環境問題や軍事技術など例示するまでもありませんが、科学技術の持つ影響力は現代においてきわめて大きくなりました。これを単なるユーザーに徹して利用することは不可能ですし、それどころか危険ですらあると思います。そのため社会的に大きく影響を与えうる立場にある場合、科学という批判的思考方法を理解しておくことは、不可欠な資質であるように思います。さて、この本は軽い気持ちで読めるエッセー集です。著者は惑星科学の世界的に著名な研究者ですが、同時に「核の冬」の予言をするなど、さまざまな社会的な問題にも精力的にとりくんできた事で知られています。遺作となったこのエッセー集で、彼は例えば魔女狩りと宇宙人による誘拐といった少し奇妙な具体例を挙げて、未知に対する畏怖が如何に人間を盲目的にしてきたかを述べています。そして科学と宗教の違いや科学の信頼性、さらには科学の意味や精神を明確に語っていきます。科学的であるとはどういうことか、科学的な思考をする能力が足りないと、いかに人はたやすくいかがわしい風説を信じ込んでしまうのか。理系研究者を目指す方以外の方にも、是非読んで頂きたい一冊です。
(2) Geodynamics, 2nd ed., D. L. Turcotte and G. Schubert(Cambridge University Press, 2001)
 この本は、地球惑星科学分野の中で、恐らく世界で最も有名な教科書の一つと言えるものです。地球科学に関連するさまざまな話題が、とてもわかりやすく解説されています。いっけん複雑に見える地質学的または地球物理学的な現象が、単純な物理的なモデルで明瞭に説明されていくさまは、痛快ともいえるほどです。それでいて、物理や数学の基礎知識がそれほどなくても読みこなすことができるため、学部生でも十分に楽しんで読み進めることができると思います。大学院に進んでこの分野の研究をしてみたいと考えた時には、是非とも早いうちに読破することをお勧めします。
(3) 『進化する地球惑星システム』東京大学地球惑星システム科学講座編(2004)
 地球惑星科学という分野は、地球物理学や地質学、地形学、鉱物学などといった異なった学問分野として発達してきました。次々と専門化・細分化する中で、逆に地球や惑星を天体としてグローバルにとらえようとする見方が重要視されるようになりました。こうした立場から、地球や惑星に関する研究の最先端において、研究者が何を考えているのか。この本では、さまざまな分野の話題が幅広く紹介されると共に、システム的な見方とはどのようなものかが議論されています。今後の地球惑星科学の向かう方向性を示した、貴重な一冊であると思います。
(4) 『惑星地質学』橘省吾・平田成・杉田精司との共編(東京大学出版会、2008)
 外国へ旅をして異国の文化に触れると、自国の文化や歴史の特徴をより客観的に認識できることに気づきます。これと同じように、地球以外の惑星や衛星の様子や生い立ちを調べると、地球という天体の客観的な理解が深まります。そうすることで、なぜ私たちは地球に住んでいるのか、という根本的な問いに迫ることができるかもしれません。近年、惑星探査技術が進歩したことにより、太陽系の天体に関する人類の知識は猛烈な勢いで増大しています。惑星探査機によって初めて明らかにされた驚くべき事実には、たとえば海が地球以外の天体にも存在していたことや、太陽系で最も火山活動が活発なのは地球ではないことなどが挙げられます。こうした探査が進むにつれ、太陽系における地球の位置付けが、次第に明確になってきました。本書は特に固体の地表面を持つ天体について、太陽系探査の最新の情報を幅広く網羅した、はじめての「惑星地質学」の教科書です。惑星探査の最前線で研究者は何を発見し何を明らかにしようとしているのか、探査機が取得した美しい写真の数々と共に、各分野の専門家が迫力のある解説を展開しています。

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