加毛 明(法学政治学研究科・法学部准教授/民法)[東大教師が新入生にすすめる本 2008年「UP」4月号より]
(1) まず近時新訳が公刊された
『新版 歴史のための弁明─歴史家の仕事』マルク・ブロック/松村剛訳(岩波書店、2004)
を挙げよう。アナール派創始者の未完の遺著は、歴史叙述がいかなる営為であるかという問いに正面から対峙する。その清新な問題意識は現代においてますます輝きを増しているように思われる。
手に取りやすい新書類の中で、最近印象に残ったものとしては、
『ウィトゲンシュタインはこう考えた─哲学的思考の全軌跡1912─1951』鬼界彰夫(講談社現代新書、2003)
がある。「言語論的転回」とともにその名を知られる哲学者の思考の歩みを、近時参照可能となった手稿を駆使して描き出す本書は、言語哲学の入門書としてのみならず、純粋な読み物としても面白い。
(2) 法学を学ぶ上で「これだけは」と指摘することは不遜な企てである。しかし法学の基礎概念の形成については
『近代法の形成』村上淳一(岩波書店、1979)
を勧めたい。ポストモダン論者として知られる著者が若かりし日に描き出した上質の概念史を味わうことができるだろう。他方、
『法政策学』平井宜雄(有斐閣、初版1987、第二版1995)
は、ミクロ経済学や社会心理学など隣接諸科学との関係という視角から法学の広がりを示してくれる。新入生に限らず、法学を学ぶ意義について悩みを持つ者にとって、本書は一つの解答を示してくれるかもしれない。
(3) 多数の優れた業績の中からの選択は困難を極めるが、民事法の領域に限って言えば、少なくとも
『損害賠償法の理論』平井宜雄(1971)『会社法人格否認の法理─小規模会社と親子会社に関する基礎理論』江頭憲治郎(1980)
を挙げなければならない。ともにわが国の法学の転換点をなす記念碑的業績であるが、その基本構想が著者の20代半ばに示されていたことも括目に値する。
最後に、
『法とフィクション』来栖三郎(1999)
の存在を指摘しておく。著者の後半生をかけたフィクション研究は、最初の論文の公表から50年以上が経った今日なお、光彩を放ち続けている。