記事入力 : 2008/09/14 08:51:51
「連行される尹奉吉」の写真をめぐる10年論争(上)
- 1932年5月1日付の朝日新聞号外に載った写真1。連行される真ん中の人物が尹奉吉(ユン・ボンギル)なのかどうかをめぐり論争が続いている。写真2は尹奉吉が義挙3日前の1932年4月26日、胸に自筆の宣誓文を掲げて爆弾を持っている様子。写真3は、銃殺刑に処された1932年12月19日、日本の北国新聞に掲載された。/写真=朝鮮日報DB
尹奉吉(ユン・ボンギル)=1908‐32=が1932年4月29日、中国・上海の虹口公園で開かれていた天長節記念行事の会場に爆弾を投げ込み、直後に逮捕・連行される写真がある。その写真をめぐり、偽物か本物かという論争が99年以来10年も続いているが、今なお結論を出せずにいる。
今年は尹奉吉生誕100周年に当たる年だ。尹奉吉の甥ユンジュさん(61)は最近、国家報勲処を通じ、国立科学捜査研究所(国科捜)に連行写真の鑑定を依頼した。10年にわたる論争に終止符を打とうという意図だったが、答えは「原本ではないため鑑定不可能」(国科捜)というものだった。
国科捜は「印刷された写真は複写の過程で歪む可能性があり、原本があれば鑑定できる」と答えた。真偽をめぐる議論を巻き起こした写真と照合するため、比較用の写真が提出されたが、これについても「撮影した角度が異なり、鑑定が難しい」ということだった。
◆「耳も似ている」VS「耳だけ違う」
問題の写真(写真1)は、32年5月1日付の朝日新聞(号外)に載ったものだ。以後、この写真は尹義士の独立闘争を象徴する証拠として教科書に載せられ、76年には他の遺物と共に宝物(第568号)にも指定された。
この写真に初めて疑問を呈した人物は、慶煕大のカン・ヒョベク教授(国際法務大学院)。上海に駐在する韓国総領事として勤務した経験を持つカン教授は、「写真の中の人物の骨相は尹奉吉とは完全に異なり、尹奉吉(義挙の時点で満24歳)にしてはかなり年を取って見える」と主張した。
申晶善(シン・ジョンソン)記者
朝鮮日報/朝鮮日報日本語版
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