アサヒ・コム プレミアムなら過去の朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しくはこちら)
米国で金融不安が高まる。その一方で、景気の悪化が世界的に広がり、高騰していた原油相場が一時100ドルを下回るまで下落した――。
そうした先週の動きを総合すると、昨年8月に米国で始まったサブプライム問題による国際経済の混乱が、新しい段階に入ってきたように見える。
まず週初めに米財務省が、経営危機にある政府系の住宅金融機関2社を政府の管理下に置いた。国有化の一歩手前ともいうべき措置だ。
2社が関与する住宅ローン関連証券は約5兆ドル(約530兆円)の巨額にのぼる。これらには「暗黙の政府保証がある」とされたため、海外の中央銀行や金融機関が1兆5千億ドル(約165兆円)も保有している。
これが焦げつけば、世界中の金融市場が大混乱に陥り、ドルも暴落する恐れがある。「米金融史上最大」ともいわれる救済策は当然のことだ。
しかし、それでも米国の金融不安は収まらない。すぐさま証券大手リーマン・ブラザーズの経営不安が持ち上がった。週末には同社の救済策について、財務長官とニューヨーク連銀総裁が主要金融機関のトップを招いて協議する異例の事態になった。
金融不安が高まったのは、サブプライム問題を引き起こした住宅価格の下落が進み、なお底が見えないからだ。体力を失った銀行が融資を渋り、それが米国の景気をさらに悪化させるという悪循環が始まっている。
引きずられるように、世界の景気悪化も表面化してきた。週半ばに欧州委員会が、今年の成長率見通しを下方修正した。空前の高成長を続けてきた中国も、五輪を終えて減速しだした。
そして週末には、ニューヨークで原油が一時1バレル=100ドルを割った。7月につけた史上最高の147ドルから、2カ月で3割以上も急落した。世界の人々の節約と景気悪化により、需要の減退がはっきりしてきたからだ。
サブプライム問題以降、混乱する金融・証券市場を嫌った投機資金が原油市場へ向かい高騰させてきたが、この流れは終わったようだ。投機資金が次はどこへ行くか、まだ見えない。最大の心配は「ドル売り」へ向かわないかということだ。
いまのところ、原油と歩調を合わせて急上昇していたユーロが下落し、ドルは相対的に堅調だ。
だが、米国の金融不安と世界の景気悪化は終わらない。両者とも、むしろこれから厳しさを増していくのではないか。
米国の金融危機と景気後退が「ドル暴落」に結びついたとき、世界経済が被るであろう打撃は計り知れない。
最悪の事態を防ぎつつ、景気好転への出口を探る。米国を始めとした世界の経済は、いばらの道が続きそうだ。
車いすの選手がいる。義足や腕のない選手もいる。さまざまなハンディを乗り越える意志と競技で見せる力強さに驚き、心を揺さぶられる日々が続く。障害者スポーツの祭典、北京パラリンピックが佳境を迎えている。
競泳の男子平泳ぎで、世界記録と金メダルを手にした鈴木孝幸選手の泳ぎは、とりわけ鮮烈な印象を残した。
右足は付け根から、左足は太ももの真ん中あたりから下がない。右腕もひじから先はない。この体で上半身と腰をねじり、まげたり伸ばしたりすることで推進力を加速させる。体を余すことなく使う工夫とバランスの妙は、世界一美しいといわれる北島康介選手の泳ぎにも負けていなかった。
「生まれた時からこの体だし、僕にとってはこれが自然」。気負いを感じさせない様子がすがすがしい。
事故や病気で失った体の一部や運動能力を補い、再生させていく心の強さは想像を絶するものがある。
競輪選手だった石井雅史選手は練習中に自動車と衝突、高次脳機能障害になった。記憶が途切れ、集中力が続かない。職業としての自転車は辞めざるを得なかった。リハビリを重ね、再びペダルをこいだのは5年後のことだ。
今大会は男子1000メートルタイムトライアルに世界新記録で優勝。「北京は第二の人生のスタート」という35歳の言葉に実感がこもる。
こうした選手たちの情熱と勝利を追求する姿から感じるのは、パラリンピックが転換期を迎えていることだ。障害者の自立と社会参加を目的として始まった大会は半世紀を経て、「より高いレベルへ」という競技志向が急激に強まっている。
今回は障害の違いによるクラス分けを統合、4年前のアテネ大会から金メダルの数が1割減った。数人の出場で優勝を争うような例を減らし、メダルの価値を上げるためだ。
競技レベルの向上に比例して、競泳や卓球では北京五輪と両方に出場した選手も出てきた。
頂点が高くなればすそ野も広がる。ドーピングなど負の側面も出てきたが、進む方向は間違ってはいない。
もちろん課題はある。練習に費やす時間や大会に参加する経費は増える一方だ。しかし、日本では、障害者スポーツで企業やスポンサーの支援を受けて競技に専念できる選手はひと握り。一般の五輪競技と同等とまでいかなくとも、格差を縮める必要はある。
すでに五輪とパラリンピックは、前回の大会から一つの組織委員会が運営するようになっている。日本でも、二つを総合的にとらえて取り組む仕組みを考える時期だろう。
北京大会も残るは3日間。「障害者スポーツの明日」を考えながら、選手の奮闘を楽しみたい。