・声優黄金世代論
2008-09-04
■「○○思想(体制)が生み出した犠牲者は〜」論法
別に関係の無い話として読んでもらってかまわないのですが、「○○思想(体制)が生み出した犠牲者は××人である。だから○○はロクなもんじゃない」という論法への違和感について。
もちろん、虐殺という結果にいたった思想や体制はまったく擁護できないし、それは失敗であったと言わなければいけないと思います。しかしです。こうした議論の帰結は「だから○○思想を持ってるやつはロクなやつじゃない。反省せよ」になることが多くて、それにはとてつもなく違和感を覚えてしまうのです。え?それその思想を支持している人だけの問題なの?ということです。いやもちろん、その思想に対するつじつまを持ってない人はつける必要は無いわけですが、そうした思想が社会に浸透することを問題化するならば、誰もが責任が無い傍観者ではいられなくなるのです。つまり、ある思想のもとで多くの虐殺が起こっているならば、それは思想そのものに虐殺を引き起こしうる内在的な何かがあるのだ、という議論は可能です。しかし、ある思想のもとである社会がつくられるとき、それはけして口のうまい扇動家がみんなを騙したり、みんなが反対しているのに軍事力で強引にそれを行ったりしただけでは(もちろんそのような場面もあったとしても)遂行可能ではないということです。
たとえば、デートレフ・ポイカートはナチズム体制はけして不可避ではなかったけれども、ワイマール共和国の危機に対してとりうる選択肢をとっていった結果、どんどん選択肢が狭まっていき、すべての選択肢が尽きたときに、最終的にナチズムという急進的な選択肢が登場したと指摘しています。つまり、ナチズムを説得力のある選択肢に仕立て上げたのは、思想そのものというよりはむしろ社会の側です。
あるいは、ソ連の成立期を思い起こしてください。ソ連はどこか遠い無人島にいきなり成立した国家ではありませんでした。つまり、ソ連は周囲を資本主義諸国に囲まれていて、「干渉戦争」を受けていました。このときに、ソ連がとりうる権力体制はどのようなものがあったでしょうか。また、マオイズムやポル・ポトだって、独立後も欧米宗主国に従属し続けている第三世界という問題意識があったわけです。
ことわっておきますが、ぼくは別にこうした議論を持ち出すことによってナチズムやコミュニズムの抑圧や虐殺を免罪したり正当化したりするつもりも、外的条件の制約を理由に思想そのものには責任はないと主張するつもりもありません。
言いたいことは要するにこういうことです。ある思想が問題であると指摘し、そのような思想に基づく体制を拒否するときに、その思想そのものの問題や過去にその体制が起こしてきた問題を批判するだけでは不十分である。その思想が、ある社会において説得力を持ち浸透していくその危機を問題にしなければいけない。そして今ある社会の危機を問題化するならば、われわれは当事者以外ではいられなくなる。
たとえば、『蟹工船』が今、売れゆきを伸ばしていることが問題であると感じるのならば(ぼくはまったくそうは思わないけれども)、共産主義はこんなに虐殺を云々って言えば事足りるはずはなくて、また末端労働者への搾取がもはやトリクルダウンだかトリアージだかトリカブトだかではもはやごまかせないところまで進行していることも問題にすべきでしょう。
ネトウヨだってそうですね。彼らは南京大虐殺無かったみたいなトンデモを無知がゆえに信じているのではなく、それを信じたいから信じているというのは、カウンターを発信することも重要ですがやはりおさえておかなければいけません。
ただ、あまりそうなってはいないのが現状です。思想が社会的なものではなく属人的なものとしてみなされている気がします。たとえば、ファシズムを引き合いに出してある社会問題を批判すると、「××をファシズム呼ばわりか」と文句をつけられます。こちらとしては、××から読み取りうる潜在的な社会的危機を問題にしているのに、向こうは××を悪の根源であるとする誹謗中傷だと認識するのです。
もしわれわれが歴史から学ぶことがあるとすれば、それは未来の社会の抑圧体制は今ある社会の危機が産むということではないでしょうか。たとえば20世紀にあったそれは、もちろん急速な近代化による社会的危機でありました。その危機に対してそれぞれの社会がその社会に応じて対処した結果、さまざまなものが生じたわけです。
もしある思想に危険性が内在しているなら、当然それは批判されるべきです。ただ、A思想は何人殺してB思想は何人殺したのでA思想のほうがヤバイというのは粗雑であると同時に、なんかこの人「社会」についての視点が抜け落ちてるんじゃねえのかなと、違和感を感じてしまうのです。
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