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出版再生、カギは? ヨーロッパの取り組み

2008年02月14日

 出版業界に危機感が高まっている。書店は次々と姿を消し、草思社が民事再生法適用を申請するなど、有力出版社の経営も盤石ではない。市場が縮小しているのに、当面の売り上げ確保のための新刊点数ばかりが増え、4割近い大量の返品が生まれ続ける。この構造を断ち切らないと、衰退の一途をたどるばかりだ。「出版王国」ドイツや、再販制度が崩れて「市場の暴力」に苦しみながらも再生を模索するイギリスの現状から脱却の道を考える。

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写真将来の書店員や編集者を目指し、書籍業学校で「戦後史」の授業を受ける生徒たち=ドイツ・フランクフルトで
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■ドイツ 書店員を育成・流通効率化 本の返品率1割

 ドイツの返品率は1割程度だ。なぜ無駄が少ないのか。

 1月下旬、フランクフルトにある「書籍業学校」の一室で、20代の約30人が戦後史の授業を受けていた。生徒は全国から集まった書店員や出版社編集者の「卵」。経営の基本からドイツ文学、政治・経済・社会の幅広い知識を、寄宿舎に住み込んで9週間学ぶ。

 多くは書店などで3年間の実習期間中で、実習先から派遣されてきた。授業料は9週間で2900ユーロ(約45万円)。3年間で計18週をここで学び、本にかかわる仕事に就く基本を身につける。受講生の一人、クライン・マーライさん(20)は「書店員は単なる販売員ではなく、幅広い知識と教養が必要。児童書の専門店を開くのが夢なの」と話す。

 中世のギルドの伝統を受け継いだ学校は業界団体の書籍業組合が設立し、短期研修を含めて年間延べ1000人が学ぶ。読者の要望や知識欲をくみ、「本を選ぶ能力」が備わった出版人が育つ。返品率の低い理由の一つがここにある。

 流通の早さも日本と段違いだ。ドイツの中心部に位置する小都市、バートヘルスフェルト。取り次ぎ大手のリブリの8万平方メートルの巨大流通センターがある。全国の書店の注文を受け、50万点の在庫から本が選ばれ、次々と箱詰めされていく。1日の注文数は25万冊に及ぶが、在庫がある限り午後6時までの注文は必ず翌朝までに届ける。書店は、流通ルートを持たない出版社と直接取引するよりも早く入手できる。ゲルハルト・ドゥスト流通センター長は「本屋が必要な本を素早く届けるのが使命」と誇る。日本では取次会社が書店の要望と無関係に本を送ることもあるが、ドイツでは需要に応じて送るので、本屋からリブリへの返品率は6%にすぎない。

 効率的な流通を支えているのが110万点に及ぶ書籍のデータベースだ。業界統一の共有財産で、出版社は刊行6カ月前にタイトルを登録するのがルールで、価格変更や絶版などの情報はその都度更新する。情報はオンラインで見られ、書店はそれを元に注文する。日本では情報の一元化が遅れ、出版社も品切れのまま放置したり在庫情報を公にしなかったりするため、流通しているのかいないのか正確な把握が難しい。

 ドイツには正確な情報と活用できる人材が豊富だ。だから読者は欲しい本が書店で手に入る。

■イギリス 再販制度崩壊し競争激化 町の本屋を支援

 1月下旬、ロンドン近郊で開かれたベストセラー作家、コンスタンス・ブリスコー氏の講演とサイン会は、地元の人たち約200人でにぎわった。主催したのは約200平方メートルの「町の書店」、ニューハム・ブックショップだ。著名人のイベントを2週間に1回ほど開く。先に亡くなったブット・元パキスタン首相も昨年7月、英国滞在中に訪れた。

 出版社や著者が協力を持ちかけるなど、独立系書店を支援しようという動きの広がりがイベント開催を後押しする。「みんな地域の書店の大切さにやっと気づき始めたの」と店長のビビアン・アーチャーさん(59)。

 英国では書籍の価格を拘束する再販制度が95年に崩壊。価格競争が激化し、体力がない小さな書店は急速に姿を消した。90年代前半には独立系書店は4割近い販売シェアがあったが、今は十数%に激減したといわれる。

 行きすぎた競争への反省が書店への支援だ。中堅出版社10社が提携した「インディペンデント・アライアンス」は、独立系書店専用のベストセラー作家のサイン本を作ったり、取引条件を大型書店と同等にするなど、「町の書店」の維持に本腰を入れる。

 日本では書店数激減のなか、大型店は出店ラッシュだ。出版社や取次会社は大型店への配本を優先し、地域の書店は欲しい本が手に入らない悪循環が強まっている。

■データ共有 遅れる日本

 鳥取県米子市。地域の有力書店チェーン、今井書店が作った「本の学校」がある。ドイツの書籍業学校の理念に共感した祖父の夢を引き継ぎ、現会長の永井伸和さん(65)が95年に設立した。

 永井さんが見たドイツの出版界は、「書籍を公共財として残すという哲学と、それを支えるシステムが日本と決定的に違う」という。代表が共通データベースで、「出版前から絶版まできっちり管理するから、少部数でも息長く流通できる」。

 二大取次会社、日本出版販売とトーハンも、数百億円の大型投資でそれぞれ巨大流通センターを整備し、流通改革に取り組む。だが、「データベースを業界全体で共有しない限り、欲しい本が書店で手に入らない状況は変わらない」(出版社幹部)という声は根強い。

 書店の本を選ぶ能力や、大型店偏重の配本の見直しも必要だ。日本は返品自由の委託制がほとんどで、本を返せるから「選択眼」が育たず、売れ筋は大型店に集中する。独英などでは、返品も認めるが買い切りが原則。書店はリスクを負うが粗利益率も35%程度(ドイツ)で、日本の2割強よりはるかに高い。

 買い切り原則の「責任販売制」を広げ、英国のような小さな書店の具体的な支援策が求められる。抜本的な対策を講じなければ出版文化そのものが危うくなる。

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