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2008年9月14日(日)付

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魚と生態系―海を空っぽにするな

 海は地球の表面の7割を占め、豊かな生命にあふれている。その多様な生態系は、人間にもさまざまな恵みをもたらしてくれる。

 だが、その大きな恵みの一つである魚が乱獲で枯渇する恐れが出ている。

 国連食糧農業機関(FAO)によると、主要な200魚種のうち8割近くが「もうこれ以上とってはいけない」という事態に追い込まれている。

 背景にあるのは、世界的な魚食ブームである。FAOの統計では、1人当たりの魚介類の消費量は、この40年間で2倍近くにふくらんでいる。鳥インフルエンザやBSE(牛海綿状脳症)による「肉」離れに加え、健康志向が魚食に拍車をかけている。

 「乱獲を放置しておくと、2048年には海から主要な魚が消える」。米国とカナダの科学者が2年前、米科学誌サイエンスでこう指摘したのも、あながち大げさなシナリオではない。

■現行制度は乱獲の温床

 「海の憲法」といわれる国連海洋法条約は、漁業資源の管理などの視点から、海を二つに分けている。沿岸国の管轄権が及ぶ200カイリの排他的経済水域と、どの国の主権にも属さない公海である。

 日本をはじめ各国がまず大事にしなければならないのは排他的経済水域だ。200カイリ水域の大部分は大陸棚にあたり、魚の産卵場になっている。稚魚が育まれる命のゆりかごだ。

 日々の食卓を支えるのも、200カイリ水域の魚だ。日本の漁獲量を見ると、公海で魚をとる遠洋漁業は全体の1割にも満たない。輸入の水産物を含め、大半が200カイリ水域の魚でまかなわれている。

 そうした資源を持続的に利用するため、世界の漁業国は海洋法条約にもとづき、200カイリ水域で魚種ごとに漁獲枠を設定している。科学的な調査から許容漁獲量をはじき出し、それをもとに漁獲枠を決定する。その枠を上回る漁獲は「乱獲」とみなされる。

 日本も97年に法を整備し、サンマやマイワシ、マアジなど7種で魚種ごとに毎年の漁獲枠を決めている。ところが、その大半の魚種で許容量を超える漁獲枠が慢性的に設定されている。

 とりわけマイワシの超過がひどく、2万8千トンの許容量に対し、10倍以上の34万2千トンの漁獲枠が設定されたこともある。漁業者の経営状態など「社会的要因」を加味した結果だ。

 政府が乱獲の線引きをするといって、乱獲を容認する。そんな資源管理の現状は、国際条約に違反しているといわれても仕方ないだろう。いま見直しを進めているが、栄養源の多くを魚に依存する国として、まずはこれを急いで改めなくてはならない。

■漁船ごとに漁獲枠を

 次に必要なのは、個々の漁船の操業方法を変えることだ。

 いまの制度では、総量だけを規制しているので、日本全体の漁獲量が漁獲枠に達するまで各漁船は競争で操業を続ける。「ヨーイ、ドン」で漁を始めることから、「オリンピック方式」と呼ばれている。

 その結果、何が起きているか。早い者勝ちなので、船を大型化し、小さな魚まで根こそぎとってしまう。将来の資源を食いつぶしてしまうわけだ。とりたくない魚も網に入ってくる。そうした魚は海中に捨てられ、資源の無駄遣いにもつながる。

 主要な漁業国でこうしたオリンピック方式を採っているのは日本だけで、持続可能な漁業とは言いがたい。

 改革をするうえで、手本になりそうなのがノルウェーだ。

 ノルウェーの近海でも、70年代に乱獲でニシンやタラが激減した。政府は漁船ごとにあらかじめ漁獲枠を割り振る制度を導入した。この制度では、漁期全体をにらんで、よく育った成魚だけを計画的にとることができる。

 さらに注目したいのは、漁獲枠を売買できることだ。漁業から撤退したくても、漁船の借金があるため、操業を続けているような場合には、船とともに枠を手放せばいい。それによって過剰な漁業者を減らすことができる。

 乱獲を防ぐ手本は日本国内にもある。漁業者が自ら禁漁区を設けたり、減船したりする自主管理型漁業だ。

 たとえば、世界遺産に登録された北海道・知床では、ユネスコの審査にあたって、スケトウダラなどの減少を防ぐための禁漁区の設定や減船が「生態系を守るための持続可能な漁業」と評価された。こうした伝統的な漁業システムをもっと広げていきたい。

■新たな日本型モデルを

 内外の好例を生かす知恵をしぼれば、日本が新たな近海漁業のモデルを築くことができるだろう。そうすれば、同じように多様な魚種を抱えるアジア太平洋地域で先導役を担うこともできる。

 海洋法条約では、世界の海の魚は人類共同の財産とうたわれている。公海を泳ぎ回る魚はまさに共有財産であり、国際協力による資源管理が大切だ。マグロやサケなどの漁獲規制を取り決めた多国間条約がいくつかあるが、公海でも日本が資源管理をリードしていかなければいけない。

 まず近海の漁業でしっかりとした乱獲防止の仕組みをつくり、そこを足場に地球規模で漁業の未来を構想していく。それは海に囲まれた日本が海と共生できる道でもある。

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