2008年 9月13日(土) ■reductio ad absurdum. ■午前五時四十三分に目覚める。眠い。休みの日なので、二度寝する。 ■続いて、午前十時三分に目覚める。生欠伸、一つ。 ■お味噌汁を飲む。少しだけ元気が出る。珈琲を淹れ、飲む。煙草が吸いたくなる。 ■内観する。〈我を観る我〉という誤謬に気づく。はっとする。 ■Gilles Delueze, La philosophie critique de Kant, doctrine des facultésを読む。 ■辞書を引く手も軽快に、読み進める。三時間きっかり、読みました。 ■すると、まるで発条が切れたかのように、寝入っていた。矢張り私は、疲れているのだろう。 ■目覚めれば、午後四時を廻っていた。なので"Prasannapada"を読む。 ■それから、書き物を始める。拙くも、四百字詰の原稿用紙一枚くらいなものである。 ■日も暮れて仕舞ったので、腹なんか減ってもいないが、何か喰わなければならぬと思った。 ■夕餉の支度を整え、晩酌を始める。明らかな背理だ。 ■The Rolling Stonesの『Beggar's Banquet』を聴く。 『Sympathy For The Devil』 written by Mick Jagger and Keith Richards
*Anastasia Nikolaevna Romanova…ロシア帝国ロマノフ王朝ニコライ二世の第四皇女。ボルシェヴィキ(後のソビエト連邦共産党、現在のロシア連邦共産党に繋がる)によって虐殺された。 私はRolling Stonesのファンでは無い。なのにそのアルバムの殆どを所有している。 おまけにそのコンサートにも、三回ほど行っている。私はノリノリだった。 でも、私も含め、その浅墓さが、良くもあり、悪くもあり、である。 序でに、そのファンたちとの出会いも、碌なものではなかった。それは尾崎豊ファンも含めてだ。 彼らは、反体制を気取りながら、その体制自体に甘えていた。 Rolling Stones自体がそうである。 彼らが枕を高くして眠ることができるのも、彼らが唾棄する、体制のお陰である矛盾を知らずか。 数々の言辞をほざこうとも、その本質は、変わりようも無い。それは〈屈折した家意識〉である。 Mick Jaggerは観衆に対して「Why are we fighting?」と言った。無益なRock Starの言葉である。 Keith Richardsはギターを手にし、理不尽な行いをする者を蹴っ飛ばした。彼はRock Starである。 そういえば、腐れ学者CKPも、Rolling Stonesファンだったな。ご愁傷様、宗祖に反する者よ。 汝愛する昭和歌謡と聖人の和讃とは、億劫では無く、中途半端な開きしかない。お疲れさまだな。 私はアンタが嫌いだ。Stonesも嫌いだ。私は、Mick Taylorのギターの音だけを、追い掛けている。 これの次の曲、『Under My Thumb』の演奏中に、楽しんでいた一人の黒人青年が、打ち殺された。 色気違いの裸女、獣の如くのたうつ地獄の天使、そしてビビリ捲くる情けないMick Jaggerを観よ。 これが世に悪名を馳せる、Altamontの悲劇である。刮眼せよ、音楽が無力化される、その瞬間を。 『Under My Thumb』 written by Mick Jagger and Keith Richards ヤクザのHells Angelsに護られ、演奏を終える。その映像を観るMick Jaggerの姿が、印象深い。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月12日(金) ■Je pense, donc je suis → Ego sum cogitans. ■午前七時十二分に目覚める。でも、よく寝た感は無かった。大欠伸を、一つ。 ■内観する。直心(根本心)、深心(自覚)、大悲心(覚他)。存在の実相、如何。 ■小川のせせらぎが、月の満ち欠けが、風に戦ぐ葦の声が、我愛、我慢と一となる。 ■我、今生に不具者として在り。我、この宇宙にこの宇宙のためのセイントとして在り。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。自転車で社に向かう。観想と行いの一致を目指す。 ■仕事の席に着く。伝票の整理と電話の応対。それから、販売促進計画の立案。 ■お昼休み。近所の喫茶店に行く。お店のマダムと製作のおいちゃんとの食事会だ。 ■真昼間、春日八郎の『別れの一本杉』が、話題に取り上げられた。「あー あの歌ね」 ■仕事の席に戻る。電話応対は暫し遠慮して、情報収集とその集約に取り掛かる。 ■あーでもない、こーでもないと、四の五のグタグタと、考える、考える。 ■同じ「考える」でも、普段の研究とは違う脳の部位を使っているのだろう。疲れる。 ■ペーパーに纏めることはせず、ただ精神のうちに、計画を立てて行く。 ■上役さん、元上役さん、ともに帰社。「わはは!」と一緒に笑って、帰路に就く。 ■自転車を漕ぎながら、膨らんできたお月様を見上げ、Je pense, donc je suis. Ego sum cogitans. ■帰宅する。湯を浴び、夕餉の支度をする。晩酌を始める。 ■常に余りもんの生を受けて生きていると思った。余剰分、死んだ者への私の意義、私の駄目さ。 ■飯を喰らい、酒を呑み、仕事をし、眠る、この不可思議を思う。死者を多く、多く、私は観てきた。 ■愛、慈悲、絶望。そして私は、怒り。この俗世を超出した能力を思う。何も考えず、考えて、行く。 ■アレやコレや考えたいたら、知らぬ間に、祈っていた。逆縁を生きる、自分を思った。 ■グテングテンのラリラリの情態で、音楽を聴いている。 ■The Eaglesの『Hotel California』を聴く。 『Hotel California』 written by Don Felder, Don Henley, Glenn Frey
その場所から逃れられぬと知ること、それが定めであると思い至ること。 今生に桃源郷は存在し得ず、まさにこの世は地獄である。 ジタバタと、足掻けば足掻くほど、身を締めつける、罠の如き、毒蔦の如き、苦しみ。 自分の足下に湧き出している筈の、無尽の泉を、私は未だ、知り得ていない。 他者が存在していることの不思議、自己が生きていることの不条理に、ただ驚くだけだ。 でも、あの人が、この人が、消え去ったこの世は、いつもと変わる点も無く、動いている。 永遠のものなど無いと、人々に知らしめるように、風は吹き荒び、死体はテレビに晒される。 これらが非情であることなど、前提ですらあり得ない。 其処で私は、如何なる苦しみにも耐え得るという、愛、誠実、信頼というものを、探す。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月11日(木) ■浄月、遍照金剛。 ■午前四時五十九分に目覚める。目覚ましをセットした時刻の一分前であった。 ■内観する。止観行を行わずして、その止観行自体を突破す。 ■珈琲を淹れ、飲む。お腹に煮麺を収める。身体を温めなければならない。 ■ノートを見返し、反芻する。この問いに対し、御師匠様なら、何とお答えになるであろうか。 ■手っ取り早く、今度お会いしたときに、訊いてみようと思った。 ■午前六時、自転車を漕ぎ、社を目指す。元上役さんの車に拾って貰い、お山を目指す。 ■山の麓でコンビニを探し、食料を調達する。生欠伸、一つ。 ■お山に入る。元気の良い「お早うございます!」の声が響く。まさに戒律だな。 ■パタパタと書籍を並べ、店開きをする。案外、手早くできた。善かった。 ■お店番と先生方への売り込みで、午前中はあっと言う間に過ぎ去った。 ■ガサゴソと御握りを頬張った。お茶をゴクリと飲んだ。 ■仏教学研究者のH君が訪ねてきてくれた。「やぁ おめでとう! 元気?」 ■他に後輩の院生たちとも出会ったが、皆一様に暗く、陰気やなと思った。 ■あんな研究室を取り巻く環境だもの。彼らも、可哀想だが、致し方あるまい。ガンバレ。 ■お客さんを待つあいだ、パラパラと本を捲る。これ、私が欲しいくらいだな、とか思う。 ■追っ掛け、現上役さんも到着し、アレコレと話しをする。 ■第一日目の店仕舞い。何とか格好はついた売り上げであった。 ■車に乗り込む。このまま御飯を食べに行こうとなる。そしてカツ丼を食べに行った。 ■帰社する。残務を処理するため、少しだけ残業する。今日は残業者が多かった。 ■社を去り、自転車に乗る。疲れてはいるものの、ずっと自転車を漕ぎ続けたい気分だった。 ■大回りをし、いつもより三十分超過で帰宅する。やっぱり、疲れたな。 ■湯を浴び、晩酌をする。私にとってのナザレの星、御師匠様を想う。 ■このイマージュは、壊しても善いし、壊さなくても善し。 ■さあ、グテングテンのラリラリで、今宵を終えよう。そしてこの論文を、仕上げて遣ろう。 ■Led Zeppelinの『〔Led Zeppelin IV〕』を聴く。 『Stairway to Heaven』 written by Jimmy Page - Robert Plant
いろんなことを感じた日であった。 浄月は、いつも其処に居て下さり、万物を遍照している。 だから、天国への階段なんて、殊更、手に入れようする必要など無い。 だが、我を誣いる者たちの魂の叫び(天国への階段を欲する心)に心を配ることは忘れず。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月10日(水) ■Waiting on a Friend. ■午前六時四十分に目覚める。昨日はちゃんと服を着て寝ていたようだ。 ■内観する。分子レヴェルくらいに電話交換手が居た。私は彼らを殺した。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。ザンバラ髪を整えて、出掛ける。 ■仕事の席に着く。伝票の整理と電話の応対。それから、販売計画の立案。 ■お昼休み。近所の喫茶店に行って御飯を食べる。お店のマダムと一緒。 ■追っ掛け、製作のおいちゃんも遣って来て、落ち着いた食事会となった。 ■仕事の席に戻る。社長に呼ばれる。私の一ヶ月当たりの値段がついた。 ■了解する。月給制(本当は年俸制)なんて、本当に久し振りだなと思う。 ■元上役さんと一緒にまたも〈お坊さんが一杯〉な所に行く。今度は山。 ■毎朝毎晩見上げているお山の、向こう側であった。坂道を高校生が走る。 ■この山の麓でさえこんなに辛いのだから、千日回峰行なんて超人業だ。 ■明日の物販に向け搬入をする。見事にアンチ・バリア・フリーであった。 ■お坊さんが手伝ってくれた。力強かった。なんとなく〈体育会系〉だ。 ■昔の僧兵が、如何に強かったかは、推して知るべしであった。敵わない。 ■自然と「お世話になります」と、どの人からも、お声を掛けて頂いた。 ■こんな私でも、〈礼儀正しい〉ということの善さは解かる。善い経験だ。 ■会社に戻る。脚の不調を覚える。明日が少しだけ、不安に思えてきた。 ■残業をする。明日の段取り、日常の業務、本来の仕事など。疲れました。 ■帰路に就く。ラテン語の文句を唱えながら、ぺダルを漕ぐ。Gaudete!。 ■帰宅する。遅くなった。湯を浴び、明日に備えて髭を剃る。晩酌をする。 ■頑張れば頑張る程、容易く見える自分の底。研究に関してはまた別だ。 ■The Rolling Stonesの『Tattoo You』を聴く。 『Waiting on a Friend』 written by Mick Jagger - Keith Richards
流れ行くか、我が心よ。 友を待つ心。常にその灯火は、絶やさず。 〈待つ〉ことの意義について、ずっと、ずっと、考えている。 待つこと。唯只管、待つこと。 他者も含め、自己も含め、待つこと、耐えること。 欠伸すること、迎えること、夢中のうちに出くわすこと。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月9日(火) ■substantia-attributum-modus. ■午前六時五十四分に目覚める。寒い。どうやら寝冷えをしたようである。身体が重い。 ■寒さに震えて、膝小僧を抱える。ウェー。ゲロを吐く。ヤバイ感じがするな、かなり。 ■内観する。私の精神のうちに刻まれている死者との対話。その死者から返照される私。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。身体がダルイ。再びゲロを吐く。オウェー、だ。 ■単なる呑み過ぎなのではないか、という疑念を振り切り、自転車を漕ぎ、社を目指す。 ■仕事の席に着く。伝票の整理と電話の応対。このサイクルは、暫く変わらないだろう。 ■お昼休み前。上役さんと社長に呼び出される。向後の仕事の段取りについて話し合う。 ■事情聴取されたが、それを逆手に取って、若干の自己主張をし、自分のエゴを通した。 ■少し遅めの昼休み。一人で御飯を食べに行く。胃の調子が可成り悪いことを自覚する。 ■仕事の席に戻る。元上役さんに依頼され、明後日の物販に向けて書目リストを拵える。 ■チョイチョイと、約二十分ほどで仕上げた。こういうのは、造作も無いことであるな。 ■来年度に向けてのマーケティング調査をし、販売計画を練り始める。気が早くは無い。 ■お店にて、長老とオデキの痛み、苦しみについて語り合う。「そりゃあ シンドイで」 ■「今 左ケツに デカイのができてますねん」 「早いとこ医者 行った方がエエで」 ■定時となり、皆と「お疲れさま」を言い合ってから、社を去る。終わった、終わった。 ■帰り道、自転車屋さんに立ち寄り、機械油を買う。チェーンがガッサガサやったから。 ■帰宅する。ペダルを廻し、ギアをガチャガチャいわせながら、注油する。エエ感じや。 ■湯を浴びる。夕餉の支度をする。徐に晩酌を始める。今夜の献立は、秋刀魚のお造り。 ■そして昼間の思考とは全然違う世界に踏み入る。昼顔と夜顔。ジキル博士とハイド氏。 ■〈他界〉ではない、〈信の世界〉とは何か。論理の果てに見出される、新たなる論理。 ■非論理の論理などは、一個人の夢想である。哲学ではない。それは巫山戯た茶番劇だ。 ■単なる観想に止まらず、またその観想に重きを置きつつも、行信証を成立させるもの。 ■Spinozaさんの形而上学、即ちsubstantia-attributum-modusの三つ組みに立ち返ろう。 ■「modus(様態、限界、制限)」、「eventum(結果、目的、出来事)」を考えようか。 ■生ずること、出遭うこと、偶然の出来事が、必然である実体の顕現である不可思議を。 ■〈我〉という個物、様態のうちにこそ、その身を顕す、「絶対にして無限なるもの」。 ■此処が基本だ。間違いは無いだろう。でも、今日はもう、酔っ払っちまった。あーあ。 ■David Bowieの『Heroes』を聴く。 『Heroes』 Lyrics by David Bowie, Music by David Bowie and Brian Eno
Held, Heldenを、私は捜し求めはしない。でもね。 それを「アメリカ陰謀説」のように、受け取りはしない。はしゃぐ敗残の世代を、私は完全に無視する。 それは、或る特定の世代における、悪しき残滓であろう。可哀想に。 完全に無視せざるを得ない。アホが! 序でに言えば、東の教学は、向こう三十年は、既に死んでいる。 近代教学の偉人たちを、乗り越えられない、蟻ん子たちだらけだ。ご愁傷さま。批判しろよ! 先師を! 西の教学もまた、アノ御仁を異端視する余裕のあるうちは、向こう三十年は、既に死んでいる。 批判しろよ! そして簡単に、乗り越えろよ! どっちもどっちだ。我関せず。我はどの宗派からも、異教徒として、「誉められもせず、苦にもされず」 私は別に、英雄になんか、なりたいとは、露ほども、思わない。思うのはただ、死者の想いのみ。 ただ、怒っている。 んなこたぁ兎も角、この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい、 2008年 9月8日(月) ■Any Kind Of Pain. ■午前六時二十三分に目覚める。朝っぱらから"Immigrant Song"を聴く。最高だ。 ■内観する。片手で打ち鳴らされる拍手の音について考えていた。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。指方立相、西方浄土のイマージュを打破する。 ■Deluezeを読み返す。なに、昨夜の夢のなかで、この本のページが、真っ白であったからだ。 ■自転車を漕ぎ、社を目指す。仕事の席に着く。伝票の整理と、電話の応対と。 ■一区切りついたところで、この九月からの上役さんから声を掛けられる。 ■急遽、社外販売に出掛けることとなった。場所はまたもや、〈お坊さんが一杯〉なところ。 ■急いで御飯を食べ、品物を揃え、現場に向かう。早飯も仕事のうち。 ■バタバタっと店開きをし、お客さんを待つ。そのあいだ、同業者さんたちと話しをする。 ■自分の研究分野とは違う、専門外の方々と話しをすることもまた、勉強になる。 ■自分が選んだものが、ヒョイと手に取られて、買い求められた。嬉しかった。 ■アレもまた、何らかの研究に、役立てられるのだろうか。頑張れよ、ってな具合に。 ■本を読み、また関係者さんから缶珈琲を差し入れて貰ったりして、優雅に物販をこなす。 ■社に戻る。幾つか社内の部署間の調整をしてから、帰路に就く。約一時間の残業であった。 ■自転車を漕ぎながら、思った。定職は得た。だが、私自身は何処に行こうとしているのだろうか、と。 ■帰宅する。湯を浴び、髭を剃る。夕餉の支度をし、晩酌を始める。 ■賞与給付の内諾も得、諸々の負債の返済の目処もついた。だが、研究は行き当たりばったりに近い。 ■或る種の破壊衝動を抱えつつ(それは研究においても同じ)、自転車のペダルを漕ぐか。 ■打っ壊したい。錆びるよりは、燃え尽きたいと思う。中年のくせに。 ■うしろすがたのしぐれてゆくか(種田山頭火) ■Frank Zappaの『Broadway The Hard Way』を聴く。 『Any Kind Of Pain』 written by Frank Zappa
彼は五十そこそこで亡くなった。没後、もう十余年を数えるか。 私も十五年ほどで、その年になる。 人間の崇高な面ばかりを描写していれば、BeatlesやWhoやBob Dylanのように、評価されるのだろう。 だが、彼は、人間のアホな面を強調し、描写し、活劇化して行った。 それは、他人事として、ゲラゲラと笑って仕舞う、楽しいことではあるが。 それは、人間というものが、(その遠近を問わず)他者のことに関しては、無責任で冷酷になれるからだ。 だが私は、「愚かなこと」を、また昨今の状況に鑑みても、自分も含め、直視せねばならないことだと思う。 「アホなこと」を、ね。学術的なことから離れることを、ね。 兎に角、彼は、ノーベル文学賞くらいは、貰ってしかるべきであった。賞なんて、アホらしいことだが。 でも、人間のアホな面を強調したが故に、それを貰えなかった。早世したことも、その因であるが。 本当に、アホなハナシではあるが。 「Any Kind Of Pain(あらゆる痛み)」 それを取り去ってくれる、男にとっての、安易な装置としての、女。 こんなアホな歌詞を、彼の他に、誰が真正面から書いたであろうか。 男も女も、人間やし、アホだろって、描写した歌が、他にあるだろうか。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月7日(日) ■眞実信心 ■午前四時五十二分に目覚める。迷わず二度寝する。流石に早いわぁ、眠いわぁ。 ■午前七時二十四分に、再度、目覚める。まだまだ眠いが、身を起こす。 ■内観する。無における有、即ち空有である自己は那辺に在りしか。ああ、其処かいな。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。喇叭の音が聞こえたが、なに、気のせいだろう。 ■Gilles Delueze, La philosophie critique de Kant, doctrine des facultésを読む。 ■だんだん退屈になってきた。私とDelueze、延いてはKantを分かつ分岐点は、この退屈のうちにある。 ■それでも午前中は、なんとか読み進めた。 ■正午過ぎ。軽食を摂る。献立は、昨晩の残り。 ■暫くダラダラと音楽を聴いた。二、三時間ほど。脳内に響く、Hard Rockの調べ。 ■日本宗教哲学の本を読む。さて、これに共鳴するとして、現代において、如何に表現すべきであるか。 ■それから、先々週に私を興奮させたアイデアの文字化を試みる。 ■論文全体の構想のうち、主要な働きをする部位である。 ■四百字詰原稿用紙換算で、大体三枚半くらいを、二種類だけ書いた。寝かせて、後日、見返そう。 ■今日は、明日もあることだし、早めに切り上げた。外国語の読書は、楽しいが、体力を消耗する。 ■「楽しい」のは、自分の無知の故。知らないことを知ることができる喜びを、有り難いと思った。 ■チンチン電車の駅前に在る、お弁当屋さんに、初めて行った。自転車漕ぐの、楽しいな。 ■〈読むと目が潰れそうな独語辞典〉と同じ店名である。味は知らぬが、初めから気に入っていた。 ■店主にこの辺りのお店情報を伺ってから帰宅する。湯を浴び、髭を剃る。すっきりした。 ■弁当を共として、晩酌を始める。アテは日本宗教哲学の本。 ■現代においては、日本語というよりも、漢文の如き文章である。読み下すのに、十八年を要した。 ■私の学部時代の恩師は、終戦時、兵学校を出られたとき、この書を読まれ、哲学を志したという。 ■私はこの本を、御師匠様に、「エエ本ですね」と言ったら、貰えた。「そうか なら 遣ろう!」 ■私の研究の出自は、その諸々からして、エエ加減である。 ■お月様、山から昇って来ているな。 ■Led Zeppelinの『Led Zeppelin V』を聴く。 『Immigrant Song』 written by Jimmy Page, Robert Plant
*Valhalla…北欧〔チュートン〕神話におけるOdin(Ás〔アース〕神族の支配者。知識、芸術、文化、戦争、死を司る最高神)の殿堂のこと。そこに戦死した英霊が迎えられ、もてなされるという。 チュートン(Teuton)…ラテン語ではテウトニー(Teutoni)。古代、ユトランド半島〔現在のデンマーク領とその周辺〕に居住していた、ゲルマン民族の諸派のうちの一つ。紀元前二世紀頃に南下し、イタリア侵入を企てたが、Gaius Marius(共和制ローマの政治家にして軍人)によって編制されたローマ軍に撃退された。それはキンブリ・テウトニ戦争と呼ばれる。現在においては、より広義に取られ、ヨーロッパのゲルマン系諸民族、およびその言語のことを指す。 Robert Plantは、古代ヨーロッパ大陸の歴史、およびケルトの歴史に、造詣が深いと聞く。 私自身は、面倒臭いので、検証してはおらず、何とも言えない。ただ、相当好きだな、とは思う。 さて、このライヴでの演奏であるが、これは掛け値無しに凄い。正味である。 なので、Led Zeppelinの歌詞世界に分け入ることも、悪くはないかなと、思った。 今まで、Led Zeppelinは、本当に面倒臭いから、その歌詞だけは避けてきた。 Deep Puepleなら、言っちゃあ悪いけど、適当に訳すこともできる。でも、彼らはそうでは無い。 だから、これからは、チョイト本気になって、彼らの歌詞を、訳そうかなと、思った。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月6日(土) ■Love is omnipresent. ■午前六時十六分に目覚める。遠くの方で、つくつくほうしが鳴いていた。 ■内観する。腐った泥濘の如き自我の澱に沈没(ちんもつ)する。我が悪徳なり。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。転換し、回転する、座標軸。 ■Gilles Delueze, La philosophie critique de Kant, doctrine des facultésを読む。 ■乱暴な言い方だが、Kantなんか無視して、Deluezeと向き合う気持ちで読んでいる。 ■フランス語なんて、読むの、久し振りだ。でも、案外、読めるから、良かった。 ■現象即ち現われとして関係するもの、観測者の位置、それから主体客体何れにも支配されぬもの。 ■Ding an sich. 今一度、Kantのいうコペルニクス的転回を確認する。これは観測者問題であるか。 ■単なる主体に回収され得ない、能力。相互に置換可能な体系って、ふ〜ん、そうなの? ■と、そうこうするうちに、知らぬ間に、寝入っていた。私は疲れているのだろう、仕事で。 ■目覚めてから、軽食を摂った。生欠伸、一つ。〈トカトントン〉が聞こえる。 ■日本宗教哲学の本を読む。安息と刺激と慙愧と勇気と諦観を覚えた。 ■改めて、自分が絶滅危惧種であることの思いを、得た。 ■日が暮れて、自転車を漕いで洗濯に出掛けた。少し遠くの、洗濯場へ。 ■遅かったので、私一人であった。良かった。待っているあいだ、本を読んでいた。 ■洗濯機の機械音が鳴り響くなか、絶対他力の働きについて、読んでいた。 ■棄て去ろうとしても、棄て去れぬものが、〈私〉そのものだとしたら、それは絶望自体であろう。 ■絶望とは〈私〉というデキソコナイのうちにこそ顕現する絶対無限の否定即肯定の働きの自覚だ。 ■自力の果てに見出されるその無力感に、差し込む、大慈大悲の、ひかり。〈本願ぼこり〉を残しつつ。 ■帰宅する。湯を浴び、夕餉の支度をする。晩酌をする。 ■明日は読むだけでなく、書こうと思った。Spinozaさんのお気持ちが、少しだけ解かった気がした。 ■John Lennonの『ROCK 'N' ROLL』を聴く。 『Stand by Me』 written by Jerry Leiber / Mike Stoller / Ben E.King
私は「Love is fiction」だとは思わない。 むしろ愛は、実在していると思うし、脳内だけのものでは無いと信じている。 「Love is omnipresent」だ。愛は遍在しているのだ。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月5日(金) ■La Pesanteur et la grâce. ■午前五時四十六分に目覚める。東雲に暁に、在り。霊峰に微かな虹を見る。 ■内観する。追い詰められ、路頭に迷い、途方に暮れる我を見出す。 ■飯が無い、泊まる所が無い、身を横たえる場所が無い。ああ、ああ。 ■すると、薄皮を剥ぐように、我見、我痴、我慢、我愛が、はらりと一枚、落ちて行く。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。自分のうちの攻撃性を封じ、出勤する。 ■仕事の席に着く。伝票の整理、電話の応対、在庫の確認、リストと睨めっ児。 ■お昼休み。チベット仏教研究者さんと御飯を食べに行く。「上海さん 疲れてはりますね」 ■そうかも知れない。客観的に自分が置かれた状況を分析してみる。フフっと、笑った。 ■仕事の席に戻る。マーケティングに関する分析とその費用対効果を推し量る。 ■なに、Jakob Böhme読解よりも、遥かに簡単なことだ。 ■総務のおいちゃんに呼ばれる。会議室で、密談する。 ■ここ最近のうちで、自分に降り掛かったこと以外では、一番のエグイ話であった。 ■(前回分を除いて)入社半年未満の私に、こうしたことが伝わるとはなぁ。 ■でも、ふと思い返す。ふむ、そうやね。納得する。 ■或る企画を練る。企画と言うほどのことでもないが、兎も角、或る企画を練る。 ■実行に移さねば、文字通り、机上の空論だな。だから、ちゃんとした企画書を作成しよう。 ■そして、エライさんたちを説伏し、その仕事を支配下に置こうか。 ■帰宅する。湯を浴び、夕餉の支度をする。今夜の献立は、秋刀魚の塩焼きとオニオン・サラダ。 ■今年初の秋刀魚の味は、美味しゅうございました。漁師さんの痛みを思う。 ■「燃料代と秋刀魚の卸値 割に合わんやろうが!」 ■馬鹿にすんな、ってね。ああ、存在理由を尋ねれば、堂堂巡りの勇気無しには、生きられず。 ■石礫一つなりとも、この宇宙において、必然でなきものは在らず。 ■私という一個の個物が存在するためには、全宇宙が必要とされている、その驚異を思う。 ■全宇宙が存在するためには、私という一個の個物が必要とされている、その驚異を思う。 ■厭世的世界観もまた、生の条件であるならば、それでも生き続ける理由とは、一体何であろうか。 ■生きる意義を求める有機体とは、苦しみの器である。よし、明日は、ガツンと、勉強しよう。 ■Simone Weilの"La Pesanteur et la grâce"を読んでいる。堕ちて行く勇気を、我に。 ■藤岡藤巻の『俺はラブソングが大っ嫌い!』を聴く。
最近、ジブリ作品の『崖の上のポニョ』が、職場で話題に上ることが多い。藤岡藤巻、か。 そこで、大学生の頃、聴いていた、「まりちゃんズ」を思い出す。 『尾崎家の祖母』(おざきんちのばばあ)とか、『ブスにもブスの生き方がある』とか。 ところで今日、帰り道、本山の前で、高校を出たて風のカップルと擦れ違った。 「今日 アナル・セックスしよ! アナル! アナル! なぁ〜 しようさぁ〜!」 「え〜 アレ〜 痛いしぃ〜 でも エエよ ウフっ!」 悪人にも成り切れぬ衆生が、御影堂の前を通り過ぎ行く。浮き世とはただ、こうしたものだ。 私は高踏的に、構えることなど、しない、できない。ただ、そう、聞いただけだ。 「ラヴ・ソングなんて みんなウンコだ」 世俗とはそうしたものなのかなぁと、我が身を振り返りつつ、この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月4日(木) ■Death does not concern us. ■午前七時十三分に目覚める。よく寝た。大欠伸を、一つ。 ■内観する。私語する存在のざわめきが、殆ど聞こえなくなっていた。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。朝に礼拝、昨夜に感謝。 ■自転車を漕ぎ、社を目指す。仕事の席に着く。然したることも無し。 ■お昼休み。近所の喫茶店でサクッとライス・カレーを食べる。 ■それから、久方振りに社外に出て、行商をする。〈お坊さんが一杯〉な場所で。 ■蒸し暑かったけれども、私の好きな藺草の香りに満ちていて、幸福だった。 ■藺草の香り、鰻の蒲焼の匂い、それから、アレの臭いは、いつだって堪らない。 ■ネクタイを締め、畏まって、お行儀良くしていた。 ■大した額にはならなかったけれども、それでも幾らは売り上げた。 ■社に戻る。ネクタイ姿は性に合わず、また暑いので、直ぐに着替えた。 ■サラリーマン装束から、タダの仕事する人の格好へと、戻る。 ■中途半端な時間帯であったので、明日のためにネタを作ることだけに専念した。 ■定時となり、皆と「お疲れさま」と言い合って、社を去る。 ■帰宅する。湯を浴び、髭を剃る。夕餉の支度をし、晩酌をする。 ■何虫かは知らないが、虫の音を聞きながら、Spinozaさんの訳文を検討している。 ■ダッサイ日本語を、少しでも熟れたものへと、するために。他者の情も忖度しつつ。 ■それにしても、余り意味の無い、誰も見ぃひんような日記を、長いこと、よう書いてんなぁ。 ■Falco(Johann Hoelzel, 1957-1998)の『Rock Me Amadeus』を聴く。 Musik wurde von Rob und Ferdi Bolland und Falco zusammengesetzt, Liedtext wurde von Falco und den Bolland-Bruedern geschrieben.
デウスに訴え、求めんとするか、Falcoよ。 私は彼が、ほぼ自死を果たしたものだと、思う。痛ましき才能の死。際際の死。疎外による死。 でもな、"Death does not concern us" by "Epikuros" だ。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月3日(水) ■I Can't Reach You. ■午前六時ニ十三分に目覚める。小学生たちの声が響く前の、静寂の朝。 ■内観する。禅林の床の上だけではない、放下。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。今日も元気に、ペダルを漕ぐ。 ■仕事の席に着く。一時、社長を始め、一遍に四人から話し掛けられた。 ■私は聖徳太子では無いので、一人ひとり、分割して話を伺った。困る。 ■お昼休み。昨夜に拵えた郵便物を持って郵便局に行く。金も無いのに、飛んだ散財だ。 ■でも、清清した。 ■それから、チベット仏教研究者さんと一緒に御飯を食べる。野菜が一番。 ■仕事の席に戻る。私の物理的な配置換えの構想が進んでいる。でも、我関せず。 ■我関せず、とはいえ、当然、巻き込まれる。了解です。私は話しを切り上げる。 ■グタグタと、青写真や理念や構想など、これ以上は、聞きたくもねぇな。ウンザリだ。 ■私は自分の脳内を整理しつつ、現状の手の動きを鑑み、協調性を保って、仕事を進める。 ■インプット過多の状況は、「行い(opera)」にとって、決して宜しいことでは無い。 ■嘗て二十代であった頃、お姉さまであられた、今もお姉さまであられる方から、あしらわれる。 ■ご無体なことを宣ふても、其処は信頼感と尊敬の念のうちに溶解されることである。 ■「煙草 止めや あれだけ苦しんだのに まだ吸ってるなんて 私 信じられへんわ」 ■私の引越しの地が確定されたことを認めてから、社を去る。「お疲れさま」 ■帰宅する。湯を浴び、明日の社外販売に備え、髭を剃る。そして、夕餉の支度をする。 ■酒を呑みながら、調べ物をする。一夜に一つ、納得できれば、今はそれでいい。 ■The Whoの『The Who Sell Out』を聴く。 『I Can't Reach You』 written by Pete Townshend
届かない感じ、隔たりの感覚は、常に持っていたい。 自分が現状に甘んじないためにも、その甘んじないという驕りに抗するためにも。 また、このような堂堂巡りに、己を屈させないためにも、そんな寂寥感を、常に感じていたい。 自分が今、何を欲しているかという自覚だけではなく、その欲望自体の解析が必要である。 それは、やはり、隔たりのうちに、未足のうちに、知らされるものであるか。 「億劫相別 而須臾不離 尽日相対 而刹那不対 此理人々有之」 大燈国師 (億劫相別れて而も須臾も離れず、尽日相対して而も刹那も対せず。此の理、人々これあり) 隔たりのうちに感ぜられる、人と人との、深き交わり。それは生死を問わないことだ。 死んだ人とも、我々は、相見えることもあるさ。 この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月2日(火) ■I wanna be anarchy! ■午前七時八分に目覚める。ゲロを吐く。昨夜は少し呑み過ぎた。 ■お味噌汁を飲む。空咳を何度かしたら、復調した。だから、珈琲を淹れ、飲む。 ■内観する。自来也の蝦蟇のように、堕ちて行く。 ■自転車を漕ぎ、社を目指す。部署は変わっても、いつもと同じような仕事内容である。 ■お昼休み。チベット仏教研究者さんと一緒に御飯を食べに行く。Right! NOW! ha ha ha ha ha! ■揚げ立ての唐揚げを食べて、上顎の部分を火傷した。焦り過ぎ。でも、休み時間は短い。 ■仕事の席に戻る。新しい部署でのミーティングに参加する。 ■「実務を離れて 只管考えろ」と言われても、イマージュが湧きまへんな。私は抗う。 ■嘗てこの職場で働いていたときに上司であった方々が、昨日と今日、我が社を訪れた。 ■「久し振り! 元気にしてた? 出戻り君やなぁ! また呑みに行こうや!」 ■なんか、懐かしいような、甘酸っぱいような、鬱陶しいような、愛憎相半ばの気持ちとなった。 ■それから、リストを拵えたり、それと睨めっ児をしたりして、神経を磨り減らす仕事が続く。 ■定刻となる。さっさと切り上げて、「お疲れさま」と言って、社を去る。 ■帰宅する。書店のマダムの忠告を受け、諸々が終わるまで、お酒は呑まなかった。 ■すると、作業をしたり、調べものをしたり、湯を浴びたりしていたら、午後十時を廻っていた。 ■これもまた、身体に悪いことかも知れないな。夕餉の支度をし、遅い晩酌を始める。 ■考えごとと手作業とを繰り返し、今日という一日を終える。明日の空の青を、想いつつ。 ■The Sex Pistolsの『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols』を聴く。 『Anarchy in the U.K.』 written by Paul Cook, Steve Jones, Glen Matlock, Johnny Rotten
「anarchy」という語の成り立ちについて。 「archós(指導者)」(希)に否定を意味する接頭辞「an」がついた「ánarchos」(希)がその原形。 ラテン語では「anarchia(無政府)」。つまり、「指導者無しの無秩序の状態」の意であるか。 『くだらんこと(キンタマ)は放っておけ 参上! セックス・ピストルズ(チンコ野郎ども)だ!』より。 この曲とは、もうかれこれ、三十年近い付き合いとなる。 親戚の、百姓の倅の、お兄ちゃんが、コイツにイカレていた。 私はこの曲を、彼から、無理矢理、聴かされていた。でも、小学生の分際で、気に入って仕舞った。 この曲に反発しながら、生きてきたが、今やもう、四十の坂を眼前に控えている。 だから、そんな拘りは、もう棄て去ろう。そんな時期が、訪れたのだと思う。 「くだらんことは放っておけ」、とばかりに。 この曲が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を呑んで、おやすみなさい。 2008年 9月1日(月) ■おまんこ野郎****! ■午前七時十六分に目覚める。覚醒の朝は、いつも静かだ。 ■内観する。エネルギーは均一で、また潜在的であったと想う。私は過去のことしか知らないが。 ■珈琲を淹れ、飲む。お味噌汁を飲む。煙草を吸ってから、社を目指す、タクシーで。 ■家近くの田圃では、稲穂が色づき、蜻蛉が舞っていた。もう、秋だな。 ■仕事の席に着く。朝一番から、目録の校正に追われる。 ■印刷屋さんとFAXで遣り取りをし、それから赤ペンを用いて、校正を進めて行く。 ■そう言えば、今日から社員だな。だからって、別段の変化を、私は認めない。 ■仕事は仕事だ。It's my jobや。 ■お昼休み。近所の喫茶店に御飯を食べに行く。メニューは中華丼であった。 ■製作のおいちゃんと、二言三言、喋った。 ■仕事の席に戻る。「図書目録」関連の作業をしつつ、電話応対に追われる。 ■今日は早仕舞いで、近所のホテルで、会社の経営に関する合同説明会が開かれた。 ■私も出席した。正式に編集部配属の辞令が渡された。我が人生初の、辞令である。 ■終了後、隣の間で、懇親会が催された。店頭のマダムと隣り合わせとなった。 ■「上海君 お酌する手が 震えてるよ お酒 控えなさい」 言葉が、胸に突き刺さる。 ■私が座ったテーブルでは、社長も交え、話が弾んだ。コース料理に、舌鼓を打ちつつ。 ■水菓子のメロンと葡萄は他所に廻しつつ、珈琲を飲み、次第を終える。 ■元上役さんと現上役さんと喋りつつ、会場を後にする。「納得できたか? 上海君?」 ■遣ってみんことには、解かりまへんな。破壊衝動を抱えたまま、タクシーに乗る。 ■このエンドレスな、私の人生に付き纏う感覚は、一体、何なのだろう? ■それと折り合いをつけることなど、今宵は放棄した。家に到着する。 ■湯を浴び、夕餉の支度を整える。そして、当然の如く、晩酌を始める。 ■今日という一日も、もう終わりだ。明日のことはまた、明日、考えよう。 ■The Timersの『おまんこ野郎FM東京』を聴く。 『おまんこ野郎FM東京』 written by ZERRY
「怒る」ってことは、この歌のようなことを言うのだろう。 この歌は、(私の記憶が確かであれば)1988年に、『夜のヒットスタジオ』で歌われた。 私はそれを憶えている、最後の「ざまあみやがれ!」も含めて。 常に心の底では、正書法で、「Fuck You!」を、心掛けている。正しい綴りで、正しい用法で。 Fuck You! この歌が大好きだ。 ■浴びるほど、焼酎を飲んで、おやすみなさい。
阿頼耶識 ↓ |