北京市の国家体育場(愛称・鳥の巣)で行われた華やかな開会式―。といっても、北京五輪ではありません。十七日までの日程で熱戦が続いている障害者スポーツ最高峰の競技会・北京パラリンピックです。
開会式のテレビ中継で次々に入場する日本選手団。その中に、見つけました。郷土代表、車いす陸上の松永仁志選手(35)=岡山市。二〇〇〇年のシドニー大会から三度目の挑戦で初出場を勝ち取った、はじける笑顔が何とも印象的でした。
今年二月、京都市で開かれた全国車いす駅伝に出場した際は、既に北京出場の要件となる記録を突破し、手応えを語っていた松永さん。開会式の晴れ姿には、じーんときました。
初めてお会いしたのは四年前、二〇〇五年の岡山国体・全国障害者スポーツ大会を翌年に控え、障害者スポーツの取材を始めた時でした。出場が確実視されていた“アテネ”を逃し、北京に照準を定めて長年勤めた会社を退職し、競技中心の生活に入る決断をしたころ。夕暮れのトラックを黙々と走っていた、厳しい表情を覚えています。
松永さんは陸上競技に打ち込んでいた高校二年の時、交通事故で胸から下の感覚を失い、車いす陸上と出合いました。「五輪と同じように、障害のある子どもたちに最高峰の舞台を見せたい」と、競技スポーツの高みを目指してきました。
岡山県の障害者スポーツを引っ張るトップアスリートの一人として責任感も強いだけに、今だけは悔いのない走りで、最高の舞台を楽しんでほしいと思います。
(大阪支社・大本哲弥)