1.やっと認められた過労死
2007年11月30日、名古屋地方裁判所2号法廷で、故・内野健一さんの死が過重な仕事による過労死であることを認める判決が出されました。
内野健一さんが30歳の若さで亡くなったのは2002年2月9日午前4時20分ごろ。トヨタ自動車堤工場車体部でEXとして働いていた健一さんは、2月8日午後からの二直(遅番)勤務に引き続き、工場内詰め所で残業中に倒れ、そのまま亡くなりました。
健一さんが倒れる約半年前から、会社からの帰りが段々と遅くなり、疲労がたまっていく様子を目の当たりにしていた妻・内野博子さんは、健一さんの死は過労死であるとして、直ちに豊田労働基準監督署長に対し、労災申請を行いました。
ところが、豊田労基署長は労災と認めない判断(不支給決定)を行い、不服審査を申し立てた愛知労働局労働保険審査官も労災ではないと判断しました。そのため、博子さんは2005年7月、名古屋地方裁判所に対し、豊田労基署長の不支給決定の取消を求めて裁判を提起したのです。2年余りの審理を経て、名古屋地方裁判所民事第1部が出した判断は「健一さんの死は仕事が大変だったためだから労災である」、というものでした。 健一さんの死が5年余を経てようやく、過労死であると認められた瞬間です。健一さんが亡くなった2002年2月当時には1歳と3歳だった2人の子どもは、判決時には小学校1年生と3年生に成長していました。
2.判決の内容
判決では、大きく(1)健一さんが行っていた残業時間数、(2)健一さんが行っていた業務の質(密度、ストレス)について判断がなされました。業務量としても、業務の質としても過重であり、健一さんの死は業務によるものだ、というのが判決の判断です。
(1) 残業時間数についての判断
判決は、健一さんが亡くなる直前1ヶ月の残業時間は106時間45分だったと判断しました。この時間は、健一さんが工場で仕事をしていたと認められる確実な線を採用したものです。健一さんが亡くなった当時、トヨタ自動車堤工場ではタイムカードなどによる労働時間管理が行われていませんでした。健一さんが工場にいた時間は、健一さんの死後、博子さんが必死に資料を集め、正確に算出したもので、判決はそれを採用したのです。
工場に残っていた時間が残業時間というのは当たり前のように思われますが、トヨタ自動車と豊田労基署はいずれも、健一さんが工場に残っていた時間全てについて仕事をしていたかどうかはっきりしない、とか、さらには工場に残っていても雑談していた等の理由で工場にいた時間全てを残業時間と認めていませんでした。判決の判断は正当なものです。
(2) 業務の質についての判断
あわせて判決では、健一さんが行っていた品質管理のクレーム対応業務に目を向け、相当程度にストレスの高い仕事であると認めました。
加えて、トヨタ自動車の工場で採用されている連続2交代勤務(一直:午前6時25分から午後3時15分、二直:4時10分から翌日の午前1時、を各週交代で行う)について、深夜勤務は人間の生体リズムに反し、疲労の蓄積を招く、と正当に評価しました。最近の他の過労死事件でも、裁判所の判断では深夜勤務のストレスが正当に評価されるようになっていますが、この判決もその流れをくむものです。
3.判決の意義
判決の意義は何より、健一さんの死が過労死だったことが認められたことです。
加えて、判決では前記2(1)と(2)の判断に際し、トヨタ自動車において「仕事ではない」、「自己研鑽だ」と言われながら、人事考課に影響するために実際には強制的な仕事となっている様々な諸業務(「創意くふう提案活動」、「QC(品質向上)サークル活動」、「交通安全活動」など)について、トヨタ自動車の「事業活動に直接役立つ性質のもの」あるいは「事業活動に資する」ものであってトヨタ自動車としても育成・支援していることを理由に、その業務性が認められました。トヨタ自動車だけでなく、日本の多くの企業でこのように「仕事ではない」、「自己研鑽だ」と言われながら、実際には強制的に行わなければならない仕事がたくさんあります。この判決が、これらの隠れた仕事も会社の指揮命令下での業務だと認めた点は大変画期的であり、日本の労働者全体にとって意義が大きいものです。
4.明らかになった問題点と残された課題
名古屋地裁の判決は、裁判で明らかになった事実に基づき、健一さんの労働の詳細を丁寧に評価し、過労死であると判断しました。隠れた仕事について、業務性を認める等の画期的な点を含むこの判決は、国によって控訴されることなく、確定しました。
しかし、この裁判で明らかになった問題点も多々あります。
一つは労災制度が遺族に「冷たい」制度になっていることです。使用者である会社が労災と認めて真摯な対応をしない限り、あるいは同僚が協力してくれない限り、遺族が裁判まで起こさなければ過労死と認められないという問題が明らかになりました。労災制度はもともと、憲法25条、27条及び労働基準法に基づく制度であり、労働者とその遺族の援護のための制度です。労基署として、どのような調査を行い、事実をどのように評価するべきなのか、という点についての見直し、労働者・遺族の側に立った運用改善が求められます。
また、労災と認める判決が確定した後でも、被災者(今回は健一さん)の生前にサービス残業になっていた残業が是正されないという問題が残っています。現在、博子さんはその点を労基署とトヨタ自動車に対して交渉・要請中です。
5.今回の名古屋地裁判決は、博子さんが実名まで明らかにしながら、健一さんの過労死を広く訴えてきたことが引き寄せた、大変素晴らしい判決です。皆さんのご支援に感謝し、今後も注目をお願いしたいと思います。
◆田巻紘子(たまき ひろこ)さんのプロフィール
2002年10月弁護士登録。愛知県弁護士会所属。労働者や女性の問題、平和の問題に多く取り組む。
共著:『イラクの混乱を招いた日本の“選択”自衛隊がやっていることvs私たちがやるべきこと』(自衛隊イラク派兵差止訴訟全国弁護団連絡会議、かもがわブックレット)がある。
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