事故調シンポ「患者と医療者が手をつなぐには」(5)
「医療者自身が自律機能を発揮することで、国民から信頼を得られる」―。「医療の良心を守る市民の会」が開いたシンポジウム「患者と医療者が手をつなぐためにすべきことは何か―中立公正な医療事故調査機関の早期設立を望む」での、各パネリストに共通した意見だった。パネリストの国会議員は医療事故調査委員会に関する制度の創設について、舛添要一厚生労働相から「議員立法でまとめるように」との話があったことを紹介し、厚労省の担当者からもこれを追認する発言があった。制度創設は目的ではなく手段であるとの主張もあり、最後には、来場していた「福島県立大野病院事件」の遺族からの発言もあった。(熊田梨恵) 【今回のシンポジウム】
事故調シンポ「患者と医療者が手をつなぐには」(1)
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事故調シンポ(3)
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司会 最後に一言を。
■最終的には立法府で議論を
佐原康之・厚労省医政局総務課医療安全推進室長 厚労省としては、13回にわたる検討会で議論し、試案を一次から三次まで出し、その間パブリックコメントを求めたりしてきたが、なかなか溝が埋まらないところがたくさんあった。最終的には立法府でご議論いただくということが、いずれは必要ではないかと思っている。きょうはその芽が見えたのかなと思う。3年間ほど霧の中でやってきたが、一筋の光が見えた気がする。
■いかに自浄作用ある制度にするか
古川俊治・自民党参院議員 ようやく医療事故調ができる機運ができてきた。地域医療の崩壊は訴訟リスクが原因の一つとよくいわれるが、医療が崩壊されたら困るということで政治も動きだした。それぐらい医療界は患者から厳しい目で見られている。それをわきまえながら一刻も早くこの制度を立ち上げ、いかに自浄作用のある制度としていくか。医療界が動かなければこの制度もできないから、真価が問われている。プロフェッショナルとしての自浄機能を果たしてこそ、国民に今後、医療に投資することで合意してもらえると思う。
■事故調成立だけで医療安全できない
鈴木寛・民主党参院議員 この議論が進む中で、医療界でいろいろないいことが起こりつつあると感じる。医療メディエーターについては、額は少ないが来年度予算として設けられたので、大きく広がっていく契機になると思う。これは皆様の活動の表れなので、さらに運動を起こしていただきたい。医療事故調法案の成立だけで医療安全はできない。医療者や患者の皆様が手を携えて医療安全共同行動という国民運動をしていくため、資金的には税金投入もあってしかるべき。医療現場を担う人が自ら身銭を切ってでも取り組んでいただきたい。そういう議論が出てきたのはいいことだと思う。議論が熟すということがすべてにとって大変重要だ。
■医療者と法律家の「刑事責任」イメージ違う
木下正一郎弁護士 小さく生んで大きく育てるということで早く実現していただきたい。ただ、箱物をつくってもどうしようもない。運用については今後、早急に詰めねばならず、医療者が中心になり、透明性を高めるためには法律家などが入ることも必要。また、医療者が医療事故調創設について反対するのは、刑事責任の問題が切り離せないからだ。しかし、さまざまな議論の場でも、法律家が考える刑事責任についてのイメージと、医療者が考えるイメージがだいぶ違うと思う。わたしたちは決して何でも刑事責任を問えばいいとは考えていないし、公正な刑事責任の問い方があるだろう。意見の違う方とそういう点についてもっと話したいと思う。
■患者の医療者に対する気持ちを取り戻したい
安福謙二弁護士 わたし自身は身体障害者だが、今から考えれば明らかに医療過誤だった。弁護士になった約30年前、脳外科の手術で、患者が手術室から帰ってきたまま亡くなられたケースがあった。その際に医療事件に強い関心を持ち、自身の体験も含め、医療問題に深くかかわるようになった。この事件はトラウマになった。脳外科医はわたしが付き合った限りでは、一生懸命なまじめな人。刑事責任は追及されなかったが、勤めている病院を辞めざるを得なくなり、その後の医師としての人生も、決して幸せなものではなかった。それを知った時、その医師に対するつらい感情が残った。その後、さまざまな事故や医師にかかわってきた。とんでもない医者は確かにいるが、一生懸命にやった医師がきちんと評価されていない。そして医療事故の責任が医師に押し付けられていると感じざるを得ない場面もあった。医療機関の顧問もやるようになり、医療機関側から医療事故を見ることも増えた。患者側の代理人を続けながらも、医療側の立場ということで、心が動かざるを得なくなった。特にここ数年、医療従事者の方々が刑事責任に対して、恐怖心に近い状態でおびえている。「あなたのような人が逮捕されることはないよ。そんな事故を起こすわけはないよ」と言っても、「いや。分かってもらえないよ」と、小さい声でしょんぼり言う医療者に何人も会った。いろんな人にヒアリングする過程で、医療現場での法的刑事責任に対する恐怖心は皆さんが考える以上に深刻だと感じた。末端へ行くほどそうで、寝る暇もなく働くお医者さんが、事故を起こした途端に「警察」の2文字が頭をよぎるような状態。彼らを助けなければ本当の意味で医療事故を防げない。医療事故を防いで、良い医療をつくっていくためには、お医者さんが自信を回復するしかない。お医者さんが元気になるには、患者さんからの「ありがとう」の一言だ。今は、「ばかやろう」の言葉がしょっちゅう返ってくる。患者さんからの医療者に対する気持ちをもう一度取り戻したい。このシンポジウムのタイトルを見た時、思わず涙した。永井裕之さん(医療の良心を守る市民の会代表)がいつも言っている「患者と医療者が手をつなぐためにすべきこと」。医療現場の最も大事なステークホルダーである両者が手をつながねば、患者のためにも医療者のためにもならない。そのためには、やはり患者にはお医者さんのことをもっと理解してほしい。そのためには、医者が自ら患者さんに信頼してもらえる生き方をしなければならない。患者さんに対する言葉、説明の仕方一つを取っても、患者さんに向き合う日々の姿がすべてを決める。その意味で、臨床現場で「いては困る」という人を医療者の中から放逐する制度をつくってほしい。
■医療事故調は手段であって目的ではない
国立がんセンターがん対策情報センターがん情報・統計部、渡邊清高室長 現場の医療者や患者の悲鳴にも似た「これではどうにもならない」というところから議論が始まった。当初はお互いが塀の向こうにいて、見えないまま石を投げ合っている状態だったが、垣根が低くなり、同じテーブルで議論できるようになったのは大きいこと。リスクが「あってはならない」ではなく、「ある」ことを前提にどう向き合うかとなると、アイデアがわき出してくるので、それをいい方向に育てていく。それを行政や立法、市民がサポートすることが大事。多少問題がある制度の仕組みかもしれないが、今後議論を詰めていくプロセスそのものがとても重要だ。医療者の中でも診療科を超えた議論が十分できていなかったので、ピンチをチャンスに変え、ここでの議論をこれから医療をどうするかということにつなげなければ。医療事故を調査して、臨床上不可避である有害事象が存在するということを、厳しい言い方だが、患者側には理解をしていただく。それを説明していく責任が医療側にある。医療事故調制度は手段であっても目的ではないので、取り違える議論にならないよう気を付けねばならない。中立・公正な第三者機関をつくってきちんと機能させ、厳しい批判を受けることも含め、建設的な議論を進めていくことが必要。医療事故調をつくることが目的にならないよう、現場が理解できるところから始めていくという視点から考えるべき。
■「医療崩壊」の旗振らず、自信を取り戻して
永井裕之・医療の良心を守る市民の会代表 「医療崩壊」という言葉を著名な先生方や現場の先生が言い過ぎだと思う。先輩が後輩に対して自ら「医療崩壊」という言葉を使い、被害者や患者が(裁判で)訴えることを「クレーマー」だと言う。なぜ自ら「医療崩壊」の旗を振るのか。わたしの息子も医者で、勤務医として大変な仕事をしている。しかし、今の「多臓器不全」的な日本の医療の中、やらねばならない問題がいろいろある中で、なぜもう少し自信を持って後輩を指導しないのか。「医療崩壊」に自ら旗を振るのではなく、どう立て直すかだ。それが大きな問題だ。クレーマー患者やとんでもない医師もいるが、それはごくわずか。それよりも、医師や看護師など医療者が患者にしっかり説明する機会を設けず、(コミュニケーションを)シャットアウトしている事例がかなりあることの方が問題。医療者側と患者側はどう手をつなぐかということを真剣にやらねばならない。国民は医療安全について、診療時に自分の名前を確認することや、薬をどう扱うかといったことを小さいころからもう少し考えていくべき。「医療者」「国民」と(分けて)言い、国民の中に医療者がいないように先生方が話をするのもおかしい。皆が医療のお世話になり、医療者もお世話になる。その医療をどうするかということを、国民全体でやっていきたい。皆様にもその活動をしてほしい。「福島県立大野病院事件」について、被害者のお父さんが福島県に要望書を出した。その要望書は、医療のあるべき姿を提言している。福島県にお願いしたが、国でできるものもたくさんあるので、挑戦してほしい。被害者は「再発防止」をこういうふうに考えているということを表したものだ。 シンポジウムの閉会のあいさつの中で、司会者は来場していた「福島県立大野病院事件」の遺族の渡辺好男さんに発言を求めた。
■不信感取り除く取り組みと、真実知れる環境整備を
2004年12月17日、福島県立大野病院で最愛の娘を亡くした。「一言」と言われ、何を話していいかと迷った。自分はこの間、いろいろなことを知ることが多かった。本当に多くを知らされた。娘が亡くなるまで、医療には絶対的な信頼感を持っていた。娘が亡くなってからは、医療に対しては不信感を深めるばかりだ。この間、いろんなことを知った中で、県の方に要望書という形で出させていただいた。当初から、自分は娘が大変(な病状)だということもそんなに聞いていなかった。だから真実を知りたいと求めてきた。その中で、病院側とのすれ違いがあり、追及できない状況だった。娘(の事件)が裁判になったことで、娘が何か悪いことをしたのかと悩まされた。いろんなことを学ばされ、知ることができた。医療界は不信感を取り除く前向きな取り組みを見せていただきたい。真実を知ることができる環境整備もしていただきたい。家内とも話していたが、自分らは医療に手を差し伸べてもらわなければならない。医療者側と患者側ということで考えながら、真実を知りたいと、いろいろ進めてきたつもりだ。医療者側には前向きな取り組みをしていただきたい。その2点のお願いが結論だ。自分の気持ちを伝えさせていただいた。
(終わり)
事故調シンポ「患者と医療者が手をつなぐには」(1)
事故調シンポ(2)
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更新:2008/09/12 22:30 キャリアブレイン
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