ロシアがグルジアに軍事介入し、非難を浴びている。91年のソ連崩壊後、ロシアが他国に軍事介入したのは初めてだが、ソ連時代のチェコスロバキア侵攻と重ね合わせて批判する声もある。今回の紛争で責められるべきはロシアだけだろうか。ソ連時代を含めてロシアは必要以上にバッシングを受けてきたように思う。ソ連崩壊前からロシアを取材してきた記者として、ロシア・バッシングに異論を唱えたい。
今回の紛争の経過をざっと振り返ると、8月8日の北京五輪開会式にあわせて南オセチア自治州を武力攻撃したのはグルジアだった。これに対し、ロシアが反撃した形だが、グルジアのサーカシビリ大統領の巧みなメディア戦略もあって、「悪者はロシア」という流れができてしまった。ロシア軍が停戦合意後もグルジア領内に駐留を続けていたことが、それに拍車をかけた。
その後、欧州連合(EU・27カ国)はロシアに経済制裁しようとしたが、欧州の天然ガス需要の3分の1をロシアに依存していることから意見がまとまらず、制裁は腰砕けになった。
日本のマスコミの一部にも、ロシアを悪者にすれば世論が喜ぶと思い込んでいるフシがある。そうした風潮が続くと、ロシアをみる国民の目が曇らされていく恐れがある。
冷静にみれば、今回の紛争は北大西洋条約機構(NАТO)の拡大を急ぐ米国と、それを止めたいロシアとの対立が武力衝突に至ったといえる。ブッシュ米大統領は今年4月のNАТO首脳会議で、グルジアとウクライナの「将来の加盟」を約束させた。追い込まれたロシアは、反撃の機会を狙っていた。
ロシアからすれば、ソ連崩壊以来、西側から冷戦の「敗者」と決め付けられ、無理難題を押し付けられながらもじっと耐えてきたという思いがある。元々「冷戦に勝者も敗者もない」というのがロシアの立場だ。実際、冷戦を終わらせたのは西側だけの“功績”ではない。改革派が保守派をたたいてソ連を崩壊に追い込んだ面もあるからだ。
ところが、米国は表向きロシアを戦略的パートナーと持ち上げながら、国際安全保障上の重要問題については、ロシアの意見を聞かずに決定し、実行に移している。NАTOの東方拡大しかり、東欧へのミサイル防衛システム設置計画しかりだ。こうした米国の「単独行動主義」にロシアは「無視された」と不満を募らせていた。
これには米国内からも「NАTO拡大は急ぎすぎ」などの批判が出ている。冷戦終了後、形成された米国の「一極支配」が崩れ、世界は多極化に向かって動きつつある。だが、まだ具体的な構図を描けない段階だ。この時期に、ロシアの言い分を聞こうともしないのはおかしい。
旧ソ連・ロシアは芸術やスポーツでは優れているものの、「暗い、怖い、汚い」の3Kの国と毛嫌いされてきた。私はソ連崩壊直前の91年夏から97年春までモスクワ特派員として勤務したが、指導者の予想も付かない言動に振り回され、何度も「政治的に未熟な国だな」と思った。だが、エリツィン政権、プーチン政権と民主化を目指す政治の経験を重ねるにつれ、徐々にだが改善されてきた。
一例をあげると、プーチン大統領になってから年に何度か、内外記者団をクレムリンに招き、長時間かけてていねいに質問に答えていた。今回の紛争でも、在京ロシア大使館がこの1カ月に3回記者会見を開いた。これは異例なことだ。事情を説明して国際社会の理解を得ようという姿勢の表れで、ソ連時代には考えられなかった。こうした努力は評価してもいいのではないだろうか。
今回の紛争でロシアを孤立させようという議論もでているが、そうすればロシアを追い込むだけだ。ロシアの天然ガス、石油生産は世界1、2位で、経済力も英国並みに復活した。経済面でロシアを孤立させるのは非現実的だ。
また、米国に肩を並べる超大国から滑り落ちたとはいえ、ロシアは米国に次ぐ核兵器を保有する世界有数の大国である。むしろ積極的に国際機関に取り込んで行動にタガをはめた方が得策だろう。
ロシアを過大評価するのはよくないが、過小評価するのもよくない。ましてわが国は隣国であり、未来永劫(えいごう)付き合っていかなければならない関係にある。互いに尊敬できる付き合いを追求することが、いま一番大事なのではないだろうか。(外信部)
毎日新聞 2008年9月12日 0時13分