なぜ物質には質量があるのか。宇宙に大量に存在する暗黒物質の正体は何か。
宇宙の起源と進化の謎に挑む「大型ハドロン衝突型加速器」(LHC)が、スイスとフランスの国境で稼働した。
うまくいけば、物質に質量を与えたと考えられる「ヒッグス粒子」が2、3年で見つかるという。さらに早い段階で他の新粒子がとらえられるかもしれない。
小難しく、とっつきにくい話に聞こえるかもしれない。だが、私たちが住むこの宇宙の成り立ちを知りたいという知的好奇心は誰にでもあるのではないか。実験には日本人研究者も100人ほど参加しており、今後の成果に期待したい。
LHCは欧州合同原子核研究所「CERN」が14年をかけて完成させた。地下100メートル、周長27キロの円形トンネルの中で、光速近くまで加速した陽子同士を衝突させ、宇宙の始まりの「ビッグバン」直後に相当する高エネルギー状態を作り出す。衝突によって飛び出してくるさまざまな粒子を観測することにより、未知の素粒子を発見するのが使命だ。
最も注目される「ヒッグス粒子」は、現在の標準理論で予言されている素粒子の中で、唯一見つかっていない。発見できれば質量の謎が解け、標準理論も検証される。
最近の観測で、宇宙の組成の96%が正体不明の暗黒物質と暗黒エネルギーで占められていると考えられるようになった。暗黒物質の候補として「超対称性粒子」の発見も期待される。宇宙空間が四次元以上あると考える新理論の手がかりとなる新粒子や、極小のミニ・ブラックホールの生成も観察できるかもしれない。
LHCが国境を超えた国際実験であることにも注目したい。「CERN」に加盟する欧州20カ国に加え、日本、米国、ロシア、インドなどが参加している。お国なまりの英語が飛び交う研究現場は、若手研究者の国際感覚を磨く場として重要だ。
LHCの建設費は加速器と検出器を合わせて約5000億円。日本も約166億円を拠出した。この後も運用費の一部を負担することになる。経済的な観点からは「費用の割に役に立たない実験」かもしれない。だが、基礎科学の重要性は経済効果では測れない。
だからこそ留意してほしいのは、研究者が一般の人にもよくわかるように、実験の内容や成果をタイミング良く説明することだ。専門用語が飛び交う分野だけに、おもしろさを生き生きと伝える工夫をしてほしい。
LHCは、米国を中心とした加速器計画が頓挫した後に国際計画として浮上した。すでに次世代加速器の構想もある。こうした巨大な基礎科学を国際協力で進めるための試金石としても、LHCに注目したい。
毎日新聞 2008年9月13日 東京朝刊