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10年先20年先を見すえて国の姿を説くのが、あるべきリーダーの条件だ。これから総選挙で政権を争うなら、少なくとも衆院議員の任期4年間に何をどんな順序でするのか、それを具体的に示すのが最低条件である。
しかし、自民党総裁選の5人の候補者の言葉からは、その政策がさっぱり見えてこない。
たとえば麻生太郎幹事長だ。「日本経済は全治3年。あらゆる手段で支える」「目先は景気対策、中期は財政再建、中長期に改革による経済成長、3段階で臨む」と主張する。
目先の対策で強調しているのは財政出動だ。「内需の拡大、研究開発投資、農業を含め構造改革などを進めていく傍ら(痛みのある)人たちに手厚い対応が必要だ」という。ではどれほど資金を投じ、どれだけの効果を見込むか。財源をどうするか。そこはなんとも漠然としている。
他の候補も似たようなものだ。異口同音に福祉の立て直しを主張するが、「どのように」を語らなければ国民は判断のしようがない。
もともと自民党にとって今度の総裁選は、総選挙へ向け有権者の関心を盛り上げるための前哨戦、との位置づけだ。すでに党内の大勢は麻生氏で決まったといわれる。「あとは消化試合」との声さえ聞こえてくる。
すでに目は総選挙へ向いている。候補者が互いを批判せず、民主党の小沢一郎代表への批判になると急に力が入るのはそのためだろう。こんな状態では、党内での政策論争を期待する方がおかしいのかもしれない。
自民党の都合による前夜祭では付き合っていられない。そう思ってか、国民の関心ももうひとつのようだ。
しかし、次の総選挙までこんなあいまいな政策で戦うことは許されない。日本が直面する多くの難題について、いつまでに何をするか。最低でも4年間の行動計画をマニフェストに掲げてもらわなければならない。
景気の浮き沈みを超えて、少子高齢化は進んでいく。年金、医療、介護の水準を維持するのかしないのか。どう立て直し、負担をどうするか。国民が知りたいのはそうしたことだ。
政策の粗っぽさは民主党も同じだ。月2万6千円の子ども手当、農家への戸別所得補償、高速道路無料化など、たいそう気前がいい。これらには17兆〜20兆円の財源が必要になるともいわれるが、その財源を具体的に示さないままでは、自民党ならずとも首をかしげざるを得ない。
こんどは文字通り政権選択の総選挙になる。有権者がその判断を下せるだけの内容をもつマニフェストをこれからつくれるのか、これでは心配だ。
総選挙までに両党が抱えている宿題は盛りだくさんで、しかも重い。
農薬などで汚染された「事故米」の影響は、いったいどこまで広がっていくのか。またも信じがたい事実が明らかになった。
工業用ののりなどにしか使えないはずの汚染米が、あろうことか、赤飯やおこわになって、病院や特別養護老人ホーム、保育園の給食として出されていたというのだ。焼酎や日本酒、菓子にとどまらず、多くの人の口に直接入っていたことになる。
保育園などでは、残っていた米から基準を超える農薬成分が検出された。
不正の被害は、日ごとに拡大するばかりだ。流通先は数多く、騒動の発端となった「三笠フーズ」のほかに、新たに2社が汚染米を転用していた。仕入れた酒や菓子のメーカーは全国の店に並ぶ製品の回収に追われている。
安全な食べ物を売るという当たり前の商道徳は、なぜこれほど失われてしまったのか。「食の安全が保たれていない」などと、よその国を批判できる状況ではあるまい。
それにしては、農林水産省の対応は危機感が薄すぎる。
農水省は汚染米が流通した業者名の公表に積極的ではない。公表について同意が得られなかった業者名は、原則として発表していない。患者や職員らが米を食べてしまった病院名などについても、口をつぐんでいる。食品の安全衛生にかかわることは厚生労働省の管轄であり、農水省には権限がない、というのだ。
業者が被る影響を考えてのことかもしれないが、どこまで流通したかがわからなければ、消費者はいっそう不安になる。それは結果的に業界をさらに追いつめることを忘れてはいけない。
そもそも、汚染米の転用を招いた責任は農水省にもある。
転用された汚染米の大半は、農水省が業者に売り渡した輸入米だ。保管中にカビが生えたり農薬成分が検出されたりしたものだが、それを「工業用」として買い取ってくれる業者は農水省にとってありがたい存在だった。
農水省は汚染米を扱う業者の不正を見抜けなかった。その背景には、業者とのなれ合いがあったのではないか。そう勘ぐりたくもなる。
福田首相は太田農水相に流通経路の解明などを指示した。しかし、もはや当事者の農水省だけに任せてはおけない。政府は野田消費者行政担当相のもとに情報を集約し、厚労省や自治体などとも十分連携しながら事件の全容解明に総力を挙げるべきだ。
福田首相が政権を投げ出したからといって、政府が休業状態であっていいわけがない。まだ健康被害が報告されていないとはいえ、ことは国民の安全にかかわる。流通経路の解明と再発防止の対策づくりを急ぎ、一日も早く混乱を収めてもらいたい。