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2008年 9月分 放送リスト
9月3日 (水) 放送 第334回
シリーズ 日本降伏 前編
焦土に玉音が響いた ~8月15日・終戦決定までの道程~

9月10日 (水) 放送 第335回
シリーズ 日本降伏 後編
帝国最大屈辱ノ日ナリ 〜9月2日・降伏文書調印〜


第334回
シリーズ 日本降伏 前編
焦土に玉音が響いた
~8月15日・終戦決定までの道程~

放送日
本放送 平成20年9月3日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年9月8日(月)
17:15~17:58 BS-2 全国
平成20年9月9日(火)※月曜深夜
03:30~04:13 総合 全国(近畿除く)
平成20年9月9日(火)
16:05~16:48 総合 全国
平成20年9月13日(土)
13:30〜16:00 BS2
(番組「あなたのアンコール」の中で再放送)
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
スタジオゲスト保阪 正康さん(評論家・ノンフィクション作家)
インタビュー出演  長谷川 毅さん(カリフォルニア大学 教授)
キャスター松平定知
番組概要
その時:1945年8月15日 正午
出来事:昭和天皇の玉音放送がラジオで流れる
昭和20年日本が大きく舵を切った、玉音放送の「8月15日」と連合国に正式に降伏した「9月2日」。この2つの巨大な転換点に注目し、戦後日本の原点とその体質を見つめ直す2回シリーズの前編。
日本の指導者たちが「ポツダム宣言を受諾し、終戦する」という結論に至り、それを「玉音放送」で国民に知らせるまでに、延々と続けられた議論と、その間にも拡大し続けた被害を見つめ、そこから浮き彫りになる日本人の体質を探る。
番組内容や番組中に出てきた言葉など
シリーズ 日本降伏 について
今回の放送では、天皇がラジオを通して日本が終戦することを伝えた「昭和20年8月15日」をその時としてお伝えしました。シリーズ後編は、日本が降伏文書に調印した「昭和20年9月2日」をその時として、次の回でお伝えします。

8月9日午前中の会議における東郷外務大臣と阿南陸軍大臣の主張について
東郷の主張
「『国体護持』という1つだけを条件にしよう」「条件が多いと連合国が悪印象を持ち、交渉決裂のおそれがある」
阿南の主張
「『国体護持』に加えて『占領は、短期間かつ小範囲』、『武装解除』『戦争犯罪人の処罰』は日本人が行うという4つの条件を主張。1つでも欠けると『国体護持』そのものが出来ないと訴えます。」
「もしも交渉が決裂しても本土決戦の道がある。敵に一撃を加えた上で有利な講和条件を引き出し、国体護持を図るべきだ。」

東郷茂徳「時代の一面—東郷茂徳外交手記」、軍事史学会編「大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌(下)」の記述より、一部意訳しました。

8月9日 天皇に伝えられた午前中の会議の内容について
「阿南が主張した4条件でポツダム宣言を受諾することが決まった」
内大臣木戸幸一の日記「木戸幸一日記」の記述より、一部意訳しました。

8月9日 木戸幸一と重光葵の一連のやりとりについて
「重光葵『戦争を後にして』中央公論、1986年4月号」、木戸幸一の日記「木戸幸一日記」の記述より、一部意訳して構成しました。

8月9日 御前会議での鈴木総理大臣の発言について
「議論を尽くしましたが決定に至りません。誠に異例ではございますが、ご聖断を以て、この会議の結論と致したいと思います。」
藤田尚徳「侍従長の回想」より、一部意訳しました。

8月9日 御前会議での昭和天皇の発言について
「それならば私が意見を言おう。私の意見は、先ほどから外務大臣の申しているところに同意である。」
迫水久常「機関銃下の首相官邸—2・26事件から終戦まで—」より抜粋。

8月12日の閣議の内容について
東郷茂徳「時代の一面—東郷茂徳外交手記」、迫水久常「機関銃下の首相官邸—2・26事件から終戦まで—」の記述より構成しました。

8月12日午前の昭和天皇と東郷外務大臣のやりとりについて
「日本国民が決めるというなら大多数が天皇制を選ぶことは間違いないのですから、国体は少しも心配ありません」
外務省編「終戦史録(下)内、『渋沢信一手記』」より、一部意訳しました。
「そのまま応諾するよう取り運ぶがいいだろう」
「防衛庁防衛研究所戦史部監修『昭和天皇発言記録集成(下巻)』」、並びにその本が出典としている「東郷茂彦『祖父東郷茂徳の生涯』」より抜粋。

8月14日御前会議での昭和天皇の発言について
「国体問題についていろいろ疑義があるとのことであるが、私はこの回答文を通じて先方は相当好意をもっているものと解釈する。この際、先方の申し入れを受諾してよろしいと考える。」
下村海南「終戦秘史」より抜粋

陸軍幕僚たちの発言について
「政府首脳は、国体護持の責任を放棄した。それをご聖断という隠れ蓑で隠している。鈴木内閣は、天皇を犠牲にして屈服和平を強行しようとしている。」
西内雅 岩田正孝「雄誥 大東亜戦争の精神と宮城事件」より、一部意訳しました。

8月14日の閣議の内容について
迫水久常「機関銃下の首相官邸—2・26事件から終戦まで—」、迫水久常「大日本帝国最後の四か月」下村海南「終戦秘史」の内容をもとに構成しました。

東郷茂徳の短歌について
「すめろぎに 凡(すべ)てを捧げまつらむと 定めし心 今も揺(ゆる)がず」
東郷茂徳「時代の一面—東郷茂徳外交手記」より抜粋しました。

終戦後、木戸幸一が天皇に語った言葉について
「このたびの敗戦については、責任をお取り遊(あそ)ばされ、御退位遊(あそ)ばされるが至当(しとう)なりと思う。若(も)しかくの如(ごと)くせざれば、皇室丈(だけ)が遂に責任をおとりにならぬことになり、永久の禍根となるにあらざるやを虞(おそ)れる」
「木戸幸一日記」昭和26(1951)年10月17日の記述より抜粋し、一部表記をひらがなに改めました。
木戸日記は、昭和24年以降の部分は未公刊ですが、国立国会図書館の憲政資料室にマイクロフィルムの形で公開されており、 閲覧することが可能です。番組では、その史料を参照いたしました。

番組内で使用した資料
[写真]
昭和天皇(御前会議の場で使用しているもの) — 宮内庁
昭和天皇(天皇の背後に軍人が集合している写真) — 読売新聞社
東郷茂徳 — 共同通信社
阿南惟幾 — 共同通信社
木戸幸一 — 毎日新聞社
鈴木貫太郎 — 国立国会図書館
梅津美治郎 — 毎日新聞社

[史料]
ポツダム宣言、連合国への通告電報、連合国からの回答文など — 外務省外交史料館
終戦の詔書 —  国立公文書館
阿南惟幾氏 遺書 — 靖国神社
おもな参考文献
(日記・回想録)
東郷茂徳「時代の一面—東郷茂徳外交手記」原書房,2005
東郷茂彦「祖父東郷茂徳の生涯」文芸春秋,1993
鈴木貫太郎伝記編纂委員会編「鈴木貫太郎伝」鈴木貫太郎伝記編纂委員会,1960
鈴木貫太郎「終戦の表情」労働文化社,1946
迫水久常「機関銃下の首相官邸—2・26事件から終戦まで—」恒文社,1964
迫水久常「大日本帝国最後の四か月」オリエント書房,1973
迫水久常「降伏時の真相」『自由国民』1946年2月特集号
林三郎「終戦ごろの阿南さん」『世界』1951年8月号
軍事史学会編「大本営陸軍部戦争指導班 機密戦争日誌(下)」錦正社,1998
豊田副武「謬られた御前会議の真相」『文芸春秋』1951年1月号
豊田副武「最後の帝国海軍」主婦の友出版サービスセンター、1989
下村海南「終戦秘史」講談社学術文庫,1985
細川護貞「細川日記」中央公論社,1978
藤田尚徳「侍従長の回想」講談社,1961
西内雅 岩田正孝「雄誥 大東亜戦争の精神と宮城事件」日本工業新聞社,1982
H・S・トルーマン「トルーマン回顧録」恒文社,1992
イーブン・A.エアーズ「ホワイトハウス日記1945-1950」平凡社,1993
佐藤元英・黒沢文貴編「GHQ歴史課陳述録—終戦史資料(上下)」原書房,2002
など

(参考文献)
外務省編「終戦史録(1〜6)」北洋社
外務省編「日本の選択 第二次世界大戦終戦史録(上下)」山手書房新社
江藤淳監修|栗原健|波多野澄雄編「終戦工作の記録(上下)」講談社文庫
参謀本部所蔵「敗戦の記録」原書房,1967
小山仁示訳「日本空襲の全容」東方出版,1995
森松俊夫監修「『大本營陸軍部』大陸命・大陸指総集成 10巻」エムティ出版,1994
防衛庁防衛研修所戦史室「大本營陸軍部 <10>-昭和二十年八月まで-」朝雲新聞社,1975
Samuel Eliot Morison ”HISTORY OF UNITED STATES NAVAL OPERATIONS IN WORLD WAR II volume XIV  Victory in the Pacific 1945 ” LITTLE, BROWN AND COMPANY・BOSTON, 1975
 
長谷川毅「暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏」中央公論新社,2006
保阪正康「新版 敗戦前後の日本人」朝日新聞社,2007
秦郁彦「八月十五日の空」文春文庫,1995
半藤一利「決定版 日本のいちばん長い日」文春文庫,2006
半藤一利「聖断 昭和天皇と鈴木貫太郎」PHP研究所,2006

五百旗真「日本の近代6 戦争・占領・講和 1941〜1955」中央公論新社,2001
戸部良一「日本の近代9 逆説の軍隊」中央公論新社,1998
伊藤之雄「日本の歴史 第22巻 政党政治と天皇」講談社,2002

仲晃「黙殺 ポツダム宣言の真実と日本の運命(上下)」NHKブックス891,2000
佐藤卓己「八月十五日の神話—終戦記念日のメディア学」ちくま新書544,2005
纐纈厚「『聖断』虚構と昭和天皇」新日本出版社,2006
山田朗 纐纈厚「遅すぎた聖断—昭和天皇の戦争指導と戦争責任—」昭和出版,1991
田中伸尚「ドキュメント昭和天皇 第5巻 敗戦(下)」緑風出版,1988
茶園義男「密室の終戦詔勅」雄松堂出版,1989
北沢文武「児玉飛行場哀史」文芸社,2000
昆野伸幸「近代日本の国体論」ぺりかん社,2008/08/13
角田房子「一死、大罪を謝す」新潮社,1980
沖修二「阿南惟幾伝」講談社,1970
雑誌「丸」編集部編「写真|太平洋戦争<第9巻>」光人社NF文庫,1995
など


第335回
シリーズ 日本降伏 後編
帝国最大屈辱ノ日ナリ
〜9月2日・降伏文書調印〜

放送日
本放送 平成20年9月10日 (水)
22:00〜22:43 総合 全国
再放送 平成20年9月13日(土)
13:30〜16:00 BS2
(番組「あなたのアンコール」の中で再放送)
平成20年9月16日(火)※月曜深夜
03:00~03:43 総合 全国(近畿除く)
平成20年9月20日(土)
10:05~10:48 総合 近畿のみ ※番組編成により休止の場合あり
※再放送の予定は変更されることがあります。当日の新聞などでご確認ください。
出演者
スタジオゲスト保阪 正康さん(評論家・ノンフィクション作家)
インタビュー出演  長谷川 毅さん(カリフォルニア大学 教授)
吉田 裕さん(一橋大学 教授)
吉野 実さん(当時の厚木海軍航空隊整備長)※1996年撮影
キャスター松平定知
番組概要
その時:昭和20(1945)年9月2日
出来事:米戦艦ミズーリで日本と連合国が降伏文書に調印
昭和20年「8月15日」と「9月2日」という2つの転換点を描く2回シリーズ。後編は玉音放送以後、日本が連合国に正式に降伏した9月2日の降伏文書調印に至る、知られざる19日間をひもとく。日本史上例のない国際的な降伏手続き。予測のつかない連合国からの要求・指示や、降伏を認めようとしない人々の抵抗により、指導者たちの対応が混迷を深めるなか、運命の調印が近づく—。
番組は、降伏文書調印までに何が起きたのかを克明に描き、戦後の日本人が抱える意識の原点を見つめ直す。
番組内容や番組中に出てきた言葉など
シリーズ 日本降伏 について
今回の放送では、日本が降伏文書に調印した「昭和20年9月2日」をその時としてお伝えしました。シリーズ前編では、天皇がラジオを通じて日本が戦争を終結することを伝えた「昭和20年8月15日」をその時として、前回お伝えしました。

降伏文書の内容について
英語では「Instrument of Surrender」。降伏文書では、ポツダム宣言の受諾と履行を定めた条項のほか、日本軍の無条件降伏、軍隊と国民の敵対行為の停止など8項目の規定がなされています。
日本側は外務大臣・重光葵と参謀総長・梅津美治郎が調印し、連合国側は連合国軍最高司令官のダグラス・マッカーサーのほか、9カ国の代表が調印をしています。

8月17日に開かれた会議ついて
東久邇稔彦「東久邇日記」より、8月17日に開かれた最高戦争指導会議に関する記述をもとに構成しました。
議題となったアメリカからの通告文の内容は、外務省外交史料館所蔵の原文より一部意訳して紹介しました。

軍部が出した命令文書の内容について
陸軍が8月18日に出した「大陸命第千三百八十五号」、海軍が8月19日に出した「大海令第五十号」より。
一部意訳して紹介しました。

8月19日 厚木の部隊による河辺虎四郎一行の搭乗機への追撃について
当時の隊員への聞き取りをもとにした相良俊輔「あゝ厚木航空隊」の内容を中心に、河辺虎四郎「河辺虎四郎回想録 市ヶ谷台から市ヶ谷台へ」、横山一郎「海へ帰る−横山一郎海軍少将回想録−」を参考にして構成しました。

マニラでの日本と連合国との打ち合わせのやりとりについて
河辺虎四郎「河辺虎四郎回想録 市ヶ谷台から市ヶ谷台へ」、横山一郎「海へ帰る−横山一郎海軍少将回想録−」の内容をもとに構成しました。

厚木の航空隊説得を巡るやりとりについて
東久邇稔彦「東久邇日記」、高松宮宣仁親王「高松宮日記」の内容を中心に、松村謙三「三代回顧録」、有末精三「ザ・進駐軍 有末機関長の手記」の内容を参考にして構成しました。

「SURRENDER」の日本語訳に対する閣僚の言葉について
「降伏という文字はいかにも屈辱的だ」
重光葵「重光葵 手記」より、一部意訳しました。

「SURRENDER」の日本語訳が記された文書ついて
「降譲」の訳は、防衛省防衛研究所所蔵、8月24日「対外措置委員会(陸軍省と参謀本部合同の終戦処理委員会)」の文書、「降服」の訳は、外務省外交史料館所蔵、8月26日「連合国側提案文書中ノ字句二対スル帝国政府ノ見解」と題された文書に記述されています。

降伏文書調印の全権委員を巡っての閣僚の言葉について
「降伏文書の調印にあたることは 公人としては破滅を意味し 軍人としては自殺を意味するとさえ考えられた」
重光葵「昭和の動乱 下巻」より抜粋し、一部表記をひらがなに改めました。

降伏文書調印の全権委員決定までのやりとりについて
重光葵「重光葵 手記」「続 重光葵 手記」の内容を中心に、河辺虎四郎「河辺虎四郎回想録 市ヶ谷台から市ヶ谷台へ」、東久邇稔彦「東久邇日記」の内容を参考にして構成しました。

8月28日 東久邇宮総理大臣の記者会見での発言について
「この際 私は軍官民 国民全体が徹底的に反省し懺悔(ざんげ)しなければならぬと思う。全国民総懺悔することが わが国再建の第一歩であり わが国内団結の第一歩と信ずる。」
昭和20年8月30日付け「朝日新聞」、「読売新聞」など、当時の東久邇宮の発言を記述したものをもとに構成しました。

9月1日 天皇から梅津への言葉について
「愉快ならざる大任 心中の苦衷を察す 之(これ)已(や)むを得ざる所 お国の将来のための第一歩である 之を終了するも尚(なお) 将来にわたり克(よ)く朕(ちん)を輔(たす)けてくれ」
宮崎周一「大本営陸軍部作戦部長 宮崎周一中将日誌」より抜粋し、一部表記をひらがなに改めました。

9月2日 降伏文書調印に関する言葉について
「帝国史上ノ最大屈辱ノ降伏調印ノ日ナリ」
宮崎周一「大本営陸軍部作戦部長 宮崎周一中将日誌」より抜粋しました。

降伏文書調印後の国民の様子に関する県知事の記録について
「敗戦気分見受けられざる状況にありたるも 降伏全文発表により悲痛なる面持ちにて放心落胆の状態にあり」
粟屋憲太郎編「資料日本現代史 2」掲載、三重県知事の「降伏条件調印に伴ふ部民の動向に関する件」より抜粋し、一部表記をひらがなに改めました。

番組内で使用した資料
[写真]
昭和天皇 — 宮内庁
昭和天皇(天皇の背後に軍人が集合している写真)— 読売新聞社
高松宮宣仁親王 — 文殊社
東久邇宮稔彦王 — 朝日新聞社
東久邇宮稔彦王(記者会見での写真)— 読売新聞社
河辺虎四郎 — 読売新聞社
梅津美治郎 — 毎日新聞社
近衛文麿 — 国立国会図書館
ダグラス・マッカーサー — 文殊社

[史料]
ポツダム宣言、降伏文書、連合国から受け取った文書など — 外務省外交史料館
終戦の詔書 —  国立公文書館
大陸命(軍部が出した命令文書)— 防衛省防衛研究所
おもな参考文献
(日記・回想録)
東久邇稔彦「東久邇日記 日本激動期の秘録」徳間書店,1968
東久邇稔彦「一皇族の戦争日記」日本週報社,1957
東久迩宮稔彦「私の記録」東方書房,1947
高松宮宣仁親王「高松宮日記 第八巻」中央公論社,1997
木戸幸一「木戸幸一日記 下巻」東京大学出版会,1966
重光葵「重光葵 手記」中央公論社,1986
重光葵「続  重光葵 手記」中央公論社,1988
重光葵「昭和の動乱 下巻」中央公論社,1952
松村謙三「三代回顧録」東洋経済新報社,1964
緒方竹虎伝記刊行会「緒方竹虎」朝日新聞社,1963
豊田副武「最後の帝国海軍」主婦の友出版サービスセンター,1989
梅津美治郎刊行会「最後の参謀総長梅津美治郎」芙蓉書房,1976
河辺虎四郎「河辺虎四郎回想録 市ヶ谷台から市ヶ谷台へ」毎日新聞社,1979
横山一郎「海へ帰る−横山一郎海軍少将回想録−」原書房,1980
宮崎周一「大本営陸軍部作戦部長 宮崎周一中将日誌」錦正社,2003
加瀬俊一「加瀬俊一回想録 下」山手書房,1986
加瀬俊一「ミズーリ号への道程」文芸春秋新社,1951
富岡定俊「開戦と終戦 人と機構と計画」毎日新聞社,1968
岡崎勝男「戦後二十年の遍歴」中公文庫,1999
下村海南「終戦秘史」講談社学術文庫,1985
有末精三「ザ・進駐軍 有末機関長の手記」芙蓉書房,1984
細川護貞「細川日記」中央公論社,1978
H・S・トルーマン「トルーマン回顧録」恒文社,1992
ダグラス・マッカーサー「マッカーサー回想録 下」朝日新聞社,1964
毎日新聞図書編集部訳編「太平洋戦争秘史 米戦指導者の回想」毎日新聞社,1965
など

(参考文献)
内閣制度百年史編纂委員会編「内閣制度百年史 下巻」大蔵省印刷局,1985
外務省編「日本外交年表竝主要文書 下」原書房,1966
外務省編「終戦史録(4〜6)」北洋社
外務省編「日本の選択 第二次世界大戦終戦史録(上中下)」山手書房新社,1990
江藤淳編「占領史録(上下)」講談社学術文庫,1995
江藤淳監修|栗原健|波多野澄雄編「終戦工作の記録(上下)」講談社文庫,1986
林茂・辻清明編「日本内閣史録 5」第一法規,1981
鈴木九萬監修「日本外交史 26」鹿島研究所出版会,1973
荒敬編「日本占領・外交関係資料集 第1巻」柏書房,1991
森松俊夫監修「『大本營陸軍部』大陸命・大陸指総集成 10巻」エムティ出版,1994
史料調査会編「大海令」毎日新聞社,1978
防衛庁防衛研修所戦史室「戦史叢書 大本營陸軍部 <10>」朝雲新聞社,1975
防衛庁防衛研修所戦史室「戦史叢書 大本營海軍部・聯合艦隊 <7>」朝雲新聞社,1976
防衛庁防衛研修所戦史室「戦史叢書 本土方面海軍作戦」朝雲新聞社,1975
服部卓四郎「大東亜戦争全史」原書房,1965
中尾裕次編「昭和天皇発言記録集成(下巻)」芙蓉書房出版,2003
山極晃・中村政則編「資料日本占領1 天皇制」大月書店,1990
粟屋憲太郎編「資料日本現代史2 敗戦直後の政治と社会」大月書店,1980
GHQ参謀第2部編「マッカーサーレポート 第1巻」現代史料出版,1998

日本外交学会編「太平洋戦争終結論」東京大学出版会,1958
藤原彰・粟屋憲太郎・吉田裕編「最新資料をもとに徹底検証する 昭和20年/1945年」小学館,1995
保阪正康「新版 敗戦前後の日本人」朝日新聞社,2007
長谷川毅「暗闘 スターリン、トルーマンと日本降伏」中央公論新社,2006
吉田裕「昭和天皇の終戦史」岩波新書,1992
佐藤卓己「八月十五日の神話—終戦記念日のメディア学」ちくま新書,2005
竹前栄治「GHQ」岩波新書,1983
竹前栄治「占領戦後史」岩波現代文庫,2002
荒敬「日本占領史研究序説」柏書房,1994
五百旗頭真「日本の近代6 戦争・占領・講和 1941〜1955」中央公論新社,2001
五百旗頭真「20世紀の日本3 占領期−首相たちの新日本」読売新聞社,1997
神田文人「昭和の歴史8 占領と民主主義」小学館,1983
河原匡喜「マッカーサーが来た日 8月15日からの20日間」新人物往来社,1995
相良俊輔「あゝ厚木航空隊」光人社,1980
など

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