さる1月24日、米国のテレビ業界を驚かせる大きなニュースが飛び込んできました。地上波TVの大手、CBSとタイムワーナーという2つのネットワークの傘下にあるテレビ局2社が統合するというものです。具体的には、CBS系列である「UPN」とタイムワーナーの系列の「WB」という2つの放送局が9月をメドに経営統合し、新テレビ局「CW」を設立すると発表されたのです。ネットワーク2社が合併によって1つになるというわけです。
こうした動きは、テレビ局の大きな“商品”でもあるテレビドラマにも影響を与えることも考えられ、視聴者としては気にならざるを得ません。今週はそのあたりを考察してみましょう。
米国には現在6大ネットワークがあると、このコラムでは何度も書いてきました。米国でいうところのネットワークとは、地上波、無料、全国ネットを意味しています。TV放送が始まってから90年代までの40年間、ネットワークというとABC、CBS、NBCの3社を指していました。その後、90年代に入り、映画会社のワーナー・ブラザース社がWBを、20世紀フォックス社がFOXチャンネルを、さらにパラマウント社がUPNというネットワークを立ち上げ、6大ネットワークとなり多チャンネル化が進んだのです。
この多チャンネル化によって各社とも熾烈(しれつ)なシェア争いを強いられ、それまで“ドラマのABC”とか、“報道のCBS”とか、それまで各放送局の特徴を言い表していたキャッチコピーが無くなるような変貌(へんぼう)を遂げざるをえなくなりました。たとえば60年代から80年代にかけてCBSでは、世論調査で“大統領よりもその発言に信頼がおける”と言われた名ジャーナリスト、ウォルター・クロンカイトがキャスターとして活躍する報道番組『CBSドキュメント』(原題:60 Minutes/68〜)が高い視聴率を誇り、クロンカイトの後継者ダン・ラザーもそうした報道路線を守ってきました(この番組は今でも週間視聴率でベスト20に入っています。ちなみに週2回の放送です)。しかし、90年代初頭の湾岸戦争を契機に、報道は24時間ニュースを配信し続ける有料のケーブル局CNNなどに人気が集まるようになったのです。報道力の低下で視聴者離れを危惧(きぐ)したCBSは、その後、本格的にドラマ制作に乗り出します。2000年には映画界から大物プロデューサー、ジェリー・ブラッカイマーを迎え『CSI:科学捜査班』(原題:CSI:Crime Scene Investigation/00〜)や『FBI 失踪者(しっそうしゃ)を追え!』(原題:WITHOUT A TRACE/02〜)をスタートさせたところ大ヒット。高視聴率を誇り、ABCの牙城を脅かすようになりました。
もっともABCも負けてはいません。一昨年、劇場映画並みの巨費を投じて未知の島に墜落した人々のサバイバルを描く『LOST』(04〜)と『デスパレートな妻たち』(原題: Desperate Housewives/04〜 NHKBS2で毎週水曜よる10時から放送中)をスタートさせ、ともに大きな話題を呼ぶことになりました。
昔からのネットワークであるNBCには『ER 緊急救命室』(原題:er/93〜 NHKBS2で毎週月曜よる10時から、第10シリーズが放送中)と『ロー・アンド・オーダー』(原題:LAW AND ORDER/90〜)シリーズという人気作があるものの、他のドラマはあまりふるっていないようです。
FOXは『X−ファイル』(原題:The X−Files/93〜02)で知名度をあげ、いまも『24』(1月から第5シリーズが始まりました。最初の放映週は2時間のプレミアを変則的に2回、4時間分放送し、話題になりました。今回の設定はシリーズ4から1年半後が舞台です。)が注目されています。
一方、UPNは『スタートレック エンタープライズ』(原題:STAR TREK ENTERPRISE/01〜05)など、知名度のあるシリーズを放送してきましたが、視聴率競争では他局に大きく遅れをとっていました。また、UPNはネットワークをうたいながらも、山間部では電波状態が悪く受信不可能な地域もあったのもネックになっていました。
こうした中での、UPNとWBネットワーク2社が経営統合、新テレビ局「CW」を設立するというニュースが入ってきたわけです。日本でいうと、規模や細かな状況は違いますが、民放の在京キー局の2つが合併するようなことをイメージしていただければいいでしょうか・・・。当然、大きな波紋を呼んでいます。
新ネットワークとなるCWは、CBSを傘下に持つCBSコーポレーションとタイムワーナー子会社のワーナー・ブラザーズ・エンターテインメント(WBE)が50%ずつ出資することになっています。首脳陣はUPN出身者が社長、WB出身者が最高執行責任者(CEO)に就く予定になっています。
たしかにUPNとWBは米国6大ネットワークの中では、視聴者の占有率で行くと下位2社にあたり、近年ケーブルテレビやインターネットメディアとの競争で視聴者や広告収入が減少して赤字が続いているうえ、今後実施される放送のデジタル化に伴う出資が重荷となっていました。つまり、両社は統合によってネットワークとしての力を強化し、生き残りをはかろうとしているようです。UPNの親会社であるパラマウント社は、昨年、スピルバーグが所有していた映画制作会社ドリームワークスを買収していますが、今回のWBとの合併という一連の流れは、CBSやパラマウントの親会社であるコングロマリット(業種の違う複数の会社が結びついて出来た複合企業のこと)=バイアコム社が、メディア部門の強化に本格的に乗り出したともいえるのではないでしょうか? なお、UPNとWB両局はこの秋の番組改編期まで放送を続け、その後、統合されCWがスタートする予定になっています。これでこの秋からは米国の地上波ネットワークはABC、NBC、CBS、FOX、そしてCWの5つになるわけです。
さて、ドラマファンとして気になるのは現在放送中の番組がどうなるかという点です。UPN、WBの両局とも、これまでいわゆるヤングアダルト路線を打ち出した番組作りをしてきたのが特徴です。たとえばWBは『バフィー 恋する十字架』(原題:Buffy the Vampire Slayer/97〜03)、UPNは昨年映画化もされた『FireFly』(01)などがあります。また、現在は、WBでは『ヤング・スーパーマン』(原題:Smallville/01〜)、超自然現象に立ち向かう兄弟の活躍を描く『Supernatural』(05〜)、女の子2人が主人公のコメディ『Gilmore Girls』(00〜)といった番組が人気作ですし、UPNもアクションドラマ『Veronica Mars』(04〜)やヒットコメディー『Everybody Hate Chris』(05〜)、『Girlfriends』(00〜)などが好調です。日本でも既に紹介されたものもあるのですが、こうした作品はどうなるのでしょうか?
CBS幹部のレスリー・ムーンヴェスは同社ホームページにて「合併により、さらに良い番組を送り出せると思う。メジャー局の人材も取り込める。UPNは長年赤字だったが、CBS傘下なら短期間で取り戻せる」と語っており、番組自体は視聴率の良いWB作品が多く継続されそうです。いずれにしてもこの夏には新ネットワークCWの全貌(ぜんぼう)がはっきりするでしょう。
予断は許しませんが、せっかく好調な番組を簡単に終了させてしまうとは思えませんから、ファンとしては、お気に入りの作品が継続されることを祈りたいものです。
日本では、こうした全国放送同士の合併という事態はなかなか想像し難いものがありますが、米国メディア業界のダイナミズムについて感じていただけるお話ではないでしょうか?
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