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木 THURSDAY
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木:海外ドラマに夢中!

「『ER』を手がける海外ドラマ翻訳のパイオニア、木原たけしさんの仕事〜後編〜」(by 岸川 靖)

No.102 2006.04.27

木原たけしさんは、外国TVドラマ翻訳のパイオニアの一人であり、現在も現役として活躍される大ベテランです。おそらく、日本で海外ドラマを楽しんだ人なら、一度は目にしたことのあるお名前なのではないでしょうか? 前回は、その生い立ちと、業界に入ったきっかけなどを紹介しました。今週は、それを受けて、現在も放送が続く『ER 緊急救命室(第11シリーズをBS2 月曜夜10時放送中 第7シリーズを5月2日まで、BShi 月〜金 午後5時放送中)』についての話題を、ご本人から伺ったお話を中心にお送りします。前編をまだお読みになっていない方は、バックナンバーも合わせてどうぞ。

翻訳の仕事を専門に手がけるようになった木原さんは、演劇で培った言葉のリズムを生かした翻訳台本に加え、仕事の速さと的確さで、次々と作品を手がけるようになります。

60年代から80年代にかけて、木原さんが翻訳を手がけた主な作品タイトルを挙げてみると、実にたくさんの作品が並びます。
『ミステリー・ゾーン』、『シェーン』、『サンダーバード』、『サンセット77』、『ラットパトロール』、『奥様は魔女』、『タイムトンネル』、『インベーダー』、『宇宙大作戦』、『謎の円盤UFO』、『トラック野郎B・J』、『チャーリーズ・エンジェル』、『宇宙空母ギャラクティカ』『バイオニック・ジェミー』、『特攻野郎Aチーム』、『ナイトライダー』、『探偵ハート&ハート』、『V(ザ・ビジター)』・・・等々、どうです? 皆さんの観(み)たことのある作品、お好きな作品は、絶対あることと思います。本当に多くの作品があります。しかも、木原さんの場合、SFものからコメディ、警察ものまで、その守備範囲が広いのも特徴です。
これらはもちろん、木原さんの仕事の一部で、翻訳台本の他にも映画の字幕などでも、たくさんの作品を手がけられていらっしゃいます。
さて、こうした作品についてのお話も面白いのですが、それはまたの機会にして、今回は皆さんお待ちかねの『ER 緊急救命室』についてのお話を紹介いたしましょう。

木原さんが、翻訳を担当した作品のことで、人から話題にされるのは『奥様は魔女』のことがいちばん多いそうですが、その次に話題になるのは『ER 緊急救命室』だそうです。
さらに木原さん自身がいちばん苦労した(している)作品ということになると、『ER〜』だといいます。

「並大抵の苦労じゃないですね。セリフのスピードが速いので、とても入りきらない。それをいかに要約して入れるか。セリフも(キャラクター同士で)かぶっているので至難の業です」(木原)

確かに『ER〜』は、他の海外ドラマに比べてセリフも多く、しかも、手術シーンなど、急を要する事態が多いので、自然と早口の会話が多くなります。木原さんによると吹き替え用のアフレコ台本のセリフ量は、同じ長さのドラマと比べると倍近くあるのだそうです。
さらに苦労するのは、医学ドラマであるだけに専門用語が多いということ。

「一般的に耳慣れない医学用語もありますが、そのあたりは(医学専門の監修者との話し合いで)正確にやるというのが条件なので、一般的な言葉でなくても、正しい医学専門用語を使う。わからなければ、わからないで良い。全部見ていれば、だいたいこんなことかなぁと、わかってきますから・・・。“大動脈乖離(かいり)”なんていわれても、何だかよくわからないでしょうが、見ているとどこかが破れたのかなと、なんとなくわかる。医学用語はほぼ完璧だと思いますよ。現場で使っているものをそのまま使っています」(木原)

ところで、こうした海外ドラマを翻訳しているときは、吹き替える役者さんを想定しているのでしょうか? その点について、木原さんはこう答えてくれました。

「翻訳の時点で、誰の声にするかは想像しながらやっています。だぶってきちゃうんですよ。『ER〜』の場合は、レギュラーも決まっているので、特にそうですね。知っている人ならわかりますが、初めて使う人の場合は、シリーズものなら最初にスタジオに行って声を聞くと、ああこんな感じかとわかってくる。でも、スタジオで聞くのとOA(オンエア=実際の放送)とでは感じが違うんです。だから、OAを見て改善点をつかんだりもします。ブレス(息継ぎ)やタイミングは、もちろん意識していますよ。自分で(完成した台本を)音読しています」(木原)

映画やテレビドラマの翻訳上の苦労は、他にもあるそうです。

「意味はわかるけど、日本語にしにくい言葉もあります。ある固有名詞を、アメリカから帰ってきた人に聞くようなことはある。子供の玩具らしいのだけど、はっきりしなかったので、聞いてみたら大流行した着せ替え人形のことだった。向こうの人は、固有名詞を出して何かを表現してくるときがあるんですよ。ただ、固有の商品名は出しにくいので、そのあたりをどうするかもポイントです。
ただ、こうした用語などについては、今はインターネットで調べやすくなりましたね。便利だなと思ったのは、NHKで杉原千畝の番組をやったとき。彼が有名になる前で、いろんな賞をもらっていたけど、賞の名称をどういうふうに訳せばいいのかわからなかった。ネットで調べたら邦訳が全部出てきて、とても便利だと思いました」(木原)

「昔は、テレビ放送のための日本語版を作るときは、年代などのデータは映画専門誌などを調べるしかなかったので、バックナンバーを山ほどそろえていました。また、年鑑で制作年や日本公開年の帳尻をあわせたり(現在と違い、昔は、映画や海外ドラマの基礎的な情報が、媒体によって違っていたりすることがよくあったので、正確を期そうとするとこのような作業が必要になったのです)、登場人物の名前や人間関係でわかりにくいのがあると、そういう資料を頼りに、これは兄弟で、こっちが姉さんだとか、調べるわけです。兄弟姉妹は、英語だとどっちだかわからないとき(“brother”と“sister”のみですから)があるので、そういう場合はできるだけぼかしてやるしかありません。映像で顔を見て、こっちの方が老けているから姉さんかなと思っていると、違ったりする(笑)。映画だけじゃなく、一度『ER〜』でもあったんです。アビーの弟(エリック)が出てくるんですが、最初は“兄さん”としていたら、実は弟だった。かなり後のエピソードになって、“younger brother”とはっきり出てきちゃったんです。幸いまだ放送前だったので、演出の佐藤敏夫さんにすぐ連絡して、録り直ししていただきました。日本だと姉、兄、弟、妹と、ちゃんと書いてあるからいいんですけどね(苦笑)・・・。ただ、長くやってると、そうした専門誌の分量もものすごいものとなってしまい(保管場所にも困るため、一部処分せざるを得なくなるなど)維持するのが難しくなってきた。そこへ、ネットの普及が起こったのは助かりましたね。とはいえ、“違っている”という指摘が来ても、“専門誌にはこう書いてあるから”と、反論や言い訳には使っていましたがね・・・(笑)。」(木原)

現在放送中の『ER〜』第11シリーズ(BS2 月曜夜10時)の見どころはどこなのかも伺ってみましょう。

「うーん(苦笑)。何を言ってもネタバレになるから秘密です(笑)。ただ、今シーズンの注目キャラはカーター君ですとだけは言っておきましょう。いまはアフレコも終了して、DVD用の字幕作業の翻訳をやっています。これはこれで、台本の翻訳とはまた違った難しさがあります。ちなみに現在NHKの放送で付いている字幕は、私が訳した台本を参考に制作側で要約したものです。」(木原)

最後に失礼ながらシリーズを長年やってきて飽きないのでしょうか? また視聴者の方にメッセージがありましたらとのお願いに、こうお答えしてくれました。

「長年やっていると、確かに“これは前と同じような展開だけど、シチュエーションが違うな”とか思うエピソードもありますネ(苦笑)。でも、キャラクターも違うし、展開も異なりますから気にはならないです。また、新しい医療機器や医薬品なども登場するので、マンネリにならないと思っています。今までずっとやってきて、とても愛着のあるシリーズです。途中、病気にもなって、もう辞めたいと思ったこともありましたが、ここまできたら最後までつきあいたいと思っています。視聴者の皆さんも最後までお付き合い下さい。」


よく、日本のドラマや映画の吹き替え技術は、世界の中でもトップレベルだということが言われます。その技術を長く中心で支えてこられた一人が木原たけしさんです。これからも木原さんの活躍にご期待下さい。

写真右上…木原たけしさん
写真左下…木原さんの仕事場


岸川 靖(きしかわ・おさむ) 岸川 靖(きしかわ・おさむ)

1957年、東京生まれ。編集者・ライター。雑誌「幻影城」編集を皮切りに執筆をはじめ、海外ドラマ、特撮映画等の著書多数。
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