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社説

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イラク撤収―自衛隊派遣は何を残した

 イラクに派遣されている航空自衛隊が年内に引き揚げることになった。2年前には、南部サマワで活動していた陸上自衛隊が撤収している。4年を超えたイラクへの自衛隊派遣に、ようやく幕が引かれる。

 政府が撤収の方針を決めたのは、自衛隊がイラクで活動する根拠となっている国連安保理決議が年内で切れるという事情が大きい。米国も駐留軍を削減する方針を打ち出した。そろそろ潮時であり、撤収しても対米関係にひびは入るまいと踏んでのことだろう。

 だが、初めからこの自衛隊派遣には無理があった。

 イラクで戦闘に巻き込まれ、「海外で武力行使をしない」という憲法の大原則に反してしまう事態もありえた。そもそも、イラク攻撃に国際的な正当性があるかも疑わしかった。

 その後、開戦の大義とされた大量破壊兵器の存在も、アルカイダとのつながりもなかったことを、米国自身が認めざるを得なかった。そうした事実にまともに向き合わず、ずるずると派遣を続けてきた小泉首相や以後の歴代政権の責任は重い。

 自衛隊の派遣は、確かにブッシュ政権から高い評価を得た。だが、一方で日本に大きな傷跡を残している。

 7年前の9・11テロ以来、国際テロをどう封じ込めていくか、世界は難しい問題に直面した。なのに、日本政府の対応はイラクへの自衛隊派遣で対米関係を良好に保とうという一点に集中し、日本はどのような形で国際責任を果たすべきなのかという議論が、対米協力論の中に埋没してしまった。その後遺症は今も続く。

 また、世論が分裂する中で、無理に無理を重ねた憲法解釈で自衛隊を出したツケもある。

 「自衛隊が活動する地域は非戦闘地域」というむちゃな論理。自衛隊機が武装した他国の兵員を運んでいるのに、武力行使とは一体化していないという主張。これらは今年4月の名古屋高裁の判決の中で厳しく批判され、イラク派遣は「違憲」とされた。

 強引な政府解釈に対する国民の素朴な疑問に答える判決でもあったろう。

 航空自衛隊の輸送機が実際に何をどれだけ運び、どんな作戦を支援していたか、政府は今なお具体的に明かそうとしない。政府は国民にきちんと説明する責任があるし、国会も自衛隊の活動を検証すべきだ。

 さらに、イラク派遣に自衛隊のエネルギーを集中したあまり、それ以外の地域の平和構築活動に極めて消極的になってしまった。

 憲法の下で日本ができる協力はほかにも多くある。インド洋での給油問題に関心が集まるアフガニスタンについても、より広い視点から支援のあり方を考える時だ。

川辺川ダム―撤退のモデルケースに

 走り出したら止まらない。そんな巨大公共事業の代表格だった熊本県の川辺川ダムが、建設中止に追い込まれる可能性が高くなった。

 蒲島郁夫知事が県議会で「ダムによらない治水対策を進め、川と共生するまちづくりを追求したい」と反対を表明したのだ。

 川辺川ダムは国土交通省が計画を進める九州で最大級のダムだ。河川法では「知事の意見を聴かなければならない」と定められているだけだが、さすがに知事の反対は無視できないのだろう。国交省は「今回の判断を重く受け止める」という談話を出した。

 国交省はただちにダムから撤退し、川床を深くしたり遊水池をつくったりする治水対策に手をつけるべきだ。

 川辺川ダムの建設には、もともと無理があった。治水と利水、発電の多目的ダムとして40年以上も前に計画されたが、農業用水を供給する利水と発電からは撤退していた。350億円だったはずの事業費は3300億円にまでふくらんだ。清流が失われる、と地元の漁協や住民が反対し、完成のめどすら立たなくなっていた。

 そんななかで、今春の知事選に立候補した蒲島氏は「半年後にダムの是非を判断する」と述べ、当選した。この間に有識者会議を開き、ダムの必要性を吟味した。建設予定地の相良村の村長、治水の恩恵を受けると言われた人吉市の市長が反対を表明した。

 ダムを造るにはあと1千億円以上かかる。熊本県の負担は300億円以上になる。熊本県は財政難に陥っており、知事自身が月給を100万円カットしているぐらいだ。そんな財政事情も判断の根拠となったのだろう。

 ここで引き返す勇気をきっぱりと示した蒲島知事の決断を評価したい。

 気になるのは「五木の子守唄(うた)」で有名な水没予定地域の振興策だ。住民の多くは村内の高台や村外に移転している。国交省からは「建設中止の場合、生活再建の支援はできない」との声が漏れてくるが、とんでもない話だ。

 ダムの本体は未着工で、まだ清流は流れている。地元の意向に沿って道路の建設や農地の確保などを進めるのはもちろんのこと、残された自然を活用する振興策を探ってはどうか。政府はきちんと財源の手当てをすべきだ。

 国交省が全国で計画を進める約150のダムの総事業費は9兆円を超える。国家財政が危機なのに、なかなか見直そうとしない。関西の淀川では、専門家や住民でつくる流域委員会が四つのダム計画に待ったをかける意見を出したのに、国交省は無視してダム建設の計画案を発表している。

 いまこそ、すべてのダム計画を再点検し、必要性の低いダムから撤退していくべきだ。川辺川ダムからの撤退をそのモデルケースにしたい。

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