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特集ワイド:麻生太郎氏の原点 放言癖も血筋か

 ◇因縁の67歳、祖父・吉田茂元首相にどれぐらい肉薄?

 史上最多の5人が立候補した自民党総裁選が始まった。事前の世論調査では、4度目の挑戦となる麻生太郎幹事長(67)の人気が断トツだ。その麻生氏は、政治家としての原点という祖父・吉田茂元首相にどれぐらい迫っているのか。【大槻英二】

 「一番の強み? うーん、経験かなあ」。10日午後、自民党本部での総裁選立候補者による共同記者会見。他の候補に勝る点を問われた麻生氏は、額にしわを寄せながら余裕たっぷりに答えた。掲げる政権構想のタイトルは「日本の底力-強くて明るい日本をつくる」。

 <実はこの「日本の底力」、祖父・吉田茂がたびたび述懐していた言葉でした。(中略)第一線で復興に尽力した祖父は「日本人のエネルギーというのはとてつもないものだ。日本人には底力がある」と、事あるごとに語っていたのを鮮明に覚えています>。麻生氏は著書「麻生太郎の原点 祖父・吉田茂の流儀」(徳間文庫)でそう書いている。

 吉田元首相は1951年、サンフランシスコ講和条約と日米安保条約に調印。ソ連(当時)も含めた全面講和か、米国を中心とした多数講和か、国論が真っ二つに割れる中、後者の道を選び、戦後日本の復興、繁栄の基礎を築く。「ワンマン宰相」の異名をとり、官僚出身の議員を側近に置いて「吉田学校」と呼ばれた。麻生氏の母は吉田元首相の三女、和子さん。初孫の麻生氏は、神奈川県大磯町の吉田邸で、葉巻をくゆらす祖父のひざの上にのせられ、可愛がられたという。

 46年5月、第1党自由党の鳩山一郎総裁が連合国軍総司令部(GHQ)に公職追放され、後継指名を受ける形で首相の座を射止める。67歳だった。麻生氏も現在、同じ年齢なのは因縁か。

 最後の第5次吉田内閣の時、首相番記者だった政治評論家の三宅久之さんは「吉田さんは今みたいにぶら下がり取材に応じることは全くなく、近づくと、お供の者にシッシッと追っ払われる野良犬のような扱いを受けました。退陣が決まった時は、官邸記者クラブで万歳三唱が起きたぐらいです。吉田株が上がったのは、その後、池田勇人、佐藤栄作と『吉田学校』の生徒たちが首相になってからでしょう」と振り返る。

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 麻生氏のもうひとつの原点、福岡県飯塚市を訪ねた。昭和30年代まで、筑豊炭田の中心として栄えた町だ。ボタ山が往時をしのばせ、市街地に入ると、総合病院からスーパーマーケットまで「麻生」の名を冠した看板が目につく。

 麻生家は石炭王と呼ばれた麻生氏の曽祖父・太吉氏が炭鉱をはじめ、電力、鉄道、金融など手広く事業を手掛け、「筑豊御三家」の一角を占める財閥を築いた。エネルギー革命後も「黒(石炭)から白(セメント)へ」の事業転換を遂げる。最後の炭鉱を閉じて4年後の73年、麻生氏は32歳で麻生セメントの社長に就いた。

 総裁選告示直前の7日、麻生氏は地元後援会婦人部主催の講演会で演壇に立った。

 「病人でいえば、息絶え絶え、心臓バクバクという状況の中にあって、医者が来て『まず体質の改善から始めてください』って。あんた、そんな状態じゃないだろうが。いま輸血か、痛み止めか、そういう手術がいるんじゃないのか」

 ダミ声のべらんめえ口調で、日本経済の現状を重篤患者に例え、持論の財政出動による景気対策を訴えた。「そう言った途端、あいつは『バラマキ』と言われる。それはためにする論理」と批判をかわすことも忘れない。演説を聴いた人たちは「話がグジュグジュしてなくて、分かりやすい」(79歳女性)、「あんまりズバズバ言うから、つぶされるのかね」(61歳女性)と感想を漏らした。

    ■

 JR新飯塚駅の向こうに里山が見えると思ったら、それは3万坪に及ぶ麻生本家の庭の一部だった。その門の近くに立つ麻生家の書庫に、麻生氏の父・太賀吉(たかきち)氏の秘書だった元飯塚市歴史資料館長の深町純亮(じゅんすけ)さん(83)を訪ねた。深町さんは、麻生氏が地元の月刊文芸誌「嘉麻の里」に連載しているエッセーの原稿をリライトしている。

 深町さんは「福岡から首相が出れば、広田弘毅以来。もし太郎さんが首相になることがあれば、ちょうちん行列したいぐらいうれしい」と期待を膨らませる一方、少し表情を曇らせ、「今は誰が首相になっても困難が伴う時期。それに、あの放言癖があるでしょ。坊ちゃん育ちだから、何も悪意で言ってるんじゃないんです。これも母方のおじいさんの血を引いているんですかね」と不安も募らせる。

 吉田元首相は全面講和論を唱える南原繁・東大総長を「曲学阿世(学問を曲げて世におもねる、の意)の徒」と決めつけるなど数々の暴言で物議をかもした一方、健康の秘訣(ひけつ)を尋ねられ「人を食っております」とジョークでかわすなど、ユーモアに富んだ人でもあった。

 麻生氏は今年8月の幹事長就任直後、「民主党が政権を取るつもりなら、ちゃんと対応してもらわないといけない。ナチスドイツも国民がいっぺんやらせてみようということでああなった」と発言。民主党の反発を招いた。03年5月にも、日韓併合時代に日本政府が朝鮮の人々を日本名に変えさせた「創氏改名」について「朝鮮の人たちが『名字をくれ』と言ったのが始まりだ」と発言し、後日、謝罪した。

 麻生氏の放言癖について、三宅さんは「自民党内でも心配する声がある。麻生さんが首相になったら、何を言い出すか分からないから、国会を長引かせないで、間髪入れずに解散だという冗談半分の話もあるほどです。政治家なら相手がどんな反応を示すかは読めなきゃいけない。吉田さんはある種の信念居士で、暴言をはいても絶対、訂正しませんでした」と話す。

 麻生氏は、初めて総裁選に立候補した01年の共同インタビューで「(吉田元首相との)共通点は世間の言うことはあまり気にならないということかな。テレビは見ないし、新聞も読まないということは似てる」と自己分析している。

 次の首相は早々に、衆院解散、総選挙に打って出ることが求められているという。麻生氏が首相になった暁には、野党の厳しい追及を受けて、まさか、あのせりふをつぶやいたりしないでしょうね。

 「バカヤロー」なんて。

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毎日新聞 2008年9月11日 東京夕刊

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