A級順位戦でも居飛車を採用した藤井猛九段(左)。右手前は木村一基八段=8月26日午前1時すぎ、東京・将棋会館
参考図・後手1二香まで
プロ将棋界で最近、四間飛車藤井システムが指されなくなってきている。97年に升田幸三賞を受賞した、居飛車穴熊対策の画期的な戦法だが、創始者の藤井猛九段も最近は居飛車ばかり指しているという状況。四間飛車党の若手も居飛車に転向する例が目立つ。いったい何が起きているのか。(村上耕司)
8月末のA級順位戦2回戦。初戦黒星の藤井猛九段は、居飛車党の木村一基八段に後手番にもかかわらず矢倉戦を挑んで勝った。この5日前にも山崎隆之七段に相居飛車で勝っている。
藤井九段は四間飛車藤井システムの創案者で、振り飛車党の代表格だ。98年には、この戦法を用いて竜王戦七番勝負で谷川浩司竜王(現九段)を圧倒し、4連勝で竜王を獲得。四間飛車党を悩ませていた居飛車穴熊への対抗策として一躍脚光を浴びた。それを藤井九段が指さないのはなぜなのか。
実は藤井九段だけではない。ここ数年、将棋界全体で減っている。現在、プロ公式戦は年間約2400局。藤井竜王が誕生した98年度は、2246局中629局が四間飛車で28%、ブームが去っても20%台は維持していた。しかし昨年度は15.8%と急減し、今年度は8月末時点で13.6%まで落ち込んだ。
四間飛車党の室岡克彦七段は「昔はトランプで言えばカードが全部裏になっていて、何が出てくるか分からなかった。でも今は藤井システムの全容が明らかになって、カードが全部表になっている状態。だれかが新しいアイデアを出すまでは今後先細りでしょう」と話す。
定跡の研究が進み、居飛車側が穴熊に組めるようになった。それを阻止しようとすると居飛車側が急戦を仕掛けるため、以前のように「攻めて勝つ」のが難しくなっている。
「居飛車側が穴熊禁止ならいいんですけどねえ」。「さばきのアーティスト」の異名をとる久保利明八段も苦戦の現状を認める。長岡裕也四段も四間飛車を指さなくなったひとり。「よくなる変化が見あたらず、仮に互角になるとしても優勢になる気がしない。自信をもって指せない。逆に自分が居飛車の時は相手が藤井システムだったらありがたい」と話している。
■「研究速まり対策間に合わない」
当の藤井九段はどう思っているのか。「昔は新手の引き出しがたくさんあった。危機が訪れたのは渡辺明竜王や村山慈明五段ら研究好きの世代が出てきた最近5年くらい。研究のスピードが恐ろしく速くなった。昔は研究は自分ひとりでやるものだったが最近はグループで調べた内容がメールなどを通してすぐに広まる。1回指した手順がすぐに研究されつくしてしまう」と話す。居飛車側は攻めの選択肢が多く、一つでも優勢になる手順を見つければいいが、受け身の四間飛車側はその対策をすべて考えなければならない。それが間に合わないというのだ。「新手を考えても、ことごとくつぶされてしまう。いたちごっこなんです。システムはしばらく寝かしておきたい。振り飛車は中飛車や三間飛車もある。居飛車も選択肢の一つです」
もちろんこれはプロ棋界の話であって、アマチュアではまだ四間飛車は有力な戦法だ。ただこのまま指す棋士が減り続けるとしたら、四間飛車受難の時代は当分続きそうだ。
〈キーワード〉藤井システム
四間飛車戦法の一種だが、玉を固く囲って反撃を狙う従来の形と違い、居飛車側が穴熊に囲おうとすると、玉の囲いを後回しにして攻めかかる攻撃的な戦法。参考図は先手藤井システムの最新定跡の局面。ここから先手2五歩と仕掛けても、以下後手1一玉先手2四歩後手2二銀先手5六銀左後手2四角先手4五歩後手2三歩で居飛車側の穴熊を防ぐことができない。ほかにも居飛車側から急戦を仕掛ける順もあり、四間飛車対策は多岐にわたる。