医師など医療関係者による診察の練習相手として、患者役を演じる「模擬患者」(SP)が、全国で初めて川崎医大(倉敷市)に導入されて今年で20年がたつ。全国ほぼすべての医・歯学部で、05年から臨床実習開始前の学生を対象に実施されている客観的臨床能力試験(OSCE=オスキー)への協力などにより、日本では近年になって評価されている模擬患者。その役割と意義を探った。【石川勝義】
■演劇家が協力□
模擬患者は88年、当時、川崎医大の講師だった津田司・三重大教授(家庭医療学)が米国視察中に存在を知り、川崎医大の授業に導入した。当時の日本では、問診は実践を通じて見よう見まねで学ぶもの。医学教育学会で模擬患者について発表しても、「反応は今ひとつだった」という。
一方の米国。医学生同士が病棟で患者に接する前に練習し、多くの模擬患者も協力していた。津田教授は「びっくり仰天。すぐに日本でも取り入れようと思った」と振り返る。
同大では94年からOSCEを始めた。98年には津田教授の知人で、演劇をしていた前田純子さん(47)らが市民団体「岡山SP研究会」を設立。前田さんは同会代表を務め、01年から本格的に養成を始め、現在は毎年平均5、6人の模擬患者を送り出している。
■模擬患者養成講座□
同会が主催する今年の模擬患者養成講座は6月にスタート、初回は約20人が参加した。受講生は12月まで計約10回、模擬患者の基礎を学ぶ。しかし、その後も勉強会に参加する必要があり、一人前の模擬患者になるためには最短でも8カ月~1年必要という。その模擬患者、一体どのような資質が求められるのだろうか。
前田代表は「患者役と自分自身を分けて、客観的に振り返れること」と「コミュニケーション能力」を挙げる。「『話し方が感じ悪かった』と、相手の人格を否定するのでは単なる医療者たたき。模擬患者は患者代表として医療者側を指導するのではありません」(前田代表)
一方、「メモばかりで話を聞いてくれてないように感じた」「眉間(みけん)にしわがより、病気が重いのかと不安になった」など、どのような態度や行動で自分の感情が変化したかを伝えれば、医療者側は無意識の言葉や仕草を患者がどう受け止めているかが分かる。医師らの「気付くきっかけ」になることが、模擬患者の役割だ。
■詳細で厚みのある設定□
模擬患者を演じるに当たってはシナリオがある。同研究会では症状別に約20のシナリオを用意。医療関係者がそれぞれの病気についてどのような症状が現れるかを記しているほか、名前や年齢、家族構成、性格、家庭事情などが設定され、“便の状態”など質問があった時のみ答える内容も決まっている。
症状以外は書き換えることもある。同研究会メンバーの岩田利子さん(57)=島根県安来市=は、10年以上前にもらったシナリオを自分の年齢や家族構成に合わせ変更し続けてきた。時にはイメージを膨らませ、役に厚みを持たせる。
講座の講師を務める「奈義ファミリークリニック」(奈義町)の松下明所長(42)は、「医師には家族事情などを含めたより深い患者理解も必要」と話すが、厚みを持たせた役作りがこうした要請に応えてきた。模擬患者が、医療者とのやりとりで話したくなった時にだけ話す事柄もあるため、一部の学生は同じシナリオで練習を重ね、面接力に磨きをかけている。
■医療者から見た模擬患者は?□
では、医療者側にとって模擬患者とはどんな存在なのだろうか。
同クリニックで研修した三重大医学部6年の辻川衆宏さん(29)と、藤井太郎さん(24)は「専門的な訓練を受けた人の助言から得られるものは大きい」と口をそろえる。
藤井さんは「病気を治すことはもちろんだが、医療は患者さんが満足することがかなりの部分を占めると思う。(模擬患者の言葉は)鵜呑(うの)みではなく取捨選択するが、話し方などに気付かせてくれる点は本当にありがたい」と話した。
養成講座で模擬患者(右)を相手に問診を実演する松下所長=岡山市内で
毎日新聞 2008年9月10日 地方版