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その患者さんは、病院にいらっしゃった時には、ひどい状態でした。
痩せこけた身体に、お腹だけがポコンと出ています。
呼吸困難のため、横になることもできず、聴診器を当てると胸は水だらけです。
血液検査をしたら、生きているのが不思議なくらいの腎機能とDIC。
頬骨が突き出た小さな顔には不釣り合いなくらいの大きな目に、涙が浮かんでいます。
芙美子さん(仮名)は、まだ50代半ばの若さで、癌が全身に広がっている患者さんでした。
「癌が全身に広がっています。このまま何もしなければ、恐らくひと月も生きることはできません。
治療方法としては抗癌剤があり得ますが、残念ながら抗癌剤が効きにくい種類の癌です。
抗癌剤は副作用も強い薬ですので、使うことによって却って死期を早めてしまうかも知れません。
どうしますか。」
芙美子さんへの説明は、そんな内容でした。
気丈な芙美子さんは、抗癌剤治療を希望されます。
いちかばちかでやった抗癌剤治療は、奇跡的・劇的に効きました。
しかし芙美子さんは、強い副作用に苦しみます。
全脱毛、つまり髪の毛も眉毛も、睫毛もなくなってしまいました。
強い吐き気と苦悶感、倦怠感、重症の貧血、易出血、易感染で、
一時期は起き上がることもできなくなってしまいました。
少しでも苦痛を和らげようと、芙美子さんのベッドサイドに行っては、いろんなお話をしました。
芙美子さんは、海外生活の長い女社長さんであること。
肉親は既におらず、パートナーの方が唯一の心の拠りどころであること。
2人の出会いと、これまでの幸せな日々。
私の方からも、いろいろお話しました。
産婦人科医になった理由と、産婦人科医療の醍醐味、
大学院生活がさんざんだったこと(苦笑)、
当時、恋人募集中であったこと(笑)。
そんな他愛のない話を重ねているうちに、芙美子さんと私は、
とても波長が合っていることを感じるようになりました。
治療しているはずの私が、芙美子さんのベッドサイドに行くのが一日の楽しみになった頃、
芙美子さんは、当初予定していた抗癌剤治療をやり抜きました。
抗癌剤が奏功したら、今度は手術です。
しかし、人工肛門にしないことには、病巣を取りきれません。
ところが驚いたことに、芙美子さんは2つ返事で人工肛門を受け入れます。
手術前の、約1週間の絶食期間に入る前日です。
いつものように芙美子さんのところに行ったら、
芙美子さんは、ものすごい量の食糧を前に、むしゃむしゃと食べていました。
チョコレートや小さなお菓子の詰め合わせ、ケーキ、サンドイッチ、果物。
声も出さずに、ぼろぼろと泣きながら、ただ、食べ続けています。
なんて、切ない・・・
芙美子さんの横に座り、肩を寄せ合って、
芙美子さんの咀嚼の振動を、肩で共有することしか、できませんでした。
全脱毛になった芙美子さんは、いつも頭にバンダナを巻いていました。
輸血の日は「気合いを入れるため」赤、
白血球が下がりそうな日は、癒しの青、
抗癌剤が始まる日は、元気の出る黄色かオレンジ。
手術の朝、私も気合いを入れるために、赤い髪留めを選んできりっと結びました。
おはようございます、といつものように穏やかに笑う芙美子さんは、やはり赤いバンダナです。
「芙美子さん、今日は私も、ほらっ」
いつもと違う赤い髪留めを見ると、芙美子さんは大笑い。
つられて笑う私の目にも、うっすらと涙が滲みました。
そして、病理組織検査結果が返ってきます。
「残存腫瘍(-)」
・・・・・!!
走ってはいけない廊下を走り、結果を握ったまま、芙美子さんの部屋に飛び込みます。
「芙美子さんっ!」
いつにない勢いに、一瞬驚きの表情を見せますが、私の様子と、手には結果と思われる紙があるのを見て、
芙美子さんは何があったのか、感じ取ってくれました。
嬉し涙にむせぶ芙美子さんの姿に、涙をこらえることができず、
2人でただ、エンエンと泣きました。
あの私たちは紛れもなく、病気と闘う「同志」でした。
あれから5年近くたちました。
芙美子さんは社長業をお休みして、いよいよ人工肛門閉鎖術を受けるのだそうです。
私は友人として、お見舞いに行く予定です。
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コメント
コメント一覧
医者としての充実感が最も感じられる、至福の瞬間ですね。もちろんなな先生の、患者さんとのコミュニケーションがあるから成り立つ事ですよね。
外科医の私としても、このお話、心に刻ませていただきたいと思います。
ありがとうございました。
なな先生。
喜んじゃうじゃないですか。
非常にいいお話です。
でも、その後ろっかわに、ハッピーでない患者さんとの話も眠っています。
医者の仕事とは、なな先生がここに書かれたような話と、そうでない話がいりみだれてるんですよね。
でも、こんな、話を読めて幸せなひとときをいただきました。
ありがとうございます。
まだまだ、がんの患者さんとかかわるパワーが沸いてきました。
心温まります。
病院って病気の治療だけじゃなくて、こういう心の交流もあるんですね。
そして癌で辛いであろう治療なのに諦めないで抗がん剤治療そ選択し、いつもと違うなな先生のバンダナを見て笑顔になれるという強さに打たれました。
そうやって強く生きている人いるんですね。強さが欲しいです。
明日試験勉強のため中断していたカウンセリング受けてきます。子育て中はそういうのあって嬉しいです。
妊娠中から、自分に似た子は欲しくないという強い思いがあって余計辛すぎたのと、なんかコンプレックス与えられてしまったというのがあるので、そういう問題をクリアするためにたまに受けることにしました。
いちかばちかの治療..............に書いてある患者さんのように強く生きれるようになればいいなと思います。
なんだか私まで力もらいました。
ひとつきももたないような状況からでも、治療でこをなにも改善することが出来るんですね!
友人としてのお見舞い…ぜひ行ってあげて下さいね(^O^)/
すごく喜ばれるでしょうね!
ってことは抗がん剤治療と手術の後にまた社長をされていたわけですね!
すばらしいなぁ。
こういうお話に、医者として至福の時間であることを共感して下さる外科医先生が
日本のとこかにいらっしゃることが、また励みになります。
ありがとうございます。
先生の言葉は、また格別の重みがありますね。
そうなんです、このような患者さんの後ろには、
力が及ばず、お亡くなりになった患者さんたちがいらっしゃいます。
実際、ほとんど同じ状態の患者さんに同じ治療をして、
却って死期を早めてしまったこともありました。
先生やhirakata先生のように、今日も癌患者さんと真正面から向き合っている先生方には
本当に頭が下がります。
うふふ、良いところに目を留めて下さいましたね。
「病院では治療だけではなく心の交流もある」というよりは、
特に癌治療の場合、心の交流こそがむしろ治療の肝になってきます。
芙美子さんは、本当に強く、明るい方です。
子育て中で煮詰まりがちな中、カウンセリングの場で
ちょっと我から離れて心のうちを言語化すると、
また気持ちも変わってくるかも知れませんね。
芙美子さんが治療を終えて間もなく、私も別の病院に転勤になりました。
その後も、お手紙で交流を続けていました。
とうに医者と患者の関係ではないので、大手を振ってお見舞いに行けます。
入院中、ここが見れるのでしょうか。
早く無事に終わって、ほっとできますように。
はい、芙美子さんは人工肛門を持ったまま、
忙しくバリバリと働いていらっしゃいました。
すごいでしょう。
なな先生のブログはどのエントリーも、素敵です。
お医者様に対する尊敬の念を再認識させてくださいます。
生きようと頑張る患者さんがよくなってくれる事以上に、医療者にとって嬉しいことはないですね。
バンダナの色の意味
同じ色の髪留め
素敵なお話です。芙美子さんもなな先生が主治医になって本当にラッキーでしたね。なな先生もまた、芙美子さんから元気をもらわれたことと思います。それをまたこうして私たち読者にも分け与えてくださって、本当にありがとうございます。
泣けちゃいます・・・色々な患者さんの事を思い出しました。
是非ドラマ化してくださいww
奇跡という言葉は勇気を与えてくれますが、そう滅多には、めぐり合うことができないのも奇跡。めぐり合えたことに感謝ですね。
そういう思いを込めて書きました。この話のアレンジバージョンです。
http://azukinattou1009.blog114.fc2.com/blog-entry-212.html
お時間あれば、ご一読ください。
私の胸の中の温かさと目には涙に気がつきました。
医師と患者という立場を超えた人と人との巡り会い。。。私も出会った、たくさんの患者さん達の事を思い出してしまいました。
本当に素敵なお話です。ありがとうございました。
素敵なお話を有難うございます。
心温まりました。
いちかばちかの治療は、先生と患者さんとの間に信頼関係があってこそ、ですよね。
逆に言えば、信頼関係が無ければ、たとえ安全策であってもトラブルの火種になるんでしょうね・・。
これからも大勢の患者さんがなな先生に出会えますように。
退院後、私は主治医にお礼をしたいと思い、どんなことが医師に喜ばれるものなのか、M3のブログを参考にしたことがあります。患者さんの元気な姿を見ることを挙げる先生ばかりだったので、私は主治医の追っかけをすることにしました。
主治医の講演会などがあると、毎度、がん友を誘って行きます。会場では先生に走り寄り、先生、私は元気ですとアピールすると、言わなくても見るだけでわかりますよと、苦笑いされちゃいます。
主治医の講義は難しく、頓珍漢な質問をする時もありますが、バカでもそれなりに頑張っているところを見せればいいかなと自己満足しています(汗)。
今回もたくさんのパワーを頂きました。
ありがとうございます!
>「残存腫瘍(-)」
ほんとにそんなこと、あるんですね…
奇跡です。
生きる力って本当に不思議ですね。
私も長い入院生活、色んな方と出会いました。
やはり芙美子さんのように
苦しい日々の中、楽しく前向きに過ごしている方は
強くて美しいです。
なな先生
この前は、ご心配頂き、ありがとうございます。
とても嬉しかったです。
この暑い時期、サンダルも履けなくて足の浮腫はつらいですが
それでも自分の足で歩くことができること、嬉しく思います。
そうそう、
私も芙美子さんのように社長ではありませんが
術後すぐ抗がん剤1クールして
つかの間の退院生活に仕事復帰したこと、懐かしく思い出しました。
「仕事していい? ねぇ ねぇ~♪」と言う私にとうとう根負けした主治医
「う~ん… しょうがないなあ…
重いものもっちゃダメだよ!
白血球下がったら、外出禁止だからそれまでだよ!」と固く約束され
「もう、こんな早く仕事復帰する人みたことない…」
と半ば飽きられ、笑われました。
追伸:なかよしご夫婦で何を飼われているんですか? ^^
お褒めの言葉、ありがとうございます。
心ある言葉に、また成長して行けそうです。
芙美子さんは、いい結果になりましたが、
生きようと頑張ると同時に、良く生きよう・良く在ろうとなさいました。
効かないかも知れない化学治療を選択した理由は
「同じ死ぬなら納得して死にたい」でした。
すごい方でしょう。
患者さんたちのことを思い出して、涙が出そうというメタボ先生に
とても共感します。
アレンジバージョン、光栄です!
患者さんのこと思い出すと、胸が詰まりますよね。
とってもとっても、わかる気がします。
先生のコメントに、私がまた心温めています。
ありがとうございます。
芙美子さんは、全ていい方向に働きましたが、
おっしゃるように、実はとても難しい側面もはらんでいると思います。
どのように話すか、誰に話すか、ということから問題になります。
芙美子さんとの良い出会いに、感謝しています。、
>会場では先生に走り寄り、先生、私は元気ですとアピールすると
これ、最高です!!
いいな~、こんなことをされたら、当分うきうきしそう(笑)
christmasさんがお元気で、何よりです。
心の篭ったメッセージをありがとうございます。
この季節は、一番足を丁寧に扱いたい季節ですね。
虫に刺されないよう、怪我をしないよう、深爪をしないよう、
お姫様の足と思って、大切に大切になさって下さいね。
夫の熱意に負けて、「なな」の妹が2匹いるんです・・・
もうかわいくってかわいくって、寝る前に眺めていると睡眠時間が削られてたまりません(^^;
↑
枕元にケージを置いて寝ています♪
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