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稲盛氏が米紙に語った、世界で広がる“反米感情”の本質

2003年4月30日
 4月20日、出張先のホテルでふと手にした米最大の日刊紙USAトゥデーで、1つの記事が目に留まった。京セラ名誉会長である稲盛和夫氏へのインタビューである。紙面を丸々1ページも割いた極めて大きな扱いだった。

 日本の経営者へのインタビューが米国を代表する日刊紙でこれだけ大きく取り上げられることはめったにない。しかもインタビューが行われたのは米国によるイラク攻撃の直前で、今から1カ月以上前だという。

 なぜ旬を過ぎたように思える稲盛氏のインタビューが、今になって大きく取り上げられるのか。そんな疑問は記事を読み始めてすぐに氷解した。

「貧困が本当の原因なのです」

 「あなたは仏教の僧侶で哲学も学んでいます。なぜ、(イスラムの)宗教的な原理主義が反米主義の根底にあるように思えるのでしょうか」。記者に投げかけられたこんな質問に対して稲盛氏は記事の冒頭の部分で、次のように答えていた。

 「私は宗教的な原理主義が反米感情を後押ししているとは思っていません。反米感情の大部分は貧困に陥った国々で起きています。これらの国々は近代化と産業的な繁栄から取り残されています。日々、貧困と辛苦に悩まされる中で、これらの国々の人々は何か希望を探しています。宗教だけが彼らにとって頼れるすべてなのです。宗教が反米感情の原因だと結論づけるのは簡単ですが、この場合は違います。むしろ貧困が本当の原因なのです」

 記者の質問はもちろん多くの米国人の考え方を反映している。米国人の多くは「せっかく独裁者のサダム・フセイン大統領から解放してあげようとしているのに、なぜイラク国民やイスラム諸国の人々は感謝せずに反米の姿勢を取るのだろう」と不思議がっている。大部分の米国人が理解できない「なぜ反米感情が高まっているのか」という疑問に対して、稲盛氏が提示した答えに、USAトゥデーの記者は強く印象づけられたようだ。

 経済統計を調べてみると「貧困に最大の問題がある」という稲盛氏の指摘は実に説得力がある。イスラム原理主義者の勢力が強い中東・北アフリカ諸国の多くは貧しさに悩まされている。例えば、日本の外務省が公表している最新の1人当たりGDP(国内総生産)を見てみよう。シリアは1070ドル、エジプトは1514ドル、ヨルダンは1565ドル、イランは1650ドルで、1日3〜4ドルで生活しなければならない。いわゆる低所得の国々である。

 しかもこれらの国々の多くが、世界の経済成長から取り残されている。内乱が続き、イスラム原理主義が台頭しているアルジェリアのように1人当たりのGDPが1988年の2800ドルから、2000年に1590ドルへ逆に落ち込んでいる国さえある。一方、イスラエルは1万6645ドル、米国は3万4045ドル、英国は2万3700ドルと中東諸国の10倍以上で格差は際立っている。

 中東・北アフリカ諸国では失業率の高さも目立つ。失業率は、イランが16.1%で、ヨルダンは15.7%、アルジェリアが約30%。イスラエルとの泥沼の闘争が続いているパレスチナ自治区に至っては国際労働機関(ILO)の基準では2002年に33.6%、広義では44.7%が失業しているという。しかもこれらの国々では若年人口の比率が極めて高い。14歳以下が全人口に占める比率はイラン、エジプト、シリア、ヨルダンなどほとんどの中東・北アフリカ諸国で30〜40%を超えており、経済成長がなければ若年層の失業率がいっそう高まることが予想される。

救貧を実行するイスラム原理主義に共感する貧困層

 「米国はテロの背景に何があるかをもっと理解すべきだ。中東の人口は世界の8%だが、GDPは世界の3%しかない。過去20年間で全くと言っていいほど経済成長が見られない地域だ。彼らは経済的に実に厳しい状況に直面している。国際テログループの実に63%は中東と北アフリカに関連したものだ」。不平等と差別問題に取り組んできた弁護士で「ロサンゼルス改善プロジェクト」というNPO(非営利組織)の共同ディレクターでもあるコンスタンス・ライス氏は指摘する。

 貧困には、イスラム原理主義の支持者を増加させるメカニズムが存在する。イスラム教徒には「五行」という基本的な行いが義務づけられているが、その中には「ザカート(喜捨)」という、いわゆる救貧税がある。収入の2.5%を貧しい人のために捧げなければならないというルールである。イスラム原理主義者のグループはこの教えに忠実で、コーランの学習だけなく、貧困層のための初等教育、医療サービス、食料品店などの衣食住を無料もしくは非常に安価で提供している場合が多い。例えばエジプトでは、イスラム組織が運営する医療クリニックでは通常の10分の1の費用で治療を受けられるとされている(宮田律著『現代イスラムの潮流』集英社新書より)。貧困層が日々の生活を手助けしてくれるイスラム原理主義に共感するのは、自然な流れなのである。

自由な選挙を行えば反米政権が誕生する恐れも

 熱心なイスラム原理主義者は、米国が西欧的な価値観を押しつける一方で、イスラムの教えを理解しようとしていないと考えている。象徴的なのはイスラム原理主義が盛り上がるきっかけとなった1979年のイラン革命だ。モハンマド・レザー・パーレビ国王は親米的で、文化・政治・経済など多岐にわたってイランの欧米化を積極的に推し進めていた。

 しかしその結果は、どうだったか。石油などの利権に関わる一部の特権階級が、高級アパートに住み外国製自動車に乗って欧米的な豊かな生活を楽しむ一方で、大多数の国民は貧困にあえぐという不平等を招いた。彼らはイスラムの伝統的な価値観を軽視し、米国に憧れた。さらにCIA(米中央情報局)の支援によって設立され、一時は4万人の構成員と5万人の情報提供者がいたとされる秘密警察によって、国王反対派を捕らえ、虐待・拷問して弾圧した。そこで米国を激しく批判する故ホメイニ師の主張に多くの困窮するイラン国民が賛同し、革命が起きたのである。

 今回のイラク戦争では事前の予想通り米国が圧倒的な武力によって、短期間に全土を制圧した。しかし皮肉にも米国によって与えられた民主主義の自由の下で、バグダッドやバスラなどの大都市では熱心な反米デモが繰り広げられるようになった。イラクの国民の6割以上は、革命が起きたイランと同じシーア派のイスラム教徒で、原理主義への共感は極めて強い。シーア派の反フセイン大統領勢力の拠点はイランの首都テヘランにあった。自由な選挙を行えば、イラクがイランのような反米的なイスラム原理主義国家になる可能性すら否定できない。

 「9.11以降の世界の米国に対する同情が、イラク攻撃によって反米感情に変化してしまった。従来の国家相手のテロ対策では不十分であり、個人やテログループを対象にした取り締まり能力を高めなければならない」。CIAの国際問題担当のディレクターであるデビッド・ゴードン氏は語るが、それは表面的な対応策に過ぎない。

 「深刻な貧困問題があり、その結果としてイスラム原理主義が台頭している」という事実を米国が受け止め、彼らの行動原理を理解しようとしなければ、中東問題の最終的な解決への道のりは極めて遠い。解放者であるはずの米国とその価値観に、熱心なイスラム教徒がむしろ反発するという謎を解くカギはそこにある。稲盛氏の言葉をUSAトゥデーが大きく伝えたのは、米国メディアもようやく反米主義の本質に気づき始めたことを意味しているのかもしれない。(ニューヨーク支局 山崎 良兵)

■中東・北アフリカ諸国と米英、イスラエルの1人当たりGDP(米ドル)
シリア 1070ドル
パレスチナ自治区 1297ドル
エジプト 1514ドル
ヨルダン 1565ドル
イラン 1650ドル
アルジェリア 1590ドル
イスラエル 1万6645ドル
米国 3万4045ドル
英国 2万3700ドル
(注)日本の外務省の調査による。出所は国際通貨基金(IMF)など。
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