2005-10-15 17:46:21

BSEと言論規制

テーマ:BSE問題
自由民主主義国家として認知されている国家でありながら、(国防の観点から規定を別格としても)言論の自由を相当に規制している、あるいは結果的に言論の自由への相当な規制につながる法律が存在する国家は少なくない。ドイツ刑法典第130条を根拠にナチスの礼賛やホロコーストの否認を事実上処罰しているドイツはその代表例であり、日本において現在議論されている「人権擁護法案」も、その例に該当する可能性が濃厚である(これについては筆者が現在本ブログで執筆中の論考で明らかにしていくだろう)。


ところが、自他共に認める自由民主主義国家の雄であるにもかかわらず、これらの例を上回る深刻な言論規制がまかり通っている国が存在する。すなわち自由の国・アメリカである。といっても、国家としてのアメリカ合衆国ではなく、その中のいくつかの州ではあるが。


アメリカの多くの州に存在する"veggie libel law"というものが問題の法律である。

日本語に訳すると、「農産物名誉毀損法」というもので、農産物について中傷、具体的に言えばその安全性を否定する行為を禁止するものである。

たとえば、オクラホマ州のVeggie Libel Law (Effective July 1, 1995, Title 2, sections 3010-12)をみると、

>Section 3011.
>
>As used in this act, unless the context otherwise requires:
>
>1. "Disparagement" means dissemination of information to the public in any manner which casts doubt on the safety of any perishable agricultural food product to the consuming public; and
>2.(略)
>
>Section 3012.
>
>Any producer of perishable agricultural food products who suffers damages as a result of another person's disparagement of any such perishable agricultural food product, when the disparagement is based on false information which is not based on reliable scientific facts and scientific data and which the disseminator knows or should have known to be false, may bring an action for damages and for any other appropriate relief in a court of competent jurisdiction.
>
>The provisions of this section shall not be construed to limit or prohibit any cause of action which may be available to any producer of perishable agricultural food products pursuant to the Oklahoma Deceptive Trade Practices Act or any state or federal slander or libel law.

といったものである。

すなわち、農産物の安全性に疑いを生じさせる情報の流布によって被害を受けた生産者は、信頼しうる科学的事実に基づかない虚偽の情報によるときは損害賠償を求めることができるというのである。

それで、「遺伝子組み換え大豆は通常の大豆よりも栄養価値が低い」とか「BSE牛が多数存在している」といった発言をすると、生産者から損害賠償を求められる可能性が生じるのである(生産者というのは、日本でイメージされるような「農家」だけでなく、農業生産を企業経営的に行っているようなものも含む)。

現にこの規定によって、アメリカにおける食物に由来する病気について議論することが困難となっている。有名な事件としては、テレビ司会者のOprah Winfrey氏が危険な食品についての特集を組んだ際に、元牧場経営主のベジタリアンであるHoward Lyman氏を招いて狂牛病についての議論を行ったことがテキサス州のProduct Disparagement Statutes第96章 違反に問われたというものがある(この記事 を参照)。ただし、この訴訟は棄却されているが、ともかくこのような議論が訴訟の対象とされること自体が問題なのである。筆者に言わせれば、これはその対象が、政治的な問題でもなんでもなく、人間生活の根幹である「食」の問題であるという点からして、国歌侮辱やナチス賛美・ホロコースト否認を禁ずるなどの言論規制を設けているドイツ刑法典や現在筆者自身が俎上に載せている「人権擁護法案」など問題にならない悪法である。

(ところでテキサス州Product Disparagement Statutesによると、情報が虚偽であると知っていることが責任を負うための必要条件として規定されている。これによれば、そもそもOprah Winfrey氏らは自らの正しいと思うところを述べたのだから責任を負うはずはないのである。にもかかわらず訴訟沙汰になっているところにこの法律の本質が読み取れ、また日本における「人権擁護法案」問題に大きな示唆を与えるものだろう)


日本においてもO-157に関するカイワレ大根の風評被害(今村知明「過去の食品事件に見られる情報提供側の意図と報道との格差(特に風評被害について)」 を参照)など、数多くの風評被害事件が発生している。しかし、例えばカイワレ大根事件については厚生省の曖昧な公表を受けて、断定的な報道を繰り返したマスコミに多くの責任がある。また、O-157の主な感染源としては奇しくも牛肉がよく知られているが、マスコミはこの情報を無視ないし軽視し、カイワレ大根バッシングを繰り広げていたのだった。O-157による大規模集団食中毒事件の舞台となった大阪府は同時に食肉偽装事件など牛肉に関わる多くの不正事件の舞台でもあった。このことは何を意味するのだろうか。

日本では農産物に関する風評は消費者団体などの市民運動からよりも、マスコミなどによって、興味本位意識や(他の事件から世間の耳目を逸らすなどの)政治色の濃い意図をもって流布されることが多い。これは農産物に限ったことではなく、凶悪な少年犯罪事件や小児性愛事件が起こるたびにゲームやアニメの害を云々する論調が現れるなど、他の問題にもいえることである。

もっとも、「買ってはいけない」事件に示されたように、消費者側の運動の中にも、科学的根拠を欠いた主張を平気で行う勢力は存在する。それは日本でもアメリカでも同様である。しかし、このような主張に対しては、あくまで科学的観点からの反論をもって対抗すべきだろう。実のところ、このような科学的観点からの議論ということにかけてはアメリカの方が日本よりも優れている。日本では消費者団体などの市民運動に批判的に触れることを避ける風潮が存在する。筆者が人権擁護法案に関する考察で触れた、部落問題に関するタブーと状況は似ている。

本論考は、あくまで日本ではなくアメリカの問題を考察するものである。ここで重要なことは、このような日本においてさえ「農産物名誉毀損法」など存在しないのに、少なくとも日本よりは科学的議論が可能な風土が形成されているアメリカにおいて「農産物名誉毀損法」が存在するという、実に理解しがたい事実である。


もとよりアメリカは牛肉輸入問題をめぐる交渉で、日本が全頭検査の費用を全額負担するという条件で輸入を再開するという提案をしたのを自ら拒絶しておきながら、日本を輸入再開に応じようとしないと非難するなど、拉致問題で今なおシラを切り続ける共和国政府を連想させる程に、筋の通らぬ虚言を弄しているのだが、個別の州の問題とはいえ、アメリカ国内に既に問題は存在しているのである。そして、我々はアメリカの外交について考察するとき、こうした実情を常に念頭に置きながら、同時にアメリカの掲げる自由主義・民主主義・人権尊重の理念を共有し、傍若無人さにおいてはアメリカの比ではない権威主義国家に対して臨む必要があるだろう。

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