JR福知山線の脱線事故で、兵庫県警は山崎正夫・現JR西日本社長ら安全管理にかかわった歴代の幹部9人と死亡した運転士を、業務上過失致死傷容疑で書類送検した。安全意識の不徹底を問う、厳しい判断である。鉄道事業者全体が厳粛に受け止めなければならない。
兵庫県警は、96年の東西線乗り入れ工事で、現場が従来より急なカーブになったのに、ATS(自動列車停止装置)を設置しなかった点を重視した。一段重い「相当処分」の意見を付けたのは、鉄道本部長だった山崎現社長ら、この工事に関係した5人だ。
当時は設置の法的義務付けがなく、JR西日本側は「ATSがあれば事故は防げたが、速度超過で運転するとは考えられなかった」と主張した。
だが、人為ミスや車両トラブルで速度超過が起きる恐れは常につきまとう。この工事の直前にJR函館線のカーブで、運転士の居眠りから貨物列車が脱線した実例もある。
安全管理の責任者はそういった可能性や過去の事例を考慮に入れて、最善の方策を尽くすことが求められる。危険を予見できたはずなのに回避する手だてを怠った、とする県警の結論は当然といえる。
一方で、歴代の経営トップは送検対象にならなかった。巨大組織では業務が分散し、トップに個別の事故責任を負わせることには無理がある。だが、安全が軽視された背景に、分割・民営化後の利益、効率を追求した経営方針があったことは忘れてはなるまい。
毎日新聞社の今春の調査では、回答のあった死亡者遺族の3分の2が、まだ賠償交渉に入っていなかった。企業の社会的責任を織り込んだ新しい基準での賠償を求める遺族の会も作られた。JR西日本の体質に対する不信感は根強い。
JR西日本は安全性向上計画をもとに、安心と信頼のブランド力回復を目指すという。
関西の鉄道間競争はなお続く。それに傾注して事故の教訓を風化させ、意識改革を逆戻りさせることがあってはならない。この機会に、安全最優先の誓いを新たにすることが何より必要である。
今回、県警は送検前に、遺族や負傷者に容疑事実などを伝える異例の措置を取った。秘密保持の義務の壁を「公益上の必要」という解釈で破った。被害者感情を尊重した適切な配慮だ。
しかし、捜査上の制約から簡略な内容にとどまり、被害者からの質問にも十分答えられない点に物足りなさが残る。
送検を受けた神戸地検は専従捜査チームを作り、被害者全員にアンケートして処罰への考え方や捜査への要望を聞く。その志を生かして、捜査が終わり次第、その内容を可能な限り公表し、疑問に答えることを期待したい。
毎日新聞 2008年9月10日 東京朝刊