一方マイクロソフトは、たとえクラウドコンピューティングが成長しても、「パソコン上で強力なアプリケーションや高い処理能力を利用したい」という声は今後も変わらないと主張する。
最新ブラウザーのIE8には、検索シェアが拡大を続けるグーグルの勢いを削ぐための機能も搭載した。例えば、ユーザーの個人情報の送信を阻止する機能を搭載して、グーグルとの関連性が高い広告が表示されるのを防いだり、検索ツールバーの機能を強化して、マイクロソフトのサービスとの親和性を高めたりしている。
だが、クロームに寄せられる高い期待には、マイクロソフト本社も警戒感を抱いている。同社でインターネット・エクスプローラーを担当するゼネラルマネジャー、ディーン・ハチャモビッチ氏が懸念しているのは、グーグルのブラウザー開発により、その利用者と、それ以外のウェブ利用者との間に隔たりができてしまうのではないかということだ。「グーグルの参入で、残りの人たちはどうなってしまうのだろうか。この先ウェブは2つや3つに分かれていくのではないか」。
クロームの大々的な幕開け
グーグルの上層部は、そのような分派が起きるとは考えていない。クロームがオープンソースであることから、目ぼしい機能をほかの開発者が流用して取り入れるという動きが起こり得ると予想している。そして、クロームのカギは、多種多様なアプリケーションにあるのではなく、安全、高速、かつ手軽にソフトウエアを利用できるシステムにあると説明している。
公開初日のクロームの評判は千差万別で、不具合やダウンロードの遅さを指摘する声もあった。だが、今後改良が施され、コンピューティング処理をデスクトップからウェブへと移行する動きが企業や一般利用者の間で広がることになれば、同社の収益の核となる広告事業への好影響は計り知れない。グーグルのクラウドへの移行が進めば、同社が得られるデータが増し、検索広告を表示できる場所も増えることになる。
「グーグル側は、人々のインターネットの利用時間が長くなり、インターネットへの依存度が高まるほど、自分たちは潤うと考えている」と、『The Big Switch: Rewiring the World, from Edison to Google(仮題「ザ・ビッグ・スイッチ:世界を再配線する〜エジソンからグーグルまで〜」)』の著者、ニコラス・カー氏は指摘する。
グーグル初のブラウザーとして2年前から開発が進められてきたクロームは、世界122カ国、43の言語で公開という大々的な幕開けを迎えた。現時点ではWindows(ウィンドウズ)版のみの公開で、Mac(マック)版とLinux(リナックス)版は未公開だ。クロームの内部処理には様々な工夫が施されている。例えば、マルチプロセスと呼ばれる仕組みを採用しており、ブラウザーの複数のタブでそれぞれ別のアプリケーションを同時に実行できる。1つのアプリケーションが異常終了しても、残りのアプリケーションの動作には影響しない。
グーグルが独自OSや独自ブラウザーの開発を進めているとの噂は何年も前から流れていたが、それでも今回の発表には多くの人が驚いた。なぜならグーグルは、ファイアーフォックスの開発元であるモジラと密接な提携関係にあるからだ。ファイアーフォックスでは、グーグルの検索ページが目次ページとして開き、標準で使用する検索エンジンとしても設定されている。
ファイアーフォックスとの提携から独自路線へ
4年前に登場したファイアーフォックスは、徐々にその存在感を高めてきた。市場シェアをゼロから20%にまで伸ばし、インターネット・エクスプローラーの一人勝ち状態を少しずつ切り崩してきた。その過程で、グーグルとファイアーフォックスの関係も深まってきた。それだけにグーグルが、ファイアーフォックスと協力してブラウザーを見直すという路線ではなく、独自路線へと踏み出したということは、クラウドコンピューティングがグーグルの将来にとっていかに重要かという証しでもある。
グーグルの製品管理担当副社長サンダー・ピチャイ氏はこう述べる。「ファイアーフォックスには様々な優先事項があった。我々はブラウザーを根底から見直したかった。ファイアーフォックスのような組織に自分の考えを押しつけるよりは、自分で新しく作った方がいい」。
公開早々のクロームのレビューでは、ブックマークの管理機能の不備など、様々な欠点や問題点が指摘されている。グーグルは、早めの段階で製品やサービスを公開し、徐々に修正や改良を加えていくという方針を取ることが多く、クロームもそれにならったと同社自身が認めている。
モジラのCEO(最高経営責任者)、ジョン・リリー氏も、クロームの発表には驚いたようだが、クロームが今後どれだけの人気を集めるのか、判断は難しいと話す。「インターネットでの一般消費者の動きは気まぐれで予測不可能だ。今すぐクロームを試してみる人は少なくないだろう。だがこの話は、数週間、数カ月、数年間というスパンで進展していく話だ。数時間や数日間で答えが出るわけではない」。
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