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大学病院にいた頃にあたったお産です。
その産婦さんは、何の合併症もなく、赤ちゃんの発育も良好で
非常に順調な妊娠経過でした。
臨月に入って自然陣発し、入院されました。
それなりに時間はかかりましたが、初産としては通常の経過をたどり、
無事、お産になりました。
お産の後は、約2時間分娩室で横になってもらい、
経過観察してから、病室に帰るのが一般的です。
その間、経過が順調なお産で、ナースコールもなければ
1時間に1回くらいしか様子を見に行けないことも、しばしばあります。
このお産もそうでした。
ふと、分娩室内に院内PHSを忘れて来たのに気づきました。
お休み中のところをお邪魔して申し訳ないと思いながら、
PHSを取りに入りました。
当然、併せて産婦さんの様子もお聞きします。
「如何ですか。 お腹、痛くないですか?」
「はい。お腹はあまり痛くないのですが、ちょっと、頭が痛くて」
血圧を見ると、全く正常の値です。
「目の前、ちかちかしませんか?」
「大丈夫です。ちょっと、いきみ過ぎたのかも」
「あんまり痛かったら、お薬持ってきますよ」
「はい、ありがとうございます。今のところ大丈夫です」
分娩室を出て、一応助産師に頭痛のことを話していたら、
指導医の先生がその会話を聞きとめました。
超慎重で有名なその先生は、ご自分でも様子を見ようと
分娩室に向かいます。
礼儀なので、私も一緒について行きます。
指導医の先生も、産婦さんに、私と同じ質問をします。
「目の前、ちかちかしませんか?」
「はい、大丈夫です」
ところが。
ここで、枕元のペットボトルに手をやった産婦さんが、
何故かうまくペットボトルを掴めない様子。
「お産の時、力入れすぎちゃって」と、笑っていますが、
指導医の先生の目つきが変わりました。
「頭のCTを撮りましょう」
頭痛と握力低下で、頭のCT?
しかし、尻込みする産婦さんと、戸惑う我々の様子は目に入らないかのように、
指導医の先生はさっさと手続きをしてしまいました。
できあがったCTを見て、仰天しました。
脳出血(被殻出血)でした。
あの時、私が分娩室にPHSを置き忘れていなかったら、
あの日の当直が、あの超慎重指導医の先生でなかったら、
産婦さんがお茶を飲もうとしなかったら……
発見は、ずっと遅れていたでしょう。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
こちらは、開業産院で当直していた時のお話です。
陣痛室からコールです。
「先生! 来て下さい!」
超緊急事態であることを察し、すぐに飛んで行くと、
分娩進行中の産婦さんが、床に仰向けになって倒れています。
眼球は上転し、口からは泡、当然意識はありません。
「ルート! 血圧測って! 救急カート! バイトブロック! 院長呼んで!」
一気に叫びながら診察をすると、赤ちゃんの頭はすぐそこにあります。
血圧は上が200、胎児心拍は50くらい、意識は戻りません。
修羅場と化していたため、どうやったのかよく覚えていませんが、
床の上で急速遂娩したのは覚えています。
赤ちゃんは無事でした。
ほどなくして、お母さんも意識を取り戻しましたが、
ご本人はこの間の記憶がないそうです。
転んだ時に頭を打っていますし、
子癇発作の後ですから、個人開業医院での管理は困難です。
CTの撮れる施設で、産婦人科のあるところに、母体搬送しないとなりません。
ところが、大きな病院はどこも忙しく、受けてくれるとこはなかなか見つかりません。
軽く10か所以上あたった後、ようやく見つかったのは、
千葉県側から神奈川県側まで横断しないと行けない、都の反対側にある病院でした。
東京都の、平日の午後のお話です。
産婦さんは、無事でした。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本日、奈良県大淀病院事件民事裁判の初回期日があります。
亡くなった産婦さんは、私より若い女性です。
産まれた赤ちゃんは、お母さんの顔すら見ることができません。
そして若いパパ、おじいちゃま、おばあちゃま……
悲しみと苦しみは、計り知れません。
その一方で、自分が産婦人科医としてぎりぎり渡って来た危ない橋を思うと、
大淀病院の先生と自分の間には、何の違いも感じません。
ぎりぎりの現場で、必死の努力をされた当事者の先生が、
今日、裁きの場に身を運ばなくてはならない、という現実を前に、
産科医療の行く末を案じずにはいられません。
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コメント
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大淀病院の事件以降、日本はこの支援体制を整備する努力はしているのでしょうか?私も当然医師を支持する立場ですが、開業産科医、脳外科施設のない病院の産科医を助けてあげる。分かり易く言えばベッド調整をして柔軟に受け入れる体制、心構えが出来たのか?
脳外科医の立場からはバックアップ作りが気になります。
なな先生が被告席に立つ日が決して来ないように、
そして自分の子供・孫のため、100年後の日本のためにも、大淀病院産科医師を応援・支持して行きます。
>その一方で、自分が産婦人科医としてぎりぎり渡って来た危ない橋を思うと、
大淀病院の先生と自分の間には、何の違いも感じません。
ぎりぎりの現場で、必死の努力をされた当事者の先生が、
今日、裁きの場に身を運ばなくてはならない、という現実を前に、
産科医療の行く末を案じずにはいられません。
なな先生のおっしゃる通りです。
私も産婦人科の修羅場をたくさん経験もし、先輩方からたくさんの怖かった分娩の経験談を教えていただきました。
いつも分娩に立ち会うのは怖いものです。
大淀病院の先生のお気持ちを思うと切なすぎます。
さぞかし無念だったでしょう。
日本の産婦人科医療の存続に向けて戦っていただきたいと応援しております。
最善を尽くしても、
結果だけで訴えられる。
そんなの絶対に間違ってます。
なな先生が大好きなお産をいつまでも続けられる事を願っています。
一人の医師に責任を押しつけることでこの問題を終わらせてはいけないと思います。
家族は訴える相手を間違っています。19病院に当たって断られたことが問題なら、それは個人の責任ではありません。体制の問題は個人でどうにかできるものではなく、行政の仕事です。そして「仮眠したのが悪い」といわれるなら、3交代勤務がやれるだけの人員を確保できる医療費政策をとらなければいけないのです。一人きりで週5日当直をやっている医師がわずかな空きに仮眠をとることまで責めないで!
また拙ブログにコメント有り難うございました。
産科だけでなく日本の医療全体行く末に大きな影響のある訴訟だと思います。
Tai-chan先生のおっしゃるとおり、周産期医療を守るためのシステム作りが必要です。医師個人の責任ではありません。このような悲しい出来事を改善するためには今回の訴訟は大きなマイナスであることは間違いありません。
なな先生の忘れ物と超慎重な先生がたまたまいらしたおかげで大事無く良かったです。
一生分の運を使ってしまった…なぁーんてことがありませんように。
後産、子宮伸縮の時の痛みを我慢するとあとで大変だと先輩ママに聞いていたので、ガンガンナースコールして打ってもらいました、お尻の痛み止めの注射。
おかげで、「何でまだ退院できないの?」ってほど元気な患者でした^^;
大淀病院の件に限らず、数々の医療事故のニュースには胸が痛くなります。
結果が全てなのでしょうね、この世の中。
結果だけではなく、それまでの過程を振り返ってほしいと思います。
そうしたら、運命だと受け入れることができるはず。
私はそういう人でありたいです。
http://guideboard.blog.com/1877291/
なな先生
貴重な体験を御紹介いただきありがとうございました。不備のある体制の中で、凄まじいストレスを感じながら戦っておられる産科医の先生方に最大限の敬意を払いたいと思います。本日初公判を迎えた、産婦さんは本当に残念な経過でした。そして、その気持ちは件の大淀病院産科医先生も同じであろうと感じます。本来ならば、このシステムの不備を放っておいた国や自治体の責任が追及されるべきで、個人の責任を追及してはならないとも考えます。
この裁判の過程において、システムの問題であったという認識が芽生えてくるのを期待します。
トラックバックありがとうございました。
最後に「私も大淀病院産科医師を支持します」と入れさせていただきます。
もちろん、亡くなられた女性とそのご家族のことを考えると胸が痛みますが
結果だけで全てを判断されるなんて悲しすぎます。
彼女を救おうと、必死に努力された先生のお気持ちを考えると悔しすぎます。
今後の医療のためにも、
軽薄な判決が出されないことを切に祈ります。
私も大淀病院医師を支持します。
多くの先生方が自身のことは省みず医療に打ち込む姿を目の当たりにしてきました。大淀病院の先生方も限られた資源の中で最大の努力をなさったことと思います。その結果が、この事態となり、切なく悲しくなります。
ただ、ご家族の方も適切なグリーフケアが受けられていないことで怒りの対象が医師に向けられてしまっているようにも感じます。
ややもすれば医療者と患者が対立してしまう構図が早く改善されることを願ってやみません。
私も大淀病院医師を支持します。
私も先生のとこに一番のりに上がりました(笑)
一緒に、当事者の先生が勝訴されるまで、見守りましょう。
先生のブログにも寄らせて頂きました。
今後ともよろしくお願い致します。
脳外科の問題としても捉えて下さっていて
相変わらずTai-chan先生の広い視野に
憧憬の念を持って拝読させて頂きました。
コメントありがとうございました。
真摯に医療に向き合う他科の先生方を、
私もまた尊敬しています。
医師同士がお互いに尊敬の念を持てる日本の医療を
守って行きたいと思います。
産婦人科医でいらっしゃって、またご自身がご出産の経験をお持ちの先生のコメントは
胸に迫ります。
>いつも分娩に立ち会うのは怖いものです。
本当に、本当にそうですね。
今日の医者ブログ、すごいことになっていますね(笑)
こんな中、ほっとするやさしいひと言を付け加えて下さって、
ありがとうございました。
先生のブログに寄らせて頂きました。
プロフィールを拝読し、正直なところ、頭をガツンとやられた思いです。
今後ともよろしくお願い致します。
同じ産婦人科医で、先輩女医でいらっしゃる先生から頂くコメントは、
また格別の思いで拝読しています。
> 一人きりで週5日当直をやっている医師がわずかな空きに仮眠をとることまで責めないで!
本当ですね・・・
当事者の先生が勝訴されるまで、一枚岩となって見守りましょう。
今後ともよろしくお願い致します。
先生のブログ、素敵ですね(笑)
医療制度の問題であることがしっかりと表明される判決文が出されることを望んでいます。
諸先生方もおっしゃっていますが、
あの経緯で、産婦人科医が個人の責任を問われていては、たまりません。
先生もTai-chan先生のファンですね(笑)
わたしもです。
>そうしたら、運命だと受け入れることができるはず。
ご自身が、非常に大変な体験をされたmizuhoさんのこの言葉は、
胸に迫ります。
私の中で、mizuhoさんは「やさしいママ」のイメージそのものですが、
この言葉に、一本芯の通った素敵な女性としての一面も見えました。
> ガンガンナースコール
帝王切開の後の患者さんとしては、正しい姿勢です(笑)
痛み止めの力を借りるべき時です。
先生のブログ、大変わかりやすく書いてあり、
勉強になりました。
今後ともよろしくお願い致します。
今日の医者ブログ、すごいことになっていますね。
こんな中で、現場産婦人科医である自分にしか言えない何かがあるはず、という思いから、
今日の記事を書きました。
汲んで下さって、報われた思いです。
> この裁判の過程において、システムの問題であったという認識が芽生えてくるのを期待します。
これがあってこそ、この悲しい事件から教訓が導き出せるものと思います。
今後ともよろしくお願い致します。
なな先生、こんばんは。
いつも先生のブログ、楽しみにしています。
私は大淀町に住んでいます。
一人目の妊娠の時、この先生にお世話になり、
感謝している一人です。
先生は、とてもクールな方です。
常に冷静に見えます。もしかしたら、遺族の方には
先生の冷静さが、もどかしかったのかな・・・。
でも先生がパニックになったら、困りますよね。
長年、大淀病院の産婦人科を支えてきてくださった先生が
ミスもないのに、なぜこのような目に合わなければならないのか? 本当に悲しいです。あまりにも気の毒です。
もちろん、亡くなられた方、ご遺族の方もお気の毒に
思います。
大淀町内でも、最初の報道があまりにも衝撃的で
ネットをしない人たちは、今でもあれらの報道を鵜呑みに
していると感じます。「真実は違う」と私のようなものが
言っても、なかなか受入れられません。
マスコミの力は大きいです。
今回の裁判で、正しい判決が出て、皆の認識が変わることを
願っています。
ご存知のとおり、奈良南部は産む場所がなくなって、
みんな困っています。
田舎ですので、行楽シーズンは道が渋滞します。救急車なら
道を譲ってもらえますが、陣痛で救急車は呼べない。
ただでさえ、遠いのにそういう心配も出てきます。
うまく書けなくてすみません。
なな先生、お体大切にしてくださいね。
この事件に関して、一緒に胸を痛めて下さって、
大変心強い思いです。
もし自分が当事者の先生と同じ立場だったら・・・
患者さんを救えなかったことだけで、
くやしくてくやしくて、たまらないのに。
糾弾すべき相手に、正しく矛先を向ける判決であってほしいと思います。
先生のおかげで事件の詳細を知り、
現場に還元しようと考えた産婦人科医は、多数いるはずです。
> 医療者と患者が対立してしまう構図
おっしゃる通りですね。
こんな構図は、ほんとうに、悲しすぎます。
「人生の中で病を得た患者さんに、そっと寄り添える医者でありたい」
そのように思いながら、医療をやっています。
この思い、捨てたくありません。
ICUのナース、私の中では「とても頼りになる激務の天使」です(笑)
専門職としてのナースの技量に、見とれていました。
今後ともよろしくお願い致します。
先生のブログにも寄らせて頂きました。
私もきまぐれにしか記事をアップしていません(笑)
仲間がいたと、つい喜んでしまいました。
実は、あちこちでお見かけしました。
今後ともよろしくお願い致します。
大変貴重で、そして素直でやさしいお言葉を頂戴し、
夜中に一人で静かに感動しています。
大淀町にお住まいなのですか。
その場にいらっしゃる方の切実なお話に、はっとしています。
陣痛の時、道路が混んでしまった時の産婦さんの不安を思うと
こちらもやりきれない思いになります。
私自身も、病院へ向かう車の中でお産になってしまった方を
何人か診たことがあります。
無事だったから、後で笑えたから、幸いでしたが・・・
いつも冷静、というのは、本来医者としては大切な資質ではないかと思うのです。
福島県で、帝王切開の産婦さんが亡くなってしまった事件があり、
当事者の医師が逮捕されたのはご存知でしょうか。
この先生のまた、「冷静に見えた」ということが取りあげられているようですが、
ほんと、医者がパニックになったら、困っちゃいますよね。
なずなさんのような方が、澄んだ目でマスコミを見て下さることが、
光明につながってくれると信じています。
これからもよろしくお願いします。
私は以前分娩件数500件あまりを取り扱う病院で勤務していました。救急隊から個人病院での危険な状態になっているお産を受け入れてもらうことが出来ないだろうか,という問い合わせが来るのですが,総合病院ではないので,一度はお断りをしていました。そこで,公立病院をお願いするわけですが,大病院はけんもほろろにお断りをしてくださいました。結局,また,「どこも受け入れてくれません」と困りきった救急隊が電話をかけてくるので,医長の方針で「すべて受け入れる」ということだったので,受け入れをしていました。中にはこわいお産もありました。
でも,それを救えたのは,医師の力があったから,助産師の先輩の見抜く目があって,協力体制ができていたからだったのではないかと今は思っています。
マスコミはお産のこわさを知らなさすぎです。突然,振り返ったら,大出血ってこともあるのですから。
私もいつか,被告人席に立つことがあるかもしれないとおもいながらお産をとりあつかっています。
> マスコミはお産のこわさを知らなさすぎです。
全くもって、その通りです。
どこかにも書きましたが、搬送を断る側だって痛くてたまらないんだという当たり前のことが、
何故わからないのでしょうね。
> 私もいつか,被告人席に立つことがあるかもしれないとおもいながらお産をとりあつかっています。
同じ気持ちであることに、複雑な思いです。
私たちは、お産が好きでお産を取り扱っているだけなのに、
どうしてこんな悲壮な覚悟を抱えていなくてはならないのでしょうね。
我々が、何をしたと言うのでしょう……
厳しい社会環境の中で 働く産婦人科医に感謝です。
どんな分野にも 厳しさがありますが ご健勝を祈ります。
いつも短い中に温かく、芯のあるコメントをありがとうございます。
産婦人科医の仕事が好きである、という絶大なるパワー源を持っていますので
当分働き回れそうです。
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