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妊娠・出産に係る仕事をしていると、思わぬ人間関係を見ることがあります。
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園子さん(仮名)は、妊娠を主訴に初診された時から、
重い悪阻のため、真っ白な顔で診察室に入っていらっしゃいました。
年輩の女性とご一緒で、すぐにお姑さんであることがわかりました。
園子さんに、お食事は摂れていますか、のどは渇きますが、などの問診をするのですが、
全てご本人ではなく、お姑さんが答えてしまいます。
「先生、私も2人子供を産みましたけれど、こんなことはありませんでした。 大丈夫でしょうか」
お嫁さんをご心配されてのご質問なのはわかるのですが、
園子さんは、ちょっと所在なさげです。
悪阻は、どんなにひどくても赤ちゃんはちゃんと育つこと、
そもそも体長1cmあまりの生命体に、そんなに栄養は要らないことを説明すると、
ひとまずご納得されたようでした。
1週間後いらっしゃった時には、症状はさらに悪化していました。
尿ケトンも(3+)になっています。
入院を勧めたところ、お姑さんは「悪阻で入院ですか?」と難色を示されましたが、
ご本人のご希望により、入院となりました。
悪阻は、妊娠初期に出るホルモンが主な原因と考えられていますが、
当然のことながら、精神的な因子も影響します。
入院のいいところは、患者さんとゆっくりお話できるところでもありますので
園子さんに、少しずつお話をお聞きしました。
お姑さんは、園子さんのご主人であるご自分の息子さんを非常に大切にしていること、
お嫁さんである園子さんへの要求は大変厳しく、
ものの食べ方から服装から、家事のやり方の微に入り細に渡って、こと細かに直されていること、
そして従順な園子さんは、全く反発せず、ひとつひとつに従っているらしいことがわかりました。
珍しいお話ではありませんが、園子さんの場合、悪阻に心因性嘔吐が加わっている可能性もあります。
現状打開のためのKey personはいないかと、探ってみました。
ご主人はどうやらだめです。
では、園子さんの実のお母様はどうかと思い、それとなくお話を持って行くと
「母にも、今の気持ちを話せずにいるんです。
本当のことを話したら、きっとものすごく心配してしまいますから」。
妙案が見つからないまま、悪阻の時期が過ぎるのを待っていましたが、
一向に治まる気配のないまま、赤ちゃんだけは順調に育っていました。
ある日、園子さんのベッドサイドに行くと、
園子さんは大学ノートを手にして、ぼんやりと眺めていらっしゃいました。
「あ、日記ですか?」とお聞きしたら、
見せて下さったノートには、園子さんのご主人がお好きなメニューのレシピが、
お姑さんの手書きの文字で、びっしりと書かれていました。
元気な時にもらったら嬉しいノートかも知れませんが、
悪阻の時には、如何なものでしょう・・・
そうこうするうちに、悪阻の好発時期はとうに過ぎ、
赤ちゃんの性別がわかるくらいの大きさになってきました。
胎児エコーの時に性別を聞かれたので、
「あ、お嬢ちゃんですね」と答えると
「ええ~~~っっ、嬉しい!!」
園子さんは、涙ぐんで喜んでいます。
お聞きしたら、ご主人もお姑さんも、男の子を熱望されているとのこと。
ところが園子さんご自身は、ご両親に大切に育てられ、
特にお母様とは、この上なく仲良しの母娘であるため、
ご自分もお嬢ちゃんを産んで、お母様が園子さんになさったのと同じように、
お嬢ちゃんをかわいがりたいのだそうです。
「男の子だったら、義母に取られてしまいます。
でも女の子なら、この子がいれば、私はあの家でやって行けます」。
数日後、すっかり元気になった園子さんは、
晴れやかな笑顔で、ご退院されました。
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瑤子さん(仮名)は、とても仲のいいご夫婦で、
ご主人が毎回妊婦健診に付き添っていらっしゃっていました。
ご主人が、瑤子さんのお腹についたエコーゼリーを丁寧に拭き、
手をとって背中を起こしてあげ、愛おしそうにスカーフを肩にかけてあげる姿は、
見る者を幸せな気持ちにします。
また、熱心に胎児エコーをご覧になるので、すっかりエコーをマスターして
「あ、今、耳のあたりに手をやってますね」などと言うようになりました。
助産師に聞くと、やはり妊娠生活に関する注意事項に熱心に耳を傾け、
いつもお2人で目を合わせては、微笑み合っているのだそうです。
また、瑤子さんご自身も大変素敵な女性で、
元々の色香のある美貌に、妊婦さん独特のやわらかなオーラをまとっており、
類を見ない美しさを放っていました。
瑤子さんご夫婦の存在は、ナースたちにはもちろん、外来の受付嬢にまで知れ渡っており、
すっかりみんなの羨望の的でした。
ある日の妊婦健診に、瑤子さんがお一人でいらっしゃいました。
「あら、今日はご主人はお休みですか?」と微笑みながらお聞きすると
「ええ。彼のお母様が、亡くなったので」
「・・・えっ?! 瑤子さんは行かなくていいんですか?」
「ええ。カレノオクサマが行っていますから」
・・・カレノオクサマ??
瑤子さんと、あの熱々の「ご主人」は、実は法律上のご夫婦ではないのだそうです。
ご主人の亡くなったお母様も、瑤子さんのことをご存知で、
孫になる瑤子さんの赤ちゃんを、誰よりも心待ちにしていらっしゃったとのこと。
「この子に会ってもらえなかったのが、残念で・・・」
一瞬、瑤子さんの美しい目が潤んだように見えました。
おばあちゃまに、と、エコー写真を一枚余分に撮ってお渡ししたら、
瑤子さんは、本格的に涙されていました。
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赤ちゃんを待つ、それぞれの心は、窺い知れません。
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コメント
コメント一覧
なな先生、話は違うのですが、私の従姉は、不妊治療の末にやっと女の子を授かりましたが、2人目は自然に授かりました。やはりそういうことってあるんでしょうか?
園子さんのケースはうちの女房も同じで女の子が欲しい気持ち理解できます。特に女性姉妹だけで育った女性は男の子だとどう育てていいのか分からないと言います。
瑤子さんのケースでは本妻さんとの間にお子さんがいらっしゃらないのかもしれませんね。ご主人のお母様が楽しみにしているという表現から推測しました。
ほんとうにいつも、素直でほっとするようなコメントを下さいますね(笑)
1つ目のケースについて余談ですが、こういう時の胎児エコーは緊張します。
もしまちがって、男の子だったら……(汗)です。
従姉の方のケースですが、あるんですあるんです。
フルコースの不妊治療をやってもうまく行かず、
「もう、あきらめて犬でも飼おうか」と思った途端、自然妊娠、とか。
確率として多いか否かはさておき、いらっしゃるのですよ。
医学がいかに不確実なものか、わかる話ですね。
先生の「マイアミの青い空」の記事のタイトル、いつもちょっと凝ってますよね。
そして、後で見てみるとリニューアルされていたり(笑)
1件目のケース、女の子だとわかった途端に元気になったわけですが、
逆に跡継ぎを強く期待されていたにも係らず、女の子だとわかった途端に
お腹の子を拒絶してしまうケースもありました。
医者のスタンスにもよるかも知れませんが、産婦人科ってほんと、特殊な科です。
人生経験不足を痛感することもしばしば、です(笑)
生命の誕生という場所に立ち会う産婦人科の先生達はかなり深いところまで入り込まないといけないんでしょうね。
先日、後輩の産婦人科医から産婦人科を辞めると連絡がありました。
色々あったみたいです。
とてもお産が大好きな彼女が、初めてお産に立ち会った時の事を嬉しそうに話してた電話が忘れられません。
僕の子供は絶対に私がとりあげるって言ってたんですけど・・・
本心では続けて欲しかったのですが、・・・
「そっかー大変だったね」しか言えませんでした。
”長男プレッシャー”がこないといいですが。
人間ついつい期待してしまいますね。
これから義母と少し距離のおける関係になれたらいいのに・・・って思います。
福祉の現場も人間模様は様々です・・・
今はキーパーソンを立てるのも一苦労の世の中です。
瑤子さん・・・・う~ん。苦しい話だ。
本妻の立場を考えるといたたまれないです・・・ね。
二つの話に共通するのは
母は強し、男は・・・弱し。
また一人、辞めてしまう産婦人科医がいるのですか。
平素、医学生や研修医には
「産婦人科には来てはいけません」と言っていますが、
一度この道に来た後輩ドクターに辞められてしまうことには、
言葉にならないやるせなさがあります。
しかも、お産が大好きだったはずの先生ですか……
>「そっかー大変だったね」しか言えませんでした。
先生、ほんとにやさしい先生ですね。
母は強し、男は・・・弱し。
さすが、ぴょん先生!
ここで私の言いたかったことは、これなんです。
園子さんの気持ち、園子さんの実のお母様の気持ち、
瑶子さんのお話の、本妻さんの気持ち。
同じ女性として、もし自分がその立場だったら……
考えると、胸がしめつけられる思いです。
しかし、2人の妊婦さんの、神々しいまでの強さと美しさの一方、
園子さんをきちんと支えることができていないご主人、
未だ落とし前をつけていない、瑶子さんのパートナー。
落差を感じずにはいられないのです。
お産に携わるのは大好きです。
でも,本当の私は辛い思いでいっぱいです・・・
瑤子さんの事例同様,妊婦健診も行き,立会い出産もしていたらしいです。私は子どもができにくいのです。(幸い一人いますが)事実を知ったときは辛かったです。
そして,今も辛く,なかなか職場に足を運べずにいます。
でも,生まれてくる命。すべてを大切にしたいです。
妊婦さんを取り巻く人間模様、色々ですよね。皆それぞれ大変なものを抱えて生きています。
上の、助産師のななさんのコメントも、グサリと心に突き刺さりました。
「生まれてくる命、すべてを大切にしたい」
お辛いのに、こういうお考えができるのは、すばらしいですね。
生まれてくる命に罪はありません。
命が生まれてくることは、すばらしいことです。
産科医療を取り巻く環境が好転するよう、願ってやみません。
おかげでニューヨーク等幾つかの地域で産科医が全くいないそうです。
アメリカと日本は先進国では腐った司法システムを持つ双璧とも言える存在ですのでこういった状況も起こるべくして起こったと言えるでしょう。
プロの裁判官がやっていてもアメリカよりバカげた判例が出ているので2009年に裁判員制度が始まったら日本中から産科医が消えるんじゃないかと危惧しています。
超低栄養でもちゃんと胎児は大きくなりますが、負の側面もあるようです。
だからといってIVHを入れて高カロリー輸液を与え続ける訳にはいかないんでしょうけど。
夫婦関係か、 命の生誕か。
第三者が立ち入るべき問題ではないのかも知れないが
複雑な感傷です。
その時、どんな気持ちで・・・
察するに余りあります。
自分だったら、どうしたでしょう。
どうしたでしょう。
春野ことり先生もおっしゃっていますが、
それでも、生まれてくる命、全てを大切にしたい、とおっしゃるななさんは、
本当に素敵な女性、素晴らしい助産師と思います。
とても、重い言葉です。
一緒に共感して下さる先生がいて、
少し安堵しました。
死の臨床そうですが、生の臨床もまた
深く、重く、そして全力で向き合うべきもの
向き合う価値のあるものと思います。
コメント、ありがとうございました。
また、勉強になるお話をありがとうございます。
日本の司法制度は、知るほどにおかしな点が見えてきました。
裁判員制度が導入される前に、
先進国で唯一、医療業務に刑事罰を課する国であるという汚辱を
改善すべきと思います。
メタボリックシンドロームのお話は、初めて知りました。
悪阻もひどいと、実はIVHをすることがあります。
私も1例だけですが、経験があります。
頻回の嘔吐によってB1が欠乏するので、ウェルニッケ脳症になり得るようです。
やっぱり妊娠は命がけ、ということでしょうか。
若輩者、しかも独身の私にできるケアは、全く不充分で、
申し訳ないことしきりでした。
もとい、ケアできるものではないのかも知れませんが。
赤ちゃんを待つ、親の気持ちって、イロイロありますよね。
チョット話題がズレてしまうかもしれませんが、トラックバックさせていただきました。
これからも、よろしくお願いします。
先生の小児科メモに寄らせて頂きました。
こちらこそ、これからもよろしくお願い致します(^^/)
でも,2家族で話し合いをして,もとに戻りました。様々な葛藤と戦ってはいますが,新しい命も彼女のもとですくすくと育っています。月に1度は家族全員で会う機会も設けています。
2つの家族が次は崩壊ではなく,再生に向かって歩みだしているところです。
しかし、2つのご家族の中で、最も心が広く、
一番やさしい女性、素晴しい人格でいらっしゃるのは
ななさんではないでしょうか。
でも。
心の休まる暇は、あるのでしょうか。
煮詰まった時に、思い切り泣ける場所はあるのでしょうか。
ななさんの幸せを、祈らずにはいられません。
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