[屈辱の結末] 男子サッカー 反町ジャパンの内実。安田理大と内田篤人の視点
佐藤俊=文
text by Shun Sato
 ナイジェリア戦に1−2で敗れ、グループリーグ敗退が決定した時、安田理大は悔し涙も出なかったという。カナダU−20W杯の時は全身全霊で戦った末に敗れ、それが悔し涙となって溢れ出た。だが、北京の舞台の終わりには「やり切った感」ではなく、マグマのような怒りしか湧いてこなかった。

 「自分に対してもそうやし、チームに対してもなんでこれで終わるねんって。ほんまに腹が立って、ムカついて動けんかった」

 北京五輪、日本はアメリカ、ナイジェリア、オランダと戦い、3戦全敗で終えた。 '96年アトランタ大会以降、4大会連続出場してきたが勝ち点を取れなかったのは今回だけ。内田篤人は、すべてが終わった後、「初戦の負けがすべてだった……」と呻いたが、内容、結果ともに言い訳できない惨敗だった。

 なぜ、日本は勝てなかったのか。

 初戦のアメリカ戦では、内田は日本の動きにまずまずの手応えを感じていたという。

 「押し込まれる時間もあったけど、テンポは悪くなかったし、サイドからチャンスもけっこう作れた。CKからの(サイン)プレーも練習通り。あとは決めるだけだったけど、しょうがない。また次、って感じで気持ちを切り替えられたし、点を取れる感じはあった」

 グループリーグ突破の最大のテーマは、いかに点を奪うかだった。大会前の親善試合で内田らのサイド攻撃が決定機を量産したことで、その目星はついたはずだった。

 アメリカ戦でも内田はその期待に応えた。フィニッシュは的を捉えなかったが、チャンスは何度も作った。しかし、それが逆に「いつかは点が取れる」ような空気を生み、スローペースのアメリカに同調するように日本は持ち味の溌剌さを失っていった。

 後半2分に失点しても、日本は牙をむこうとしなかった。ジッと相手を見つめ、相手の動きに合わせてプレーした。安田は、その状況を歯痒い思いでベンチから見ていたという。

 「全然、動きが少ないし、パスもバックパスや横パスばっかりでしょ。仕掛けてへんし、勝負してへん。ユニフォームを着て、勝手に出たろかなと思いましたもん」

 アメリカは、GKを中心に巧みに時間を消費し、カウンター攻撃を徹底した。ボールポゼッションが高まった日本は、能動的に仕掛けていくことが必要になった。しかし「遅攻」は日本のアキレス腱だったのだ。

 「遅攻になった時、ゆっくり繋げへんし、落ち着いてさばける選手もいない。遅攻だけになるとほんまに厳しくなる」(安田)

 安田の危惧は現実となった。パスさばきの担い手と期待された梶山陽平は存在感を示せず、香川真司と本田圭佑は疲労で動きが落ちた。ゲームを組み立てる選手が必要だったが、ベンチにそうした選手はいない。豊田陽平を入れてパワープレーを試みるも、フィニッシュの精度は低いまま。「いつかは取れる」と思っていた彼らに、「いつか」は、ついにやって来なかった。

 試合後、膠着した状態こそ自分の出番だと自負していた安田は、江尻篤彦コーチに選手交代の意図を聞きにいった。

 「納得できんかったからね。そうしたら『次、切り替えて頑張れ』って軽くかわされた。自分はずっと苛立ってたけど、みんなはけっこう沈んでいたね。夜も選手だけのミーティングはなかったし、雰囲気も良くなかった」

 反町康治監督は試合後「攻守にわたってちょっとずつズレがあった」と試合のことのみに言及したが、ズレはそれだけではなかった。

 「ただ、次の日はもう気持ちを切り替えた。しかも練習のセットプレーの時、レギュラー組に入ったんで、バリバリやる気になった。最初からアグレッシブに行って、ブチかましたるって思ってたもん」(安田)

先制されてしまうと
反撃の策がないチーム。


 ナイジェリア戦、安田はプレーで気持ちを表す。サイドから仕掛け、勝負した。

 「自分の前の11番や4番はスピードはあったけど、1回振ってドリブルして行けば簡単に抜けたんで、どんどん仕掛けていけばチャンスは作れる感じやったね」

 だが31分、谷口に絶好のクロスを出した時、安田はアパムに右足甲を踏まれ、動きを止められた。その最大の決定機を日本は逸した。逆に、後半13分、香川のミスからオコロンコに左サイドを突破され、オビンナに豪快に決められる。素早いカウンターから3名がペナルティエリア内に走り込み、ワンチャンスを決めるという世界水準のゴールだった。

 内田は「まずいなぁ」と思ったという。

 「うちは、メンバー的に先行して持ち味が出るチーム。初戦もそうだけど、先制されて相手に引かれると苦しくなる。アメリカ戦もそうだったんで……。ただ、時間もあったし、チャンスは来ると思っていたけど、2点目が痛かった。あれでチームがガクッときた」

 しかも反撃するには、あまりにも策がなかった。最大の武器、サイド攻撃もサイドチェンジからクロスという流れを読まれ、容易に対処された。得意のカウンターもゴール前でスローダウンし、ノッキングした。スピードを落とさず、瞬時に判断し、ここぞという時に人数を掛けて攻めるナイジェリアとはあまりにも対照的だった。

 「先制されて守られたり遅攻になった時、相手を崩すだけの力がないのは以前からの課題やったし、本番では致命傷になるかもしれないと思っていた。うちは守れる選手はいるけど、打開できる選手はほんまいなかったからね。だから、ウッチー(内田)か自分のサイド攻撃しかなかったんやけど、世界の強豪相手にそれだけじゃやっぱり苦しかった」(安田)

 内田も同じ思いだった。

 「カナダのU−20の時は、俺とミチ(安田)がガンガン上がって、陽介(柏木)がさばいて、デカモリシ(森島康仁)が体張ってためて、その周囲を河さん(河原和寿)が動くというパターンがあった。けど、今回はサイド攻撃以外なかった。しかも毎回、人が代わったからね。それでも対応しないといけないけど、できなかったのはそこまでの力がなかったということでしょう」

 見習うべきは、ナイジェリアの1点目だろう。サイドでドリブルを始め、クロスを上げた時、ペナルティエリア内に何人の選手が飛び込んで来たか。日本の中盤の選手には、リスクを負って前に出て行く勇気がなかった。 

 後半途中から降り出した雨は、壮行試合のアルゼンチン戦の時のように激しくピッチを打ち付けた。「雨で流れた決着を本番のアルゼンチン戦でつけたい」という安田の願いは、豪雨に呆気なくかき消された。

 オランダ戦、二人は怪我のためにベンチで試合を見続けた。0−1でさしたる抵抗もなく敗れた後、内田は仲間の労をねぎらい、一人一人にペットボトルを渡して回った。

 「結果が出ないということは、世界は全力を出させてもらえないくらいのレベルだということ。カナダの時以上に差は広がっている。あの時は引き分けたけど、今回は勝ててないんで。ただ、世界とどう戦っていけばいいのか。それが少し分かったのが収穫かな」

 安田も改めて世界との差を感じた。

 「全試合、日本のサッカーは出来てなかったね。悔しいけど世界と戦うには技術、走力、フィジカル、メンタル、全部が足りん。カナダでナイジェリアとやった時よりも差を感じたもん。1年でこれだけ差が開くってことは、この先、もっと広がるかもしれん。守備も攻撃も磨いて自分も海外でやらなあかん。3連敗は、それに気付かせてくれた」

 反町監督は「戦い方に悔いはない」と3試合を振り返った。だが選手たちは、オランダ戦での戦術を独自の判断で変更するなど、「悔いは残りまくり」(安田)だった。試合後、瀋陽のスタジアムを挨拶をしながら1周したとき、内田と安田の表情は、悔しさと惨めさのため、氷のように冷ややかだった。

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