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ハッチへの伝言

大阪桐蔭のことでも、その他のことでも何でも構いません。足跡を残していってね。

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ホームページ刷新 いえいえさん

桐蔭のホームページが新しく。依然、特待制度は温存。こんなこといつまでやるのかね。だから桐蔭は進学校として評価されないのだ。
ある塾の模試。偏差値57、東大寺E、星光C、桐蔭英数選抜A。なるほど。これが桐蔭の評価なのだよ。
では実際それほどの差があるのか。実は同じ塾の模試で東大寺は合格中心帯が偏差値66。62以下から合格者がいないのに対し、桐蔭英数選抜は合格中心帯は59ながら、下は偏差値49から現実に合格者がいる。つまりきわめて幅が広いのだ。
だから「入りやすい学校」と識別される。何より桐蔭の偏差値に疑問がもたれるのが特待制度。どうせ上位は全部タダでしょ。そんな疑いがもたれる。現実にいまでも「英数選抜一組とやらはほぼ全員タダらしい」なんて話を信じる塾講師もいる。
真相はよくわからない。いろいろな塾との情報交換の中でも今年入学の特待ではっきりわかっているのは浜、希それぞれ一人の名前だけ。これをずっと追跡していくと面白い。学年が上がるほど、成績上位から特待の名が少なくなっていく。つまり「その他大勢」から這い上がっていく。
以前も書いたが灘合格には中学受験前に思春期に達していないと無理だが、桐蔭入学生の多くはそこまでいかないから、桐蔭に入学。しかし中学の間には思春期になるわけで、ここら辺から能力が開花するやつがいっぱいいるわけ。特待の役割があるとすれば、中一のこく初期に競輪じゃないが、ペースメーカーの役割を果たすことだけ。だったらやめちゃえばいい。
野球の影響で来春の倍率は上がる。だが塾の予想偏差値は「中堅」だ。真価が問われるのが実は来春大学実績を経ての翌々年入試。ここで評価を得られないと「第二の西大和」は遠のく。つまり来春、京大55、東大5。阪大神大大市大80あたりを出し、きっぱりと特待廃止できるか否か。2011年にはコース別募集撤廃。これがクリアできれば西大和を超える。
ハードルは高い。 (2008年09月05日 00時08分49秒)

訂正 いえいえさん

奈良学は近日アップしたよう。ただカスカスなのは変わらない。偏差値は年々急落。そもそも法人としての奈良学園規模で二校の一貫校は無理。大学不認可の問題もあり、注力のすべては登美丘。
私には「もう郡山はだめだ」との思いを持ちながらの、郡山維持に見える。そのせいか、食堂のおばちゃんも暗く、教師にも生気がないような。
一番学校がはっきりわかるのは数人の教師と話してみることだ。真摯で執拗な問いかけにも一生懸命、現在の課題も含め説明できる教師なら、その学校は安心だ。これは塾の偏差値や大学実績ではわからない。
桐蔭以上の学校もある。ここは十年後、桐蔭を抜くのではと私は本気で考えてもいる。 (2008年08月25日 13時04分00秒)

ホームページで学校を読む いえいえさん

端的なのは大学合格実績。清風南海、清風はこぞって今春実績をアップしていない。なぜか。ふるわなかったから。奈良学もそうかな。ここから父兄が読むべきことは「この学校は都合のいいことは言っても、悪いことはフタをする体質」ということ。
仮に入学後、真剣に子供のことを訴えても学校として対処してくれるかどうか。清風は「こどもと真っ向から」というが、幹部の脂肪みなぎった容貌は僧籍を持つとは考えられぬ。
兄弟こぞって実績が悪い。とりわけ南海はスーパー特進一期卒業で、我々にも「東大二桁、京大は倍増近く行ける」と公言したベテランも。実は私は昨年夏の段階で「苦戦」と読んだ。まず模試成績が全般的に悪い、次に学校を訪れればわかるがバラバラなのだ。
「一丸」がない。学校はあれこれと指導を入れるが、子供の顔には「また言ってるよ」との表情が見て取れる。こんな学校はまず翌年実績が上がらない。
奈良学はクリックするところいっぱいのページだが、中身はカスカス。医進設置しながら特進との差別化もほとんどはかられず。そもそもこの学校は教師に若さがない。かつての奈良学の「いい部分」はすべて登美丘に集約。「うちは自由が取り柄」。私には中年教師が楽したいだけの言い訳に聞こえる。
つまり、これらの学校は動脈硬化を起こしていると考えてしまう。旧来の方法をごり押し、それでダメでも改めようとせず「今年の生徒はね」と責任転嫁。
イエスマンの教師ばかりでは、絶対改革できない。
三年前、灘を辞退し清風へ進んだ者が話題に。「陸上がやりたかった」彼の将来を学校は本気で考えているのか。
「そう、だから桐蔭」。私はそんなつもりはない。そんなことを言った段階で、改革は失敗する。他校と比較せず、常に軌道修正しながら謙虚に前進。まだまだ謙虚さが足りない。 (2008年08月25日 12時45分37秒)

集中講義 いえいえさん

秋からは勤務校、さらに塾、予備校もハードスケジュール、その上塾ではもう来春六年生用のテキストの改訂もあり忙しい。週一回の講義以外にあまり時間を割けそうもないので、集中講義を夏に取り入れた。
盆明け月曜から昨日まで。昼、夜と不定期ながらトータル13時間。大学一年限定。これから大学の高度な学問をするにあたってまず基礎固め、というのが狙い。
「数学ってこうして学ぶのかと初めて知りました」「受験生時代に先生と会っていたら、私は第一志望に行けた」とも。別に自慢じゃない。ただ残念なのはこれまで18年、数学を彼らに好きにさせる指導者がいなかったことだ。
現役生が七割、浪人組が三割。その浪人組も予備校ではつまらなかったという。彼らに教わった講師を聞くと、結構名の知れた人物も。
やっぱり工夫が足りなさすぎる。私が数学に開眼したのは自主ゼミで出会った当時の東大助教授О氏によってだが、私はこれまで「目からウロコ」の数学の感動をどう後輩に伝えるかに腐心してきた。それはひとえに自分が数学で苦労したからひとしおだ。
だが多くの数学教師はもともと「数学が好き」なんだね。だから分からない人間を心底理解しようとしない。これじゃ教わる方が気の毒だ。
私は早くから自分の学問の限界は知っていたし、だからこそ「後進を育てる」ことに没頭、本気で弟子にフィールズ賞をとらせたいと考える。
昨日の続きのきょう、きょうの続きの明日の授業だけはしちゃだめ。一期一会、工夫しつくした最高のテーストを子供に提供するのが義務だ。教えるばかりじゃだめ、もっと他人の指導方法を学ばないと。君は教壇に立ってから学校、予備校の他の講師の授業を生徒の立場で何人聞いた?
その回数の多い奴ほど、授業はうまい。へたくそな授業でスキルも上げないで、子供が大人しいのをいいことに暴君の限り。君はすでに教師失格だ。 (2008年08月23日 19時19分54秒)

挨拶 いえいえさん

以前桐蔭生の挨拶が手ぬるくなったと指摘した。その影響か学内でもかなり指導が始まったと聞く。ともあれこれは桐蔭の根幹の問題。今後も一層の指導を願いたい。
実は私が桐蔭に好感を抱いたのも生徒の挨拶がどこよりも快かったことによる。愚息はそんな先輩に憧れて桐蔭への入学を決めたそうだ。
仕事柄、多くの私学を訪れるが挨拶に手ぬるい学校はどうも好感がもてない。灘も西大和もだめ。知らんぷりしてる奴が多い。東大寺だけがまだこの面ではましだが、桐蔭ほどではない。私の教え子の多くの父兄が桐蔭を選んだのも挨拶が徹底されていたから、という。野球日本一、来春の東大京大激増を狙うなら、以前以上に徹底させるべきである。
ところがだ。教員にもダメなのがいる。指導者が挨拶も出来ないで子供に指導できるか。すれ違っても知らんぷりの教員には失望させられる。これは校長含め幹部とて同じ。ある学校では毎朝校長が正門に立って生徒一人一人に挨拶している。まず隗より始めよ。校長室にふんぞりかえってないで、トップが改めることで劇的に変われるのではないか。「挨拶を徹底指導する」なら、まず校長副校長ら幹部から率先、垂範すべし。

ちなみに私は私学を訪れると一言二言生徒に話しかける。「中間テストは終わったのか」「クラブはどこだ」などなど。進学校で一番ダメなのは西大和。話しかけても怪訝な顔。なるほど。自民党代議士にとってはあいさつよりも進学ということか。いくら京大入れても挨拶も出来んようなガキが社会に出て何ができる?「その通り」なんて言ってる場合じゃないぞ。あんた自身、生徒、父兄にちゃんと挨拶して教壇に立っているか?
ともあれ、挨拶は根幹。ここをないがしろにしていくら進学実績積んでもダメ。ご近所に「行ってきます」の声も出せないガキはいくら東大行っても使い物にゃならんよ。だから。勉強、スポーツよりまず挨拶だ。 (2008年08月23日 03時13分37秒)

世間の見方 いえいえさん

桐蔭や○○はね、野球部や勉強すごくできる奴はただで学ばせて、その他大勢からがっぽり稼ぐ学校だよ。
意外と世間はそう見ている。野球部はともかく一類はどうなのだろう。特待生の数は公表してない。ごく親しい桐蔭幹部から聞いた数は世間で言われるほど多くない。英数選抜でもここ数年、特待入学の例をあまり聞かない。私の愚息は西大和辞退、教え子には星光、洛南、西大和、清風南海、六甲、高槻、大教大、四天辞退はそう珍しくない。知人の別の塾講師は東大寺、鹿ラサ辞退入学例も聞いている。いずれも特待生はいない。だからカネは払っている。少なくとも良識ある塾講師は特待志願を勧めない。子供を学校からの圧力を受ける立場には置きたくないのが本音。
確かに一部の塾では今でも東大寺、神女レベルを特待志願させる例はある。だがその特待合格率は驚くほど低いという。おそらく、だが灘中180人の高格者のうち上位15番くらいまでしか特待望みは薄い。
私の教え子で中学受験模試偏差値43で入学、滋賀医大合格など「桐蔭で伸びた子」はいっぱいいる。
現実はきちんとカネを払っている生徒が東大京大に合格している。ならば変な噂の立ちやすい特待など早々に廃止させた方がすっきりする。 (2008年08月20日 11時22分05秒)

4059校の頂点 いえいえさん

ついに。予備校の講義の合間、喫茶店のテレビを見ながら不覚にも涙がこぼれた。ありがとう西谷監督、そして野球部のみなさん。
徳島・池田高校にほれて以来の高校野球ファン。優勝選、勝った方も負けた方も「君たちはみんな金メダル」。選手の行進、歓喜、涙のアルプスを見ただけで涙腺がゆるむ。
喫茶店で大量リードの展開を見て「一点くらいやれや、それが武士の情け」といってる男性がいた。翌日の新聞各紙を見てわかった。常葉菊川は寸分の油断から、試合を作るチームなのだ。だからこそ西谷監督は大量リードをもらいながらも「なお一点」の加点にこだわり、それでもなお「ゼロ対ゼロ」の緊張感で試合にのぞませる。菊川の怖さを知っているからこそ、零封にこだわり、寸分のスキも与えない。完璧だ。
私は長く受験界にいながら、これほどの緊張感をもって生きてきたことがあったか。桐蔭の幹部が「野球は全国大会出場は当たり前。狙いは日本一だ」と言っていた。こんなことを言っちゃいけない。勝負の渦中の人間の発言ではなく、あくまで傍観者の圧力。こんな発言が野球部をどれほど苦しめたか考えた方がいい。
応援にもいかなかった高3、高2生、教員よ。この借りは絶対来春大学入試の結果で返せ。これも傍観者の圧力かって?ふざけるな。以前にも書いたが甲子園に出るだけでも東大以上の苦闘の成果だ。日本一ともなると、東大の比ではない。
野球部の死闘に比べれば東大京大なんぞ、全員出場権なみに簡単だ。1年364日、死闘の野球部の晴れ舞台も行かないからには、それなりの覚悟は最低限のモラルだ。大量点を奪ってなお、たずなをゆるめぬばかりか、締め上げる桐蔭野球を見て君は何を学んだ?
「ここまでやれば十分だ」。そう言ってたばこの火をつけてる場合じゃないのだよ。もっともっと締めよ。
そして野球部に恥じぬ一類2類を築け。
私は今夏の桐蔭の姿を生涯忘れない。 (2008年08月20日 02時26分36秒)

祝・決勝進出 いえいえさん

準決勝一塁側特別席から見た。中田のときより全体的にまとまっている。私は何より西谷監督の人となりに負うところに多いと思う。相手は所詮高校生、監督にびくびくしては思い切ったプレーもできない。結構ベンチの監督を見ていると、指揮官はどうあるべきかを学ぶことも多い。選手が自分の思い通りの働きをしないと、叱りつける監督はまず優勝戦までは残れない。動かざること山のごとし。どっしり構えた西谷監督を見て「いい監督だからいい選手が育つ」と考えてしまう。
高校野球。私の大学の友人が某野球中堅校監督を務める。数年に一度甲子園に出るかでないかの程度。
その彼の日常はすさまじい。奥さんも教員だから、家計はそちらで。自分の給料の大半は野球に消える。公立だから財政乏しく、バッティングマシンから送迎バス中古まで自腹で買った「野球バカ」。家で子供と一緒にいれるのは新チーム移行前日の一日だけ。364日は家庭も顧みず野球ばかり。
それでも数年に一度しか出られないのが甲子園。大阪桐蔭のすごさはこの事実だけでも十分。口には出さなくても西谷監督は「進学コースの教員より俺の方がしんどいよな」と思っているのではないか。すさまじい指揮官の自己犠牲がないと、とても出せる結果じゃない。
期待への重圧と、選手を伸ばすこと。この二つの両立は困難極まりない。不心得にもビール片手に観戦。すみません。三塁アルプスの歓喜に思わずもらい泣き。
いい試合でした。
さて、野球応援しないなら、それだけの実績を上げるのが西谷監督への最低限の礼儀だよ。進学組の教員諸君。
さていよいよ天王山。不幸にも私は予備校の本格講義で応援には行けません。だから、監督に恥じないよう桐蔭の卒業生を「不敗の戦士」にしてみせます。それが監督へのおわびです。
力いっぱい。ここまでくれば後は戦い抜くだけ。楽しくも怖い一日のスタートです。
(2008年08月18日 00時29分49秒)

超気持ちいい いえいえさん

と言えるまで勉強しろ。有森裕子が「自分で自分をほめてあげたい」と言ったことも。いずれもとっさに浮かんだ彼らのセリフは流行語にもなった。なぜあんな言葉が出てくるのか。それはそこまで行った者だけに神が賜る言葉なのだ。
恥ずかしい話だが、いい歳をしてまだ灘高校合格を知った瞬間に勝る思い出は私にはない。入江塾の凡才、中学出席日数もほとんどなく、灘に入れなければ行く高校もない。死に物狂いだった。
不思議な縁だが英語、国語は問題なかった。難問は数学。模試では55なんて偏差値も。受験直前三か月、家にも帰らずほとんど入江塾泊まりこみ状態で毎日数学ばかり15時間はやった。最後の戦略は五問中、私の不得手な図形は手をつけないと決めた。残り四問に全力。ある一冊の問題集をそれこそ七回繰り返した。問題文も解答もそらんじられるまでだ。
「いえいえくん、灘合格、おめでとう」。先生はそういって私を強く抱きしめてくれた。私は不覚にも先生の胸の中で嗚咽した。「ようがんばった、つらかったな」。あのときの先生の言葉は今も忘れない。私のあのときの言葉は何だったのか。「超気持ちいい」でも「どんなもんだい」でもなかった。ただ泣いただけ。15の少年には五輪トップアスリートのような、強い言葉の武器は何もなかった。すべては書き写すことから始まる、というまるで適塾のような塾のなかで、ペンダコから血をふくまで勉強した。
私は思うのだ。不得手な数学でメシを食っていることもそうだが、その後の人生でもそれ以上の嗚咽した日はないことは不思議だと。灘合格の日から私は、あまりにも無為な月日を生きてきたことになる。
受験生よ、やってやってやってやりぬけ。「欲しがりません勝つまでは」じゃなく「眠りません、勝つまでは」などと本気で考えるほど。後でふりかえると「よく耐えたな」だが、意外と死に物狂いの最中は苦しみも何も感じない真空地帯だよ。 (2008年08月13日 23時10分06秒)

夏休みも後半戦 いえいえさん

熱い夏。この時期頑張った者が秋の豊作を約束される。勉強はマラソンの野口みたいに直前練習で「頭を痛める」心配はない。さて来春の大学合格へ桐蔭の夏も熱い。ただ長時間の拘束だけでは無意味。夏期講習は教師にとっても知恵の絞りどころ。「昨日の続きのきょう」では参加させられる生徒が気の毒。
一回読み切り講談のように「●●に強くなる」なんてタイトルがつけられる講座を展開したい。そのためには一時間教えるのに最低三時間の自習は教師も必要だ。「二時間の演説なら30分の準備でいいが、15分の演説なら2時間は準備が必要」といったのはケネディだったかな。短い集中講座ほど大変なのだよ。
そうした教員の努力が来春の実績につながるのだ。
桐蔭は大変な時期だ。「第二の西大和」には最長でも後3年で真価が問われる。とりわけ敵の少ない奈良と異なり、北野、天王寺など公立勢の進展すさまじく、橋下改革のもとでは桐蔭は西大和のようにゆっくりしておれない。「来春でケリをつける」つもりで、来春東大京大最低55、阪大神戸市大で60はいきたい。来々春は特待廃止し星光辞退15人、四天辞退20人以上は呼び込みたい。そのためには来春が「勝負」だ。君の全身全霊をかけて鍛え上げよ。北島康介の予選敗退はないように、鍛え上げられた戦士に敗北は絶対ないのが大学入試。「落ちる」のは本人よりも、それをコーチしてきた教員の責任だ。灘に勝てる精鋭を鍛え上げよ。

(2008年08月13日 18時11分45秒)

早稲田摂陵 いえいえさん

早大との系列化で40人早大入学は魅力か。「銀次郎の合格サプリ」で大阪桐蔭をしのぐかも、と書いている。父兄にとって早大推薦枠はそれほど魅力あるものだろうか。
早大出身の私が言うのも変だが、学校改革で慶応に水をあけられた早大の悪あがきにも見える。レベルの低い学校と手を組まねばならないほど、関西では関関同立の高校系列化が進んでいるということの裏返し。どこの私学も必死なのだ。
有名私大の推薦枠は、三類で学校の名をあげた諸氏に優先的に割り当てるべきで、二類一類は自力で大学へ進みたまえ。それが桐蔭の基本的な考え方であるべきだ。四天王寺の教員の話では、私大の推薦枠は例年ほとんど使い切れないそうだ。大半が国公立志望だから、そんな推薦されちゃたまらないよね。
桐蔭も多くはその傾向だろうし、今更、同志社を「関西の雄」と進学過熱させてもほとんど盛り上がるまい。「大してできない子」を同志社でなく、大阪市大に、あわよくば東大に入れたいというのが、多くの父兄の学校への偽らざる期待だろう。
私は早稲田摂陵は系列の失敗例だと思っている。私の受験時は合否を学校は知らせてもくれず、電報屋の学生バイトに掲示板見てもらっても信用できず、わざわざ掲示板を見に行った。そこで初めて合否を知り、合格してれば窓口に受験票を差し出すと、入学書類を受け取る。見に行かなかったら入学書類は破棄される。
そんな高飛車な学校だった。
当時の早大は超人気校で、文系なら最難関の政経から社会科学部まで、全学部受験もざらにいた。
慶応はどちらかといえば不人気だったが、地道に学生のケア充実に力をつけてきた。
今更、早大に「バカな君もうちの大学ひょっとしたら入れるよ」といわれても、食指はそそらない。ともあれ学校改革が二テンポ遅れている。
「いえいえ先生は早稲田ですか。スーフリですな。東国原知事もそうですね」。いやあ、落ちぶれたものです。 (2008年08月11日 00時59分54秒)

現役合格 いえいえさん

中学受験校選定に大きな要素を占めるのは大学実績。しかし私の立場は極めて複雑。現役以外は「予備校のおかげ」とも言えるからだ。私の勤務校の今年の卒業生で、現在私の予備校講義を受けているものもいる。何とか通したいと思う反面、現役時にできなかったことを後悔もする。だから最近では勤務校と予備校へ行くときでは自分の人格を別人にする。高校教員の立場では現役合格に全力で、予備校ではこれ以上浪人させぬことに全力を。
ただ現役合格でも最近は予備校と併習しているケースも多く、こうなると「僕が頑張った甲斐があった」と胸を張りにくい
勤務校では通信添削も含め、一切をやめて学校一本に絞ることを職員会議で提案した。
すると猛反発に。責任を全うする自信がないのだ。通添と併用してた生徒が落ちれば「学校に絞ってくれていたら」と言い訳できるからだ。実は塾、高校講師の立場でいうと、雑誌の進学実績で学校を評価しない。浪人の多い学校など、その学校のおかげじゃないのだ。ある塾経営者の方が各校現役合格率の問題を論じているが、その通り。いくら最難関でも浪人して京大はその学校の「勲章」ではなく「汚点」だ。桐蔭は現在自前で完結させていることは大いに評価に値する。だが進学校化の過程で徐々に予備校と持ちつ持たれつの共存を模索する例が案外多い。現在の西大和はかなり予備校とダブル例がふえた。これで浪人したときの互いの責任なすりつけあいができ、学校はある面では安心かも知れぬ。
中学入試説明会で「うちの生徒は学校の授業だけで京大に入れた」と強調する学校ほど眉唾。本当に自前でやりきる学校はこうしたことは言わない。なぜならカリキュラム上、それが困難なようにしているから。夏休みたっぷり、学校を終えてまだ日が明るい、という学校は予備校へ行くための環境づくりをしているともいえる。これですべれば「だからいったろ。うちの先生だけを信じろって」。 (2008年08月09日 01時28分33秒)

灘の秀才 いえいえさん

灘の同窓会は関西より東京の方が人が集まる。フジテレビの黒岩が長く幹事を務め、政官財の大物も集い、情報交換、同窓会が事実上、国会の特別委のような「最高意思決定機関」となり、日本の方向性を決める側面がある。もちろん集まるのは灘、東大、社会人でも一線を走った者だけが集う「灘の勝ち組」。
灘で私のように関西にとどまるものは比較的少数派で、同窓会では「関西支部」の様相。
東京の勝ち組同窓会に面白い人物がいる。灘で私の一年下。東大オープンで全国一位、東大法学部から官僚に。米の大学院にも国費留学、未来を約束された男だった。昨秋突然、長い東京生活に終止符を打ち、仏門に。修行僧としての生活を送っている。
彼が暮らす町にほど近い奈良・吉野でこれまで二度交流を持った。もちろん酒はだめでお茶を飲みながら。
吉野の緑を眺めながら「いやね先輩、霞が関を走ることが何だか人間として異常じゃないかと。後悔してませんよ。自然と同化して生きる。私は今、息をしながらも御仏の無上の慈愛を感じるんです」と。
桐蔭の吉野合宿を見てふと思い出した。ここで来春の勝利を誓う者たちが集い、一方ですべてに勝利した男がすべてを捨てて選んだ町。不思議な機縁を感じる。 (2008年08月08日 08時14分47秒)

小学生から院生まで いえいえさん

某大学で教鞭をとり始めて10カ月になる。まだ研究室に籍を置く身で、これまで小中高校生指導と学参執筆が中心で、どうかとも思いながら「まあ勉強か」と引き受けた。非常勤だからきわめて安い。これは国公私立どこも同じ。非常勤だけでは絶対食べていけない。それこそ予備校単価の十分の一。だが小学生から院生を指導して分かったことがある。
数学専攻の学生ばかりではない。とても理系と思えないのも数多い。専門的な詳細は割愛するがひとことでいえば「できない」。そんな学生とはメールを利用しての相談にも応じる。統計をとって分かったことは中学三年から高校一年に「穴」があるということ。ここを乗り越えないと数学はどうもモノにならない。そう、公立では一般的に中学、高校に分かれ教員も別。中学教員は高校課程などほとんどわかってないのも多い。そもそもシステムに欠陥があるのだ。この中三から高一を一貫して教える体制と、徹底した強化策がないとどうにもならない。
逆にいえば中高一貫では「中だるみ」の時期とも合致する。しかしこの年齢層にこそ鍛え上げないと、高二以降がつながらないのだ。これは私論だが学部、博士前期くらいまでは努力で数学はどうにもなる。だがそれ以降はやはり才能。だがこの自分の隠れた「才能」と出会うためにも、その前段階を超えることが絶対必要。
この秋から勤務校の中三、高一のシラバスと指導様式を一部変える。院博士前期につながる基礎学力を徹底的に学ばせる。桐蔭のシラバスとかなり比較検討、かなり似ている部分もある。高三の受験指導からもはずしてもらい、この二年間の立て直しに注力。
成否は分からない。だが小学生から院生指導を通じて見えた数学の道、どこまでも進む。現在私の近辺でも小学生から院生指導というのはまずいない。しょせん大学では「数学屋さん」扱い。だけど専門数学者でないからこそ、偉大な数学者を輩出する素地があるとも思うのだ。 (2008年08月07日 23時59分02秒)

冷静にお願いします 数学のハッチさん

桐蔭の先生方は皆熱心ですし、生駒おろしさんの仰ることも理解できます。また、桐蔭はこの数年で急激に変貌を遂げたので、ここで妥協せず、あらゆる点について改革進めるべきとする、いえいえさんのご指摘も納得できます。しかし、保護者のみならず、教師でさえも、考え方は千差万別ですから・・・。 (2008年08月07日 00時54分19秒)

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