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シーラさん(仮名)は、外国から来た妊婦さんです。
妊娠経過は途中までは順調だったのですが、次第に赤ちゃんに発育遅延が見られるようになり、
詳しい検査を目的に、ご入院さました。
ご主人も同じお国のご夫婦で、母国語が英語ではないのですが、
ご夫婦と私と、お互い片言の英語で、何とか意思の疎通ができました。
心を割って話せる友人もいない知らない国で、妊娠しただけでも大変でしょう。
そんな時に赤ちゃんの発育遅延がわかり、
シーラさんは、当然のことながら非常に強い不安を訴えていました。
しかし片言で、私の乏しいボキャブラでは、
シーラさんの不安を受け止めるにも限界があります。
では、ドップラーで赤ちゃんの心音を聞いてもらって、聴覚に訴えるのはどうだろう、
あるいは、超音波で赤ちゃんの動いている様子を見てもらって、視覚に訴えるのは如何か。
いろいろ試しましたが、シーラさんの不安を和らげることは、できませんでした。
時期が来て、シーラさんは、小さいけれど元気なお嬢ちゃんをお産されました。
出てきた赤ちゃんを診察して、凍りつきました。
手の指が、6本あるのです。
ただでも不安の強いシーラさんに、指が6本なんて話したら・・・
幸いにして、その他の異常はありませんでした。
心の準備をしっかりして、シーラさんと向き合いました。
「シーラさん。実は赤ちゃん、手の指が6本あるんです・・・」
どんな嘆き声が響き渡るだろう、と、身を縮めて待っていると、
「えええ~~~っ、うれしい!」
・・・え?
よくお聞きしたら、シーラさんのお国では、
指が6本ある女の子は幸せになれる、という言い伝えがあるのだそうです。
幸せの多様性は、計り知れません。
マリアさん(仮名)も、外国から日本に嫁いでいらした女性です。
日本に来て1年くらいしたところで、倦怠感、気力減退、気分の落ち込み、不眠などの症状が出現し、
私の外来にいらっしゃいました。
流暢な日本語で、淡々とご自分の症状をお話しになるので、
その冷静さが、却って気になります。
ひとしきりお話を伺ったところで、こちらから質問をしてみました。
「マリアさんは、お国はどちらですか?」
「お国」と言った途端、マリアさんはわあっと泣き出しました。
「タイです。タイに、帰りたい・・・」
不調の原因は明らかです。
しかし、日本での生活もありますので、
ひとまず薬物療法とカウンセリングで、対応することになりました。
2週間に1度のペースで通院を続けているうちに、
症状は緩和し、マリアさんに笑顔が見られるようになってきました。
そんなある日、
「最近、生理じゃない時に出血する」とのこと。
念のため、婦人科的な診察をすると・・・
クスコをかけた途端、血の気が引きました。
肉眼的にわかる、子宮頸癌です。
早急に検査を進めたところ、幸いにして手術が可能なステージです。
ご家族を交えて、病状と今後の治療法について、ご説明しました。
抗がん剤治療の後、手術が必要であること、さらにおそらく放射線治療が必要になること、
それには半年くらいの時間を要すること。
はっきり病名を告知するのは、癌としっかり戦ってほしいからであること、
戦って、健康を取り戻した方も大勢いらっしゃること。
マリアさんは、こちらの説明を静かにお聞きになっていました。
そして、
「先生、お話は、よくわかりました。
でも私、国に帰ります。
そして、子供のころから通っている寺院に行って、薬をもらいます」
薬は、木や草を砕いた粉末だそうです。
言葉を尽くして説得を試みましたが、最終的にマリアさんの決心は変わりませんでした。
紹介状を取りにお見えになった時、マリアさんは笑顔で言いました。
「これで国に帰れます」。
柔らかな、笑顔でした。
人の幸せは、その人の心が決めるのでしょう。
コメント
コメント一覧
ある事象を自分がどう受け止めるかで幸せって決まるのですよね。とてもいいお話でした。
マリアさんのお話は医療者の立場から見ると歯がゆく残念です。
似たような話題をトラックバックしました。
中でもマリアさんの症例は、先生としても大変おつらかったのでは……。
実際の臨床は、教科書のようにはいきませんね。
でも、本当に母国に帰りたかったのが伝わってきます。
最近は、各国の方が、病院に来られるので、なな先生もいろいろと大変だと思いますが、今回のお話もとても勉強になりました。
私がもし、異国で出産や病気になったら、きっとなな先生のようなドクターに会いたいです。もちろん、日本でもそうなのですが。
TBして頂いた「シュリーの選択」、拝読しました。
先生の穏やかな文章もさることながら、
ブランコに揺られるシュリーさんの明るい写真に、
心打たれました。
がん患者さんとしっかり向き合う先生の姿勢には、
本当に頭が下がります。
私には、続けられなかったことです。
シーラさんの話には、私も目からうろこでした。
「人によっては指が6本の方が幸せなのだ」。
そのくらいのつもりで患者さんと接しないと、
大切なものを見失うかもしれませんね。
うふふ、シーラさんのお国を先生にお知らせしたいのは山々ですが、
これを公表してしまうと、シーラさんと私が誰なのかばれちゃいそうなので、ナイショです。
ただ、お国全体というより、シーラさんのご出身の地方、
ということのようでした。
先生は、前回といい、私のような臨床医の気持ちを、本当によくわかって下さいますね。
マリアさんのことでは、無力感に打ちひしがれました。
何しろ、operableな状態でしたから。
しかし、子宮頸癌の初回治療は、非常に厳しいものです。
chemoで完全脱毛になり、腹部には恥骨上~心窩部まで術創ができ、しばらく排尿トラブルが持続し、リンパ浮腫になりやすくなります。
それでて、必ず根治が期待できるわけではありません。
一方で、シーラさんのことくらい異なる価値観もありなのかと思うと、
マリアさんにとっては、あれが最善の選択だったのか、とも思います。
でも・・・
ようやく移住に伴う痛みを克服してくれた、大切な患者さんの選択ですが、
今でも心から支持できずにいます。
ところで先生のブログ、拝読しました。
軽妙なタッチに、惹きこまれますね。
一気に読んでしまうのは勿体ないので、
当直時の楽しみに、取っておくことにしました(笑)。
患者さんの視点で、マリアさんの母国に帰りたかった気持ちに共感して下さると、
ああ、やっぱりあれでよかったのかな、という気持ちになります。
何が最善なのか、決めるのはマリアさんご自身ですから。
>最近は、各国の方が、病院に来られるので、なな先生もいろいろと大変だと思いますが、
そうなんですよ~~
わかってくれる人がいるって、嬉しいことです。
今後共宜しくお願いします。
同じことやものを見ても、いいと思ったり、嫌だと思ったり。
自分が幸せと思う形をはっきりわかっていることは一番幸せだと思います。幸せをつかむ能力があるというか。
お二人ともご自分の幸せの形をわかっていらしたんだと思います。そしてその形をつかんだ。すばらしいことです。
それもなな先生とお話して作っていかれた幸せだと思います。先生、無力だなんていわないでくださいね。
>自分が幸せと思う形をはっきりわかっていることは一番幸せだと思います。幸せをつかむ能力があるというか。
今回のまとめは、これですね!
身の回りに散らばっている幸せの素を見つけられる力と
「私はこう」と思える価値観。
ここに書いた2人の女性は、確かに幸せそうでした。
またひとつ、ひいよん先生から幸せの素を頂いてしまいましたね(笑)
ひいよん先生のコメント、感動しました。
私もそう思います。
「幸せの素は、自分の中にある」
ある産婦さんの赤ちゃんは大奇形があり産まれても生きられないと確定診断をされていました。
あらゆる医師が今すぐにでも出産をと勧めました。
しかし彼女は彼女と彼女のご主人とで決めました。
お腹の中で育てられるだけ育てると。
陣痛が来たらそれはそれで受け入れる、
ある日突然心音がなくなってもそれはそれで受け入れる、
それが、赤ちゃんに対してできる母としての恩返しだと。
素敵な笑顔で、いつも赤ちゃんに話しかけておられる方でした。
教科書ではこういうケースではこうするのが医療ということはわかりますが、
現場は教科書に載っていない大事なことの方がたくさんあります。
相手を尊重するという経験は、本当に相手に教えていただける大事なことですね。
マリアさんの方は、医師としてはなかなか受け入れにくいですよね。でも最終的には患者の意思ですから、仕方がないと思います。死ぬ病気じゃないですが、うちの病院で子宮筋腫でひどい貧血を起こしても、「絶対手術しない」という人が何人かいます。中には「切らなくてもいい」と言ってくれる医者を求めてさまよい続けていた人も。人間には愚行権もありますから、受け入れるしかないでしょう。
お話の産婦さんの選択に、深い母性愛を感じます。
本当に、赤ちゃんのことを愛していたのではないでしょうか。
臨床に関するコメントにも、共感します。
臨床経験を積む、とは、いかに教科書に載っていないことを身につけるか、
ということと思っています。
素晴しい女性医療者・同士たちの存在に、ブログをやっていてよかったと
心温まる気持です。
>がん患者さんとしっかり向き合う先生の姿勢には、
本当に頭が下がります。
私には、続けられなかったことです。
とんでもありません。先生の患者さんとしっかり向き合う姿勢はいつも尊敬しています。
毎日大変だと思いますが、お体を大切に頑張ってくださいね。応援しています。
>某国では指の数や腕の数は多い分には「神に近い」と言うことで尊重されているのだそうです。
うふふ、そうです、そのお国です。
シーラさんが同じようなことを言っていました。
でも、「多様であることを受け入れる」というのは、今までは知り得なかった視点です。
これもまた、素敵な考え方ですね。
マリアさんのことは、今でもあれでよかったのかと、自問することがあります。
マリアさんのご主人に、
「マリアさんの気持ちを支えられなかった上、
彼女が極限に追い込まれた時に、日本での生活を放棄されてしまった」
という、深い傷が残ってしまいましたので。
今後ともよろしくお願い致します。
幸せになるのも不幸せになるのも自分次第ですね。
不幸な一例をトラックバックしました。
久しぶりに普通の時間に書いてます^^;
ネット上のお友達に多指症のお子さんを持つ若いママさんがいまして、この記事を是非読んでと紹介しました。今まで外に向ける姿勢だけは強気を保っていたそうですが心の中は不安で一杯だったようです。でも、この記事に出会って感動したとともにお子さんとのこれからにとても前向きになれたと言ってました。
先生のブログはたくさんの方の元気の源です。
彼女の代わりにお礼を言わせてくださいね!
ありがとうございます!!
日本で6本の指のお子さんが産まれたら、正直なところやはりショックを受ける方が大多数と思います。
そんな時に、シーラさんのお話が聞けたら、少しは救いになるかも知れませんね。
その方のことも、私のことも思い遣って下さるやさしいmizuhoさんに、
もうひとつお話を。
私の先輩女医で、本人が6本の指を持って産まれた人がいます。
外科系の医師で、1児の母です。
ちゃんとopeができるくらい機能的には問題がないし、
人並みの幸せも手に入れています。
その方にお伝え下さいね。
>人を幸せにできるのは、人の心の中にあることが十分伝わりました。
本当にそうですね。
既にお読みになったかも知れませんが、
ここにTBして下さった春野ことり先生のブログは
さらに深遠なお話です。
>でも、他の先生のコメントで、お見かけするようになり、交流の場をもたれている様子が、とても楽しそうですね。
これを見ていて下さった方がいたことに、小さく驚き喜んでいます。
実は、4月から当直をペースダウンさせてもらったのです。
自分ではフルパワーで当直しても大丈夫なつもりでいましたが、
少し力を抜いてみて、過重だったことに初めて気づきました。
他のことをやる気力が戻ってきて、自分でびっくりしています。
半年ぶりくらいに美容院に行ったし、
先日は、久しぶりに本来好きな花を買って帰って来ました。
他の先生方のブログも読みたいと、ずっと思っていて、ようやく実現できました。
Eさんもお仕事、大変なのですね。
そんな時はちょっと力抜いて、
お互い、頑張り過ぎない程度に頑張りましょう。
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