なな
More プロフィール

Search

Calendar

<< 2008/09 >>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30

トップページ

Doctors Blog

ブログの購読

新着コメント

  • 番外編
    • にゃも (09.10 00:52)
    • にゃも (09.10 00:13)
    • ちこちこ (09.10 00:09)
    • mike (09.09 23:18)
  • 大野事件の終焉:無罪確定
    • いいくん (09.10 00:05)
    • K&R (09.09 20:57)
    • なな (09.09 20:44)
    • なな (09.09 20:36)
    • なな (09.09 20:29)
    • なな (09.09 20:26)

新着トラックバック

< 働けど働けど・・・ | メイン | 怒り >
2007.03.02 21:20 |  診療  |  なな  | 推薦数 : 11

忘れられない患者さん (3)

医療にまつわる話題に関しては
暗い話ばかり、こと欠かない日々が続いています。
大阪の国循で、ICUの先生方が、全員お辞めになるとは……

私自身も、いつまでこんな状態が続けられるか、わかりません。

でも、続けている限り、こんな日々もあったことを
留めておきたいのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

研修医として、初めて癌患者さんに接した頃のことです。

担当したのは、30代の若い患者さん、千代子さんでした。
受け持った時には、既に病状が進行しており、
癌に対する積極的な治療はしておらず、「緩和ケア」と言って、
痛みや苦しみを和らげることを主眼とした治療のみをしていました。
ご家族は毎日お見舞いにいらっしゃるのですが、
お嬢ちゃんが小さいこともあり、あまり長時間ベッドサイドに居られないようでした。
自らの余命をご存知の患者さんは、絶望的な心細さと、常に隣り合わせです。
当然のことながら千代子さんも、いつも寂しがっていらっしゃいました。
新米研修医だった私には、どうすることもできませんが、
寂しがる千代子さんのそばにいることだけは、できました。

そばにいると、千代子さんが喜んで下さるので、
とにかくいつも千代子さんいる、あの2人部屋にいました。
千代子さんが何の癌だったか、どうしても思い出せませんが、
千代子さんのご家族と、ペットの名前、食べ物の好き嫌い、好きな曲、
病院の近くの喫茶店のお気に入りメニュー、得意なお料理、好きなお花は
全て思い出せます。
リンパ浮腫のため、両足が非常に浮腫んでいましたので、
毎日1時間くらいかけてマッサージしながら、おしゃべりしていました。
「気持ちいい」と言われては、得意な気分になったものです。
歩けなくなった千代子さんが「どうしでも外に出たい」と言った時には、
車椅子で病院の庭までお連れして、2人で銀杏の葉とぎんなんを拾ったこともありました。
癌性腹膜炎のため、ほとんどものが食べられなくなってしまいましたが、
眠っていることが多くなった千代子さんに、アイスクリームを食べたいと言われて、
こっそり買いに行って、一口だけ食べさせてしまったこともあります。

コマねずみのように働き回らなくてはならない研修医が時間を取れるのは、主として夜ですので、
一日の仕事が終わった夜になって、ゆっくりと千代子さんのお部屋に行くのが、日課になっていました。
次第に意思の疎通ができなくなってきましたが、それでも夜2,3時間は一緒に過ごしました。

ある寒い朝、千代子さんは眠るように亡くなりました。
医者になって初めて経験する、患者さんの死でした。

受け持ち患者さんが一人亡くなっても、いつもと同じ日常業務をこなさなくてはなりません。
千代子さんを見送ったその日も、病棟処置にopeに、一日中動き回りました。
学会の下準備まで手伝って、仕事が終わったのは、午前0時過ぎ。
千代子さんに下顎呼吸が見られるようになってから、ずっと付き添っていたため
かなり頭がボーっとしていた私は、つい朝のことを忘れて、
千代子さんの部屋にふらりと入ってしまいました。
空っぽになったベットをみて、はっと気づきました。

千代子さん、もういないんだ・・・

いつものように、ベッドサイドのパイプ椅子に腰かけました。
大きめの窓から、光々とした月明かりが差し込んでいます。
不意に、ドア側にあるもうひとつのベッドから、声がかかりました。
「先生、寂しいですね・・・」

千代子さんと闘病生活を共にした、同室の、節子さんです。
50代半ばの物静かな患者さんですが、
そういえば、どなたかお見舞いに来ているのを見かけたこともなければ、
節子さんの担当医も、あまりベッドサイドに侍るタイプではなく、
いつも一人で、ひっそりとベッドにいらっしゃいました。
私自身も、自分の担当患者さんばかりに夢中になって、
節子さんとは、朝晩の挨拶をする程度でした。

同室の患者さんが亡くなり、運ばれて行くのを見て、
どんなお気持ちだったでしょう。

「先生、寂しいですね・・・」
私の働きぶりを見て下さっていただけでなく、それまでの非礼を赦し、
さらに、千代子さんを失った悲しみを共有して下さる、懐の深さ。
あのひと言に、人として、医者としての基本的な思い遣りを、
教えて頂いたと思っています。

固定リンク | コメント (14) | トラックバック (0)

トラックバック

この記事のトラックバック URL

http://blog.m3.com/nana/20070302/___3_/trackback

コメント

コメント一覧

なな先生。 
貴女は本当にイイ人ですね。
いや、イイ人じゃなくて天使のような女医さんです。
昨今の医師のブログは、医療崩壊邁進中のせいか嘆き節が主流なんですけど、
貴女は違いますね。
その前向きで真摯かつ真面目な姿勢には、三拝九拝ものでございます。
でもね、なな先生。
くれぐれも、ご自愛の上でご活躍下さいね。
written by 通行人A / 2007.03.02 23:04
いつもブログ拝見しています。
私も、受け持ち患者さんの初めての死は忘れることが出来ず、その患者さんのことは今でも鮮明に覚えています。見舞う人もなく一人で亡くなっていく患者さんたちも、数多く診てきました。本当に寂しいです。
先生のブログは心が洗われるようでとても好きです。

>私自身も、いつまでこんな状態が続けられるか、わかりません
本当に、何と言っていいかよくわかりません。
先生のように心ある真面目な医師が働きやすい環境になることを願ってやみません。そんな日がいつ来るのか、わかりませんけど。
written by 春野ことり / 2007.03.03 00:50
なな先生

30代で自分の余命と向き合う事になってしまった方。
お嬢さんは残されたのですか。
もっともっとたくさん抱っこしてあげたかったでしょう・・・

自分の逝き方を考えることがあります。
家で逝けるとは限りませんよね。

病院にいるということはどこか安心ではあるのですが
日常のスピード感を持ったままに非日常になっていく
心にどこまで寄り添うことができるか・・・
自分だけが置いてけぼりになる・・・という感情をどこまで吐き出させてあげることができるか・・・

死の瞬間ではないのですよね。
旅立つまでの道のりを・・・プラットホームまでじっくりつきあって寄り添って・・・
千代子さんは安心して穏やかに旅立つ事ができたと思います。
そして、今度はなな先生の奮闘ぶりをあたたかく
見守って応援してくれていると思います。
なな先生の周りにはいつも先生を成長させてくれるために素敵な方々が集まってきてくれていますよね。
そして、先生は逃げずにしっかり受けとめている。
written by ぴょん / 2007.03.03 09:47
忙しい仕事の後なのに、千代子さんのそばでお話をしたり、付き添ってあげていた、なな先生の行為は素晴らしいです。私が母親を付き添っていた時も、そんな先生は見たことがなかったから。
主治医も毎日の回診の時、せいぜい5分くらいしか病室にはいなかったから。
だから、聞きたいこと、要望、治療方針などは、いつもナースステーションにいる主治医を捕まえては、毎日、話をしていました。

でも、そんな主治医も、母がICUから脱出できて、少し病状が安定したときに、「これで家に帰られるのも最後かもしれない」という主治医の意見で、家に数時間だけ、帰ったことがあります。
幸い、自宅はタクシー2メーターの近距離だったことと土曜日だったこともあり、主治医はずっと付き添ってくださり、病院に帰るまでの数時間、自宅に一緒にいてくださいました。
本当に素晴らしい主治医でした。

幸い、その後何度も、母は、家に外泊ができるようになりましたが、なな先生の記事を読んでいて、主治医が家についてきてくれたことを思い出しました。
その主治医も今は大学病院に戻り、大学院に行っていると聞きました。若い先生だからこそ、できたのかなと思っています。
written by バリ島 / 2007.03.04 05:45
通行人Aさん、ありがとうございます。
照れくさいですが(笑)、嬉しいメッセージです。

現実の私は、時には目をつり上げて仕事をする、普通の医者です。
このブログに書いているのも、多くの医者が思っているようなことでしょう。
医者だけでなく、世の中の大半の人は、
普通に真面目に働いているものでしょうね。

おかげで、
せめて患者さんに対してだけは「天使のような女医」であれるよう、
明日からも頑張るぞ〜! という気になりました。
written by なな / 2007.03.04 19:18
春のことり先生、緩和ケアに関する話題で
他ならぬ先生に共感し、お褒め頂いて、とても光栄です。

私も先生のブログ、拝読しています。
国循の先生方のことは、やはりとてもショックですね……
身の周りでも、バタバタと人が辞めて行くし。
正しく「医療崩壊元年」という感じですが、
やれるところまでやろう、だめと思ったら辞めよう、と決めています。
我々医者は、心身共に健康でないと、いい医療が提供できないと思いますから。

今後ともよろしくお願いします。


written by なな / 2007.03.04 19:35
ぴょん先生、深遠なコメントに、感じ入っています。

30代で、小さなお子さんを残して逝かれる方が、いらっしゃるのです……
千代子さんも、
男泣きに泣くご主人と、
何が起きているのかわからないくらい小さなお嬢ちゃんを残して、
逝ってしまわれました。

緩和ケアは、真剣にやろうとすればするほど難しい領域ではないでしょうか。
宗教観が希薄な日本だから、特にそうなのかも知れません。
静岡癌センターのように、チームを組むのが最善の策かな、と、
そのくらいしか思いつきません。
written by なな / 2007.03.04 19:45
バリ島さん、こんにちは。

お母様の主治医の先生、素敵です!
一時帰宅をする患者さんを、ご自宅までお送りするなんて。
私もそんな医療、やってみたいですね。
きっとその先生も本当はもっともっと、患者さんであるお母様のお傍にいたかったのではないでしょうか。
本当に時間がなくてベッドサイトに行けないことって、ありますから。

産まれる時の医療にも、充分なものを提供できない、
亡くなる時の医療にも、充分なものを提供できない。
やっぱりこんな現状、おかしいですよね……
written by なな / 2007.03.04 19:54
なな先生、こんばんは。
ブログを通してですが、いつもいつも一生懸命な先生。そんなやさしいエピソードがたくさんあるのでしょうね。
癌患者にとって、なな先生の「言葉の抗がん剤」はどんな薬にも負けないぐらいの特効薬です、きっと。
そして人生の最期になな先生と出会った千代子さんは、ご家族と別れなければならない辛さと同じくらい幸せだったと思います。
written by mizuho / 2007.03.04 22:05
なな先生お疲れ様です。

実は、なな先生のこの記事、ほぼUPされた日に拝しました。
けれど私のキャラでコメントするにはちょっとテーマが
重くて…。難しいです。
日本でもホスピスは少しづつ増えてはいるのかもしれないですが、akagama先生のブログだったかな?エンドステージの患者を担当すると、医師は10kgぐらい体重が減る…とあり、患者もその家族も苦しいけれど、それに携わる先生方も計り知れないストレスと苦しみがあるんだな…と思いました。
私のような素人では、1分でも1秒でも早く、人類がガンという病気を制圧できることを祈らずにいられないです。
written by 来夢 / 2007.03.07 14:31
なな先生久々にコメントします。
僕もまだまだ駆け出しの放射線腫瘍医ですが、(最近健診ばかりでちょっと恥ずかしいのですが・・)何人も忘れられない患者さんがいます。僕も初めて患者さんの死を経験したときの事は忘れられません。研修医の時になな先生のように真剣に患者さんと向き合ってかというとかなり疑問は残るのですが・・・・
それでも何年も癌患者さんと向き合って仕事をしていると、忘れられない患者さん達がいるので、なな先生のblogをみてその事を書こうとするのですが、途中で涙が出てしまい、最後まで書けなくなった記事が幾つかお蔵入りしています。
まーまだ色んな意味でまだまだです。

あっそれと私的な事ですが先日無事に姪っ子が産まれました。朝七時半くらいに、通常分娩で産まれました。
なな先生をを初め、当直業務をされている産婦人科の先生に深い感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

すいません。まとまりのない文章で。本当にまだまだだな・・
written by メタボ / 2007.03.08 14:56
mizuhoさん、いつも思い遣りあるコメントをありがとうございます。

確かに、自分の患者さんに対しては一生懸命でしたが、
お隣で、ひっそりと治療していらっしゃる患者さんに全く配慮できていなかったことに、
大いに反省させられた一件でした。
それなのに、あの懐の深さ。
人生の先輩に、教育して頂いたのだと思っています。
written by なな / 2007.03.09 20:00
来夢さん、こんにちは。
ちょっとは上がってきたでしょうか?
こちらこそ要らぬ心配をしてしまいました。
適当に休みながら寄って下さい(笑)。

ターミナルケアは、本当に難しいと思います。
ホスピスはひとつの選択と思いますが、
「あんな天国みたいな雰囲気は苦手で……」とおっしゃる患者さんもいましたから。

written by なな / 2007.03.09 20:06
メタボ先生、ご無事で。

忘れられない患者さん、いますよね。
私も、あまりに何人もいらっしゃるので、
少しづつ綴って行こうと、何回かに分けている次第です。
それにしても、患者さんのことを思い出して涙で書けなくなるなんて(微笑)。
やさしい先生ですね。

姪子さんのご出生、おめでとうございます。
「深い感謝」と言って頂けるだけで、完結です。
我々はそれだけで、やっていけます。
きっと先生も同じお気持ちでは……?(笑)

written by なな / 2007.03.09 20:15

コメントを書く

ニックネーム*
メールアドレス*
URL
内容*
※「利用規約」をお読みのうえ、適切な投稿をお願いします。