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産婦人科部長がお休みの日のことです。
その場合、私が現場のコーディネイトをしないとなりません。
「お願いだから、今日だけは何も起きないでね」。
そう祈ってから、一日の業務を始めました。
始まりからして、私の期待は空しく外れました。
日柄、フル稼動している病院は少ないこともあってか、外来が激混み。
一瞬ひるみましたが、「始めなければ終わらない!」をモットーに、
平常心で、こういう時こそ丁寧に、外来をスタートしました。
粛々と進めること約1時間、隣県で開業されている先生からの電話です。
「妊娠20週で、胎胞が透見できる患者さんがいます。受けてもらえませんか」。
つまり、本来子宮の中に収まっているはずの、羊水と赤ちゃんを包む膜(羊膜)が、
流産しかけて開いてきた子宮口から、肉眼的に見える状態、ということです。
そのままではほぼ確実に流産しますし、
緊急手術をしても、助かるかどうか、という緊迫したものです。
知り合いの先生からのご依頼ですので、お受けしたいのは山々ですが
進行中の分娩もあり、外来の混み具合とその日のマンパワーから考えると、
お受けするのは、かなり無理があります。
他の病院も当たって頂いて、 もしどこも受けられないようなら
再度ご連絡を頂戴するという約束で、
一度電話を切りました。
約1時間後、やはりどこも受けられない、という電話がかかってきました。
そうなったら、引き受けるしかありません。
ほどなくして、救急車でやってきた妊婦さんを、すぐに診察しました。
電話で聞いた状態より、さらに状態が悪化しており、
胎胞が子宮口からせり出して、膣内まで垂れ下がっています。
妊婦さんもご主人も、前医でかなり厳しい話を聞いてきているようですが、
妊婦さんご自身は、急な事態の変化に気持ちがついて行けず、
不安と恐怖で泣き通しです。
「手術をしても、流産を止められるかどうかわかりませんが、どうしますか」
とお聞きしたところ、
こちらが全てを言い終えないうちに
「お願い。助けて下さい」。
すぐに手術室に連絡しましたが、この日は手術室もいっぱいいっぱいで、
脳外科と消化器外科が、緊急opeをやっているということです。
「4時間後くらいなら入れられますけれど」という、困り声の麻酔科の先生に
「そんなに待ったら、赤ちゃん出ちゃいますよ」と言うと、
一方の外科のopeが一段落したところで、そちらをストップして、
無理やりこちらのopeを入れてくれました。
緊張してopeを始めると、最後に診察した時よりさらに張り出した胎胞から、
赤ちゃんの手か足と思われるものが、羊膜を通して透けて見えます。
これを見て、一緒にopeに入った後輩ドクターも、隣で凍りついています。
持ちは怯みますが、ここで私が諦めたら、ひとつの命が確実になくなります。
泣きつづける妊婦さんの身体を、頭を下にしたかなり無理な体勢にしてもらい、
子宮口からせり出した胎胞をなるべく子宮内に収めるようにしながら、手術開始。
子宮口を鉗子で挟みながらこちらへ引っ張り、 胎胞を決して破らないように、
ガーゼツッペルで慎重に子宮内側に収めながら、子宮口に糸をかける手術です。
胎胞を破れば破水ですから、赤ちゃんは助かりません。
しかし、胎胞を子宮口に収めようとしても、そっと押すそばからせり出してしまい、
なかなか思うように行きません。
一方で、子宮口をあまり強くこちらに引っ張ると、軟らかく血流の豊富な妊娠子宮は、
簡単に出血したり切れたりしてしまいます。
ようやく糸がかかった! と思って、慎重にありったけの力で糸を締めたら、
子宮の一部が切れて、糸が外れてしまいました。
さあっと血が流れ、益々視野が悪くなります。
でも、諦めるわけには行きません。
何度目かのトライの時、胎胞を押すガーゼツッペルが、瞬時に水びたしになりました。
破水です。
・・・嗚呼。
病棟に戻って数時間後、体長10数cmの赤ちゃんが、娩出されました。
このくらいの時期の赤ちゃんが流産になった場合、外に出てから動くことがあるのですが、
この児も少しの間、動いていました。
無力感に打ちひしがれながら、ご夫婦と動かなくなった赤ちゃんを残して、
分娩室を出ました。
ちなみに、この間に2件、搬送依頼の電話がかかってきています。
1件は子宮外妊娠、もう1件は子癇分娩後の褥婦さんです。
Ope室ナースも麻酔科医も産婦人科医も緊急ope中、
子癇分娩後には助力を仰ぐかも知れない脳外科の先生達も、緊急ope中です。
だから断らざるを得なかったのですが、
それでもことがあれば
「受け入れ拒否、たらい回し」なんて書かれてしまうんでしょうか・・・
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コメント
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(多分、なな先生と私、同世代くらいかなぁと思って
親近感を持って拝見しています)
なな先生、新年早々大変でしたね。
文中のご夫婦には、この上なく悲しい新年だったと思います。
赤ちゃんも先生も一生懸命がんばったけど、
どうにもならないことだったのですね。
でも、その赤ちゃんは、きっと天国で
お父さんやお母さん、関係した医療者みんなにも
「ありがとう」って
言ってると思います。
私も、どんなに一生懸命やっても
救えない命がある、ということを
教えられました。
私たち一般市民は、医療者側の事情を
もっともっと勉強する必要がありますね。
そうすれば、少なくとも待たされる理由がわかりますし、
自分たちがどうすればいいかを察することができます。
そこから、医療者の負担減や医療費削減にもなるかもしれません。
そういう意味でも、なな先生のブログは貴重です。
いくつも同様のブログがありますが、
なな先生のお言葉には、何か温かいものを感じます。
「先生すごい!自分もがんばらなきゃ。
できればなな先生のような女性になりないなぁ」
と思わずにはいられません。
先生がこれからも、このブログを通じておっしゃることを、確実にキャッチしていきますね。
だから、無理のない範囲で
お仕事やブログ、頑張ってください。
先生の所は、というより産科を行っている所はどこもこうした修羅場のなかで続けているのですね。先生達の頑張りもマスコミの「たら回し」「診療拒否」の一言で否定されてしまう、今の日本は本当に危険だと思います。
「眠らない病院24時」
「日本の外科医は症例数が少ない」
「謝礼をうけとる、うけとらない」
「西洋医学より漢方医学」
こんな無意味な報道をする前に、現場をみにくればいいと思うのですが(でも勝手に編集されちゃうんだろうな)。
最近、都内でもお産の扱いを辞める都立病院のニュースを読んだのですが、ますますなな先生のところのように、大変な妊婦さんが沢山、搬送依頼が来てしまう事情がわかりました。
今年、同級生で5人も子供がいるという年賀状を受け取りました。彼女は無事に5人もお産ができたのは、幸せなことだったと感謝しなければいけないことが、本当によく解かりました。
いつもブログ拝見させていただいています。
医療の世界に飛び込んで10ヶ月目の研修医です。
今小児科でお世話になっています。
新生児を中心に診させていただいていることもあり
産科の先生方の日々のハードな診療を行っている姿を
よく拝見します。
その後ろ姿はたくましいだけでなく優しさに満ちています。
先生、これらかも誠に勝手ながら先生のお姿を
胸に浮かべながら、患者さん達へ
自分なりの貢献の仕方を模索していくつもりです。
駄文失礼いたしました
特別養護老人ホームで看護師してます、むかいのととろと申します。
ちょこちょこ遊びにこさせてもらっています。
今日のお話、その場があまりにもリアルに想像できて、怖くなりました。
受けたくても受けれない病院も事情、この現状をなんとかして世間に知らせたいです。
断りたくて断っているんじゃないと。
医療従事者として、自分に出来ることしか出来ないから、出来ることを精一杯がんばっているんですけどね。
先生のお心が悲鳴に近い声を出して泣いていらっしゃるのが
伝わるような記事でした。
「助けたくなくて、拒否るすんじゃない!助けたくても最低限の環境すら整わない状況で、無責任に受けられない…!」
なな先生をはじめとする産科医の諸先生や小児科、脳外、この声はいったいいつになったら届くべきところに届くのでしょうか…?
せめてジャーナリスト気取りで医師叩きを繰り返すバカな報道だけはやめてもらいたいものです。
やっとの思いで守られている砦が、めちゃくちゃにされるばかりで残念に思います。その例が、先日の奈良の病院ですよね…。
なな先生、せめてお元気でいらしてくださいね…。
いつも先生のその精神力には眩しく感じております。
どんなに手を尽くしても助からない命、そういう運命だったのかもしれないですね。
でもその赤ちゃんの魂はまたご両親のもとに新しい命となって生まれてくるかもしれない…
そんな気がします。そうだといいな…
先生はいつも頑張りすぎるくらい頑張ってる。
お医者様として人として女性として尊敬に値します。
この世の中になな先生のような女医さんがいらしたなんて
ブログに出会わなかったら知る由もありませんでした。
でもね、先生。患者の立場から言わせてもらうとひどい医者っているんです。平気で人の心を傷つける医者も。
私は二人とも同じ産院で産みましたが、二人目ができる少し前に一度流産しています。そのときかかった病院は違う所で近郊のおしゃれで人気がある病院でした。9週目になっても心音が確認できず出血が始まり流産。一晩入院し夜通し泣きつづけ朝の診察室で診た女医が一言、「まだ産みたいですか?」
耳を疑いました。流産して傷心の患者に言う言葉かと。それも同じ女性として
それから3ヶ月、あらゆる努力をして待望の妊娠。その女医がいる病院には二度と行かないと決めていたので元の産院に戻りました。私ね、信じてるんです。あの時の子がかえってきてきてくれたんだって。
あの女医は今でも許せません。絶対に。
そんなことで数ヶ月前まで「女医さん」には嫌悪感を抱いていました。でもなな先生のブログに出会えてよかった。こんなに頑張ってて素敵な女医さんがいらっしゃることが解ったから。
受け入れ拒否の話、うーん。なかには一握りの冷血な医者もいますから可能なのに拒否というケースも稀にあるのではないかと想像してしまいます。
ここは医療関係者が多いからまた叩かれちゃうかな…
長文失礼しました。
先生のブログは混んでいるようですので、ここにお礼を言わせて頂きます。
今後ともよろしくお願い致します。
人間、いくつになっても褒められると嬉しいものです(笑)。
ブログを始めた動機は、遊び心に加えて、
現場産婦人科医の視点からメッセージを発信したい、という思いがあったからでした。
福島県大野病院の事件、看護師による内診問題、奈良県大淀病院の事件など、
産婦人科関連の問題は、枚挙に暇がありません。
それぞれについて思うことはありますが、既にいろんな方が洗練された意見を発信しています。
「地味に働く平凡な町医者の目に映ったもの」を、今後も発信し続けたいと思っております。
これに共感して頂けたら、ブロガーとしてこんなに幸せなことはありません。
>多分、なな先生と私、同世代くらいかなぁと思って
うふふ。
先生のおっしゃるように「危険」という言葉が言い得てぴったりと思います。
大淀病院の件でも、受け入れ不能だった病院の中に、
今回の我々の病院のような病院も、あったのではないでしょうか。
それなのに糾弾され、当の大淀病院が分娩取り扱いを止めることになってしまった。
本当に「危険」と思います。
5人のお子さんのお母さんですか。
素敵ですね。日本の宝です(笑)。
お産って、回数を経るごとに楽になるのです。
赤ちゃんをたくさん産む人への、ご褒美なのかも知れませんね。
研修中ですか。これからですね。
>自分なりの貢献の仕方を模索していくつもりです。
この姿勢こそ、限られた医療資源の中で非常に大切なものと思います。
前出昨年8月31日の項「分娩時大量出血」の時、
搬送を受け入れてくれた病院は、医局の先輩がトップを勤める病院です。
あの後、お礼をお伝えしたところ
「なな先生が引き受ける側に回った時は、"It's my turn(今度は自分の番だ)."ですよ」
というお返事を頂戴し、もうっ、しびれました。
自分にできることをしっかりと見据えて、お互い頑張りましょう。
共感して下さる人がいると、救われた気持ちになります。
あの恐怖と緊張感は、ひとつの命を救えなくなるその過程を体験した者でないと、
容易には理解できないのではないでしょうか。
余談になりますが、私のいる病院は、全体的にモチベーションの高いところなのです。
麻酔科の先生方は実力も采配力もあるし、
ope室の師長さんに至っては、「緊急opeをお願いしたいのですが」と電話をして
「はい、どうぞ」以外の返事が返ってきたことがありません(すごいでしょ)。
病棟のスタッフたちも、少ない人数で愚痴ひとつ言わずに、理想を追い着実に実現していますし、
絶滅危惧種の産婦人科医たちも、これが元気で「何でも来て!」という意識でいます。
そんな病院ですので、この日もちょっとずつ時間がずれていてくれたら何とかなったのに。
非常に残念です。
特養も大変とお聞きしています。
身体を大切に、お互い自分にできることをやって行きたいですね。
今後ともよろしくお願い致します。
(いったい、なにものなんでしょうね、ホント(笑))。
あの日分娩室で出てしまった赤ちゃんが、しばらく動いているのを見ている時の、
あの、叫び出したくなるような悲しみったらありません。
そして、そんなことは全く報道されることのない現実。
搬送依頼を断る側だって、たまらなく痛いんだという当たり前のことが
何故わかってもらえないんでしょうね。
ただ、ここまで絶望的な無理解の向こうには、
我々には、我々医療者と一部の人たちにしかわからない事情があるのと同じように、
マスコミにはマスコミにしかわからない、苦しい理由があるのかも知れません。
一見「ペンの暴徒」に見えるマスコミですが、
彼らの事情を察しようとする姿勢は失ってはならない、と自戒しています。
おっと、あんまり過激なことを書くと、闇討ちに遭うかしら(笑)
ほんとうにありがとうございます。
つらい思いをされましたね・・・
流産してしまって、悲しくない女性は一人もいません。
だから、無理に忘れる必要は、ないと思うのです。
mizuhoさんの、心の中に生き続ける生命。
そんな心のいたみがあるからこそ、やさしい女性を、いっぱい知っています。
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